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ラテリアちゃんはチュートリアルちゅう?  作者: 篠原 篠
グランド・フェスティバル予選
109/119

6


 八雲は玉藻の実の妹である。

 それは有名な話で、イトナも知っている。


 最強ギルドのマスターとサブマスターが姉妹同士。そんな面白いネタはとっくのとうにリエゾン報道部が喜んで報道していて、ホワイトアイランド中に広まっているものだ。


 玉藻の妹。

 彼女はリアルでの玉藻を知っていて、ナナオ騎士団を作る前の玉藻を知っている唯一のプレイヤー。


 盲点だった。

 そう思いながら、イトナは椅子に座りなおす。

 対面に座る八雲は熱のこもった朱色の目でイトナを見ていた。


 玉藻にナナオホールを追い出されてすぐ。八雲に捕まったイトナは早足に場所を変えて、人気のない店に入っていた。


 場所は幻想都市リベラ。

 サダルメリクとの戦争の影響で、ナナオ騎士団のメンバーはリベラの立ち入りを控えているらしい。

 そんな理由で八雲がリベラを選んだのだ。


 正直、イトナは八雲には玉藻以上に悪い印象を持っている。悪いというか、苦手なのかもしれない。

 理由は多分、玉藻の指示だったとしても、直接顔を合わせたのは玉藻より、八雲の方が圧倒的に多かったからだと思う。

 セイナがげんなりするほどの数年に渡るギルドの勧誘。そして、セイナを攫ったのも八雲なのだから。


 しかし、それでも、玉藻の心操を解く最大のヒントを持っているのは彼女である。無下にはできない。


「早速なのですが、姉さんは人格を変えられている……確かにそう言いましたよね」


 八雲は席に着くと早々、単刀直入にそう切り出してきた。


「ああ」

「人形って……言いましたよね」

「ああ」

「やっぱり……」


 いきなり本題に入った八雲は、なにやら知っているかのような反応をする。

 人形という単語に反応したところを見ると、八雲もミスティア人形と会っているのだろうか。


 お互いにお互いの状況を知らなすぎて、八雲の質問と反応だけでは話が見えてこない。


 まずなにから話した方がいいのだろうか。

 そもそも、心操やミスティアのことをペラペラと話していいのかどうか。


「待たせたわね」


 そこに凛とした声が割り込む。

 実は助っ人に呼んでおいたのだ。

 セイナである。


 セイナは奥に詰めなさいと、イトナを押すと、堂々と八雲の前に座った。


 セイナはイトナと同等にミスティアの事を知っている。それになによりイトナより頭が回るし、口も動く。

 それならイトナを挟んで伝言ゲームをやるよりか、直接来て聞いてもらった方が良い。

 ナナオホールでないここなら、安全だしね。


 セイナを呼んだことを伝えていなかったため、セイナの登場に八雲は動揺していた。

 NPCとはいえ、攫い、殺そうとした人物だ。

 そんな人が自ら自分の目の前に現れるなんて思ってもいなかったのだろう。


「久しぶりね」

「お久しぶり……です」


 八雲はさっきまでの目力は消え失せ、気まずそうに斜め下に目を逸らす。


 数秒の沈黙がとても長く感じられる。

 その間にセイナは店のメニュー表を手に取ると、当たり前のようにケーキを注文した。

 何気に一番高いやつだ。まぁ、良いんだけど。


 それからもケーキが届く間、まっすぐ向けられたセイナの視線を痛がるように、八雲は俯く。


 ケーキとセットのコーヒーが届き、店員のNPCが見えなくなったタイミングで、セイナはゆっくりと口を開いた。


「一応、罪悪感はあるみたいね」

「その節は……その……」

「今日はその事をとやかく言いに来たわけではないの。もちろん、殺されかけた事実はあって、あなたと顔を合わせるのは、たまったものではないけれども」


 辛辣なセイナの言葉に、八雲は完全に萎縮してしまっている。


「セイナ」

「わかってるわよ。でも、はっきりとしないといけないでしょ」


 セイナは悪びれもなくイトナをあしらう。

 実際セイナはなにも悪くはないんだけど、喧嘩させに呼んだわけじゃ無いんだから、もうちょっと穏やかでいてほしいものだ。


「それで、どこまで話したの」

「まだなにも話せて無いよ」

「そう」


 セイナが髪を後ろにまとめてからケーキを一口食べると、微妙な顔をしてフォークをおいた。


「まず、あなたは玉藻の実の妹。それは間違いないわよね?」

「はい……」

「そう。じゃあ、そうね。あなたのお姉さんが急に人が変わったって事はあった?」

「はい……でも、急にというよりも少しずつ……だったと思います」

「なるほど。では黒い人形、と言ったら何か思い当たる事は?」

「昔、海で不気味な人形を拾ったことがあります。黒い、フリルのスカートを履いた人形で、目のボタンは取れかかってて、なんだか、不気味な人形でした」

「ミスティアって名前を聞いた事は?」

「無い、です」


 淡々とセイナが質問し、八雲がそれに答えていく。完全に話の主導権をセイナが握っていた。最初のやりとりはその為だったのだろうか。


「そう、じゃあ……」

「あ、あの!」


 しかし、八雲はその流れを打ち破るように、セイナの言葉を遮る。


「いったいなんなんですか? 姉さんの人格が誰かのせいで変えられているってイトナさんは言いました。それに心当たりはあります。ありますが、そんなことあり得るんですか? イトナさん達は、なにを知っているんですか?」


 痺れを切らしたかのように、八雲が質問を飛ばす。

 それもそうだろう。八雲は今の事態を全く知らないのだから。

 しかし、それを説明するのも少々難しいのも確かだ。


「……そうね。あなたにもある程度の事を知ってもらわないと、こちらの質問にどう答えれば分からないところもあるかもしれないわね」

「話すの?」

「背に腹は変えられないでしょう? それに多分、彼女も被害者よ。知る権利がある」


 セイナは目だけでこの店に他のプレイヤーがいない事を確認すると、コーヒーを一口呷る。


「話をする前に一つ約束してちょうだい。ここで話す事は他言無用。決して口外しない事。できる?」

「天地神明に誓って」

「先に言っておくけど、話せない事も多いの。それも理解してちょうだい」


 八雲がそれに頷くと、セイナはゆっくりと心操のことを語った。

 まるで、予め何から何まで話すか決めていたかのような、分かりやすい語りだったと思う。

 セイナから話すのはこれで二度目だ。手馴れたものと言ったところか。


 しかしこれで心操を知るプレイヤーはラテリア、ロルフ、ノノアに続いて八雲が増えた。

 身内だけならまだ安心できるけど、リエゾンと黎明にナナオ……だいぶ幅広くなってしまった。

 大丈夫だろうか。少し不安だ。


「その、ミスティアってプレイヤーのせいなんですね」

「ええ。大きくは間違ってない」


 八雲はセイナの話をすんなりと受け入れた。

 突拍子のない話なのに、なぜか受け入れたのだ。

 直接目の当たりにしたラテリアたちとは違うのに。


 セイナの話が上手かったから。それもあるだろう。でもそれ以上に、八雲は本来の玉藻を知っているからなのかもしれない。


「信じます。今の話、私は信じます。でないと姉さんは……」


 八雲の目は怒りに燃えているように見えた。なにもないテーブルをただジッと見て、下唇を噛んでいる。


「治せるんですよね。その、心操って状態は」

「治せないわ」

「え」


 八雲が抜けた声を漏らす。


「話を最後まで聞きなさい。まだ分からないの。治し方以前に、そもそも戻せるのか戻せないのか」

「そんな……だって、スキルなんですよね? なら効果を取り除けば」

「そんな簡単なものじゃないのよ。まず、異常状態って考え方が多分間違っている。

 推測だけど、減ったHPや異常状態はなんらかのアクション。この場合、アイテムを使用することで元の状態に戻すことができるでしょ。

 でも、攻撃スキルで岩を破壊した場合、この岩を元に戻す事はできない。

 多分、心操は後者に近い現象なのよ」


 分かりやすい例えだ。

 でも、この前に心操を解けるかもしれないって事で気つけ薬を用意してくれなかったけ。あれはどうなんだろう。


「セイナが前に作ってくれた薬は?」

「正直自信は無いわね。飲ませたけど効き目があったか分からないし。試しに気つけ薬とリセットの薬辺りを飲ませてみればはっきりするかもしれないけど」


 ああ、リセットの薬か。確かに調合素材から見て、あれ以上の回復系アイテムが存在する事は考えづらい。それらを使ってダメなら完全にデバフでは無いと結論づけられるわけだ。


 近いうちにスカイアイランドに、コカトリスの攻略情報を得るために行く予定がある。その時にアイテムを回収しておこうか。それで素材は揃う。


「私から話せるのかここまでよ。悪いけど心操についてはそれ程詳しくは無いの」

「その、ミスティアってプレイヤーは今……」

「今はこの島にはいない。ついこの前、イトナが追い出したからね。あと、最初にも言ったけどミスティアについてはあまり話せないの」

「大丈夫です。約束ですから、これ以上は聞きません」

「一応、私達にとっても敵とだけ言っとくわ」


 セイナはミスティアの事を本当に話さなかった。

 疑問も多いだろう。

 なぜ、そんなプレイヤーが存在するのか、イトナとセイナはミスティアとどんな関係なのか。なぜ、玉藻が選ばれたのか……。


 話せばかなりややこしいことになる。現在がチュートリアルである事、イトナが、ミスティアがループしている事、それらを話す事は禁忌だ。

 上手い作り話を作るぐらいなら、最初からなにも話さない方がいいってものだ。


 八雲は約束ですからと、その一言で飲み込んでくれた。

 それにホッとしていると、八雲が静かに席を立った。


「なにかの事情で話せないのは分かりました。聞きません。今聞いた話も、誰にも言いません。姉さんの事もなんでも話します。ですから……」


 八雲はゆっくりとイトナの前くると、ゆっくりと膝をたたみ、大きく腰を曲げた。


「お願いします。姉さんをどうか元に……、助けて下さい。今まで私がしてきた事は許してもらえるものでは無いと思っています。でも、姉さんは、今の話が本当なら、とても優しい人だったんです。とても優しくて、私のことを、妹の事を大切にしてくれる人だったんです。

 私は姉さんが全てです。

 正直、今の話を聞けて少しホッとした自分がいます。姉さんは本当に変わってしまったのかと、もう、私のことは目に映ってないのかと。そう、思っていたので……。

 もし、姉さんを救える可能性が少しでもあるなら、どうかお願いします。

 なんだってします。大したものは持っていませんが、私の持っているものはなんでも差し上げます。

 なのでどうか。どうか姉さんを救ってくれませんでしょうか」


 それは最近よく目にするテトの土下座とは比べ物にならないほど、重い思いが込められた、綺麗な土下座だった。

 縋るような声と、誠意がある姿勢を見て、八雲は第二の被害者なんだなと、改めて思った。


 八雲が前にした事は許せる事じゃ無いかもしれない。

 でも、元を辿ればミスティアに繋がる。

 姉である玉藻を操り、妹の八雲を使って起きた事。

 もっと遡れば、あのミスティアを生み出したイトナのせい……なんて事にはならないだろうか。


 八雲は姉さんが全てと言った。

 好きな姉のために、嫌な事もやらされていたのかも知れない。

 姉に嫌われないように。必死な思いで、手を汚したのかも知れない。

 そして、その姉は誰かの手によって別人にされた事を知り、それを治すことができるかも知れない唯一の人物が、手にかけようとしていた人物だったわけだ。

 もし逆の立場だったら、なにをどうすればいいか分からなくなってしまうだろう。


 そう考えると、とてつもなく申し訳なくなってきた。


「そんなみっともない事はやめなさい」


 セイナが変わらない抑揚で言う。


「すみません。迷惑なのは重々承知の上です。ですが、姉さんを救うには、私にはこれくらいのことしかできないのです」

「顔をあげなさい」

「……どうかお願いします」


 八雲は頑なに頭を下げ続けた。

 見ているこっちの方が辛くなるような痛々しいさに、目を背けたくなってしまう。


「……はぁ。あなた、なにか勘違いしているんじゃ無い」

「……」

「あなたにお願いされるまでもなく、あなたのお姉さんの心操を解くためにイトナが接触したのよ。少し考えれば分かるでしょう」

「……はい。なんとなくですが、分かっていました。話を聞いて、イトナは姉さんのために動いて下さっていたんじゃないかって。

 これはケジメなんです。

 なぜ、これまでイトナさん達に酷い事をしてきた姉さんを助けてくれようとしてくれているのか、私には分かりません。ですが、それと私がお願いすることはまた別だと思うんです。上手く言えないのですが……」


 ケジメか。

 まさか中学生程の女の子からそんな言葉が出てくるとは思ってもみなかった。

 これには流石のセイナも心苦しさを感じたのか、面を食らっている。


「……分かったから顔を上げなさい。これじゃ話が進まないでしょ」

「ありがとうございます……」


 八雲はゆっくりと立ち上がると、改めて深く頭を下げた。


「ありがとうございます」

「あーもう、しつこい。これじゃ私が虐めてるみたいじゃない。さっさとそっち戻る」


 セイナがうざったそうに、手で払うような仕草をする。

 これで今までの事は水に流して和解……までいったかは分からないが、お互い割り切る事はできたのかも知れない。


 玉藻の心操を解くには八雲がキーになるかも知れない。

 それになによりも、敵ができるよりも関係がいいプレイヤーが1人でも多い方がいいじゃないか。


 ……さて、場がちょっと良くなったところで、本題に入ろう。

 問題はまだなにも解決してないのだから。


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