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今から約4年前。
フィーニスアイランドのサービスが開始され、最上位のギルドが固定されつつある中。突如、ナナオ騎士団という強豪ギルドが現れた。
どんなに強豪でも、サービスが開始されてから数年後に結集したギルドはどんなに頑張っても無名の中堅ギルドから始まる。
ナナオ騎士団も例外ではない。
それは名の知れた上位のギルドは、名の知れたギルド同士で高め合うようにギルド戦をセッティングするからだ。
さらなる高みを目指すために、同等、もしくは1つ格上とギルド戦をし、明らかな格下に対してギルド戦を行うことは滅多にない。
だからナナオ騎士団にも無名の中堅ギルドの時代があった。
でも、その時代は瞬く間に終える事になる。
無名の中堅ギルドから、ごぼう抜きのようにして中堅ギルドを圧倒し、無敗を貫く日々のギルド戦。
その連勝記録は瞬く間に中堅プレイヤーの中で話題になり、リエゾン誌にも取り上げられた。
それをきっかけに、名の知れた上位のギルドからギルド戦が申し込まれたのがきっかけだ。
上位の格を見せてやると。ナナオ騎士団の挑戦を受けて立った名の知れた上位ギルドは随分煽って、周りを盛り上げた。
注目の一戦。
結果は上位ギルドの全滅で終結した。
上位ギルド相手でも圧倒的な実力で勝利を収め、その日、ナナオ騎士団の名は上位ギルドの間でも轟いた。
それから、上位ギルドに混ざるも、依然として変わることなく無敗記録を伸ばしていく。
これは凄いギルドが出て来た。
パレンテに代わる最強ギルドが現れた。
と、ホワイトアイランド全体から注目を浴びるギルドになった。
そして、ついに最上位ギルドへの挑戦の時が来る。
対戦相手はサダルメリク。
グランド・フェスティバル出場ギルドである、文句なしの最上位ギルドとのギルド戦争。
注目を集めた一戦。
強固な守りを象徴とするギルドに挑み、
そこで、ナナオ騎士団な連勝記録が止まった。
しかし、黒星がついたわけでもない。
結果は引き分けだったのだ。
でも、サダルメリクと引き分けたという功績は、ホワイトアイランド内で最上位の存在と周りが認めるには十分だった。
そのすぐあと、テトのいない黎明の剣に勝利を収め、とうとうギルド戦ポイント首位に立つ。
ナナオ騎士団は目に余るほどに調子に乗った。
俺らが最強だと。
狩場を占領したり、目に余るPKを行なったり。
でも、他の上位ギルドと馴れ合わず、己の道を貫く姿勢は、それなりのプレイヤーから人気を獲得した。
もっとやれと、面白がるプレイヤーが一定数いたからだ。
そして、近寄りがたい最強ギルドとして、ホワイトアイランド中に認知された。
そして、ナナオ騎士団は今に至る。
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そんなナナオ騎士団の成り立ちを、玉藻から聞いていた。
ナナオホールの一室。
唯一、戦闘不可能エリアに設定された、こじんまりした接客用の間。
畳の上に敷かれた柔らかい座布団に座る。
時折聞こえる風鈴の音と鹿威しの音。
外に目を向ければ、綺麗に手入れされた庭があり、小さな池には大きな鯉が泳いでいた。
さっきまでの戦闘の間とは打って変わって、心落ち着く空間。
そんな部屋に、イトナと玉藻の二人がいた。
「まぁ、こんな感じかしら」
「へー。なるほど、勉強になるよ。なるほどなー」
大袈裟にならない程度に、不器用ながら玉藻をよいしょしておく。
イトナは手始めにナナオ騎士団についての話を聞き出していた。
その途中、頭の中半分では違う事を考えていた。
どうすれば玉藻を元に戻すことができるのか。
ミスティアは玉藻に対して心操を使った。
その理由の一つは、恐らく玉藻をより強く見せるためだろう。
ミスティアがわざわざホワイトアイランドまで来たのはイトナを仲間に引き入れるため。
その交渉材料として、玉藻をより大きい存在に見せたかった。ミスティアの口ぶりからそう読み取れる。
心操とはこんなにも優秀で有用なものだと。
それでミスティアが玉藻にナナオ騎士団をつくらせた。
プレイヤー個人。玉藻一人だけではいくら強くしても目立つには限界がある。本当に飛び抜けて強くならない限り、目立つのは難しい。
だからギルドを作ったのだろう。
ギルドで強くなれば目立つから。
つまりは、ナナオ騎士団はミスティアの意思で作られたって事だ。
ナナオ騎士団を立ち上げる前には玉藻は既にミスティアの術中だったと考えられる。
そんな事から、ナナオ騎士団の軌跡を辿ればミスティアが玉藻をどう使ったか、何かわかるかも知れない。
何がわかるか。
一つはミスティアが玉藻にナナオ騎士団を作らせてなにをしたかったのかだ。
もしかしたら心操の力でこんなに強いギルドを作れるんだよ。
だから心操を使えば多くのプレイヤーを最終ダンジョンまで生き残らせる可能性が上がるんだよ。
心操は凄いんだよ。
だから私を殺さないで協力しましょう。
ただ、そう言いたかっただけだったのかもしれない。
でも、玉藻にセイナを殺させようとしたところを見ると、イトナの引き入れ以外にもなにか目的があったのではないか。
あくまで可能性。
セイナはミスティアにとって、〝イトナ以上に邪魔な存在〟だ。
イトナを仲間に引き入ることが第一目標だったけど、魔が差してセイナに手を出しちゃいました、なんて事もある。
だから、なにか探りを入れて、わかればラッキーくらいに思っている。
もう一つが一番の目的。玉藻本来の人格、それを知るためだ。
今回、玉藻との接触での第一目標は玉藻を心操にかかる前の状態に戻す、その手立てを模索する事だ。
戻すにしても、元の状態がわからないのでは話にならない。
そこで玉藻の過去を知りたい。
今はミスティア人形を倒して、玉藻はミスティアからの影響が無くなった状態になっているはずだ。
過去を語らせる事で、本来の自分に気づくなんてこともあるかもしれない。
もちろん、心操の影響を解くのはそう簡単ではないと思ってはいるけど……。
人格とはイトナの思っている以上に繊細なものだと思う。
無理にやって、変に拗らせたくない。
何事も少しづつ。
一歩づつ、慎重にだ。
とにかく玉藻に色々喋らせたい。
どんなことでもいいから話させる。
「それにしても凄いね。強いギルドが固まったゲームの中で、新規でトップギルドにするなんて。一体どんな方法でメンバーを集めたのか、興味があるな」
「あら、そんな事を聞いてパレンテを復活させるつもり?」
「いや、単純に興味があるだけだよ。ギルド戦とか対人戦はちょっと苦手でね」
「よく言うわ。人の戦争に首突っ込んでおいて」
これには苦笑いしかない。
いやでも、大暴れしたいから手を出したわけでは無いからね。平和のためにだ。
「まぁ、いいわ。強いギルドの作り方、教えてあげる」
玉藻は五つの尻尾の一つを膝の上に持って来ると、そのもふもふした尻尾をひと撫でする。
「簡単な事よ。自分が強くなればいい。強いプレイヤーは強いプレイヤーに集まるものなの」
ね、簡単でしょ? と玉藻が得意げに言う。
いやいや、そんな単純な事じゃないよ。ギルドは。
玉藻が言っていることは大きくは間違ってはいないけど、それだけでは仲間は集まらない。
強いプレイヤーの周りには強いプレイヤーが集まる……正確には強い事で、なにか結果を残せたプレイヤーに強いプレイヤーが集まる、が正しいだろう。
そのプレイヤーがいくら強くても、結果を残さなければ、周りはそのプレイヤーが強いかなんてわからないからね。
イトナで言えば、パレンテというたった五人でグランド・フェスティバルを無敗で終えたギルドメンバーと、大きな結果を残している。
そんなイトナが、いっちょ強いギルド作るかと声を上げれば、きっとそれなりのメンバーが集まるだろう。
現に同じギルドではないけど、イトナの知り合いの殆どは最上位ギルドの主要メンバーが大半をしめている。
もちろん、それだけじゃないと思うけどね。
人望とか、あるいは運も必要かもしれない。
でも、前提として強く結果を残しているプレイヤーと言うのは頷ける。
しかし、玉藻は目立った結果を残した記憶はイトナにはないし、それに……。
「そんな簡単かな? 強いプレイヤーに強いプレイヤーが集まるっていうのはわかるけど、それだと元々強いギルドに行っちゃうんじゃないかな。黎明とか、サダメリとかさ」
「ええ、確かにそうね。未来ある有望なプレイヤーはそっちに流れる人も多いけど、元々強くて上位のギルド戦でやっていける即戦力は、ハードルの高すぎるギルドには行かないものなのよ」
あ、そうか。ギルドの顔としてメインのギルド戦に出れるのは一パーティ、つまりたった六人だけだ。
最上位の代表パーティがほぼ固定化されているギルドに行くよりも、腕に自信があってギルド戦に出たい人は自分が代表パーティに入れるギリギリのギルドの方がいいって事か。
思えば、そのシステムの関係でギルドの数はかなり多い。ギルド戦メインのギルドは六人だけのギルドとか珍しくない。
そっか。そうだよね。いくらギルド戦が好きで強いギルドに入っても、ギルド戦に参加できないのなら意味がないんだから。
「割と多いのよ、ギルドに入ったはいいけど、自分だけ強くなりすぎて、楽しくギルド戦ができなくなったはぐれ上位プレイヤーとか。あとはなかなか強いギルドだったのに、メンバーの何人かが卒業したせいで、ギルドが解散してしまったみたいなのがね。そんなプレイヤーを拾う。それを上手く回していくのよ」
成る程、頭いいな。そうやって強いプレイヤーを拾っては代表パーティのメンバーを切り捨て、入れ替えてを繰り返して行く事で今のナナオ騎士団が成り立っているって事か。
「すごいね。言うほど簡単な事じゃないと思うけど、そうやってギルドを急成長させたのか」
何度もフィーニスアイランドの世界を繰り返しているイトナにとって、ナナオ騎士団のように、突然見知らぬギルドがトップに躍り出ると言うのは、さほど珍しくはない。色んな世界でそんなギルドを見てきた。
けど、その方法までは詳しくは知らなかった。
はー、なるほどなー。偶然ってわけでもなく、計算めいたものもあるって事か。勉強になった。
「パレンテは偶然集まったギルドだったからさ。ちゃんと考えて強いギルドを作るのは凄いよ。
それで……そう言うのって誰からかアドバイスをもらったりしたのかな?」
自分でも自然な流れで上手い質問ができたと思った。
でも、聞いた瞬間、空気が変わった。
さっきまで気持ちよさそうに語っていた玉藻が目から表情が消えた。
のっぺりとしたような真顔でイトナを見る。
「それは、どういう意味かしら?」
「いや、フィーニスアイランドの前に別のゲームをやっててとか、ギルドを作るのに詳しい人がいるとか、あるのかなって。初心者でいきなりそこまで考えていたなら……ほら、なかなかすぎない?」
ミスティアの入れ知恵。
今の話を聞いて最初にそう思った。
ミスティアは言っていた。玉藻の事をゲームなんて触ったこともなく、右も左も分からないプレイヤーと。
ミスティアの言っていた事を全て信じるわけではないが、仮に本当の話なら玉藻はミスティアとコンタクトを取ったはずだ。
「なら、私はなかなかすぎたみたいね。全て自分で考えて行動して今ギルドを作ったの」
玉藻は相変わらずの表情で言う。
本当に自分で考えたのか?
もしミスティアとコンタクトを取っていたなら、隠す必要が無い。いや、ミスティアから口封じをされていたらあり得るのか?
ミスティアはヒラメキという形でアドバイスをしたって言ってなかったか?
ヒラメキってどんな形だ? 天のお告げみたいに神様気取りで念話のように言葉を伝えたのか?
わからない。
でも、誰からかアドバイスされたのかと聞いた時、明らかに玉藻の様子が変わった。
もうちょっとつついてみようか。
そこに答えがあるのかもしれない。
「……玉藻はどうして強いギルドを作ろうと思ったの?」
「なに? その質問。そんなのに理由が必要かしら」
玉藻が不機嫌に返す。
でも、もう一歩踏み込んでみる。
「なにか、きっかけがあったんじゃ無いかなって」
「きっかけ? そんなもの無いわよ。強いギルドを作りたいって思う事がそんなに変かしら?」
「じゃあさ、ナナオを作る前はどんなプレイヤーだったのかな」
それを聞いた瞬間、玉藻が勢いよく立ち上がった。
「さっきからなに!?」
ぎょっとした。
玉藻は目に見えて機嫌を損ねていた。
なにか勘に触ることでも聞いてしまったのだろうか。
それにしたって、玉藻の様子はおかしい。
「今はギルドの話をしているのでしょう? さっきから私の過去を聞いて、なんのつもり?」
「ご、ごめん。なにか悪いことを聞いたなら謝るよ」
勢いに押されて思わず謝ってしまう。
なんなんだ、この変わりようは。
「私の話はやめてちょうだい。なぜか、昔の事を思い出そうとするとイライラするのよ」
「え?」
昔の事を思い出そうとするとイライラする?
それは自然とミスティアの仕業では無いかと思えた。
人格を変えるために、本来の自分である過去を振り帰らさないよう、何かしているのではないか。
そう考えてもおかしくはないんじゃないだろうか。
「玉藻。ナナオ騎士団を作る前に、これくらいの人形を見たことがない?」
わなわなと震える手で頭を抱える始める玉藻。焦点が合っていない目が床を見ている。
いったい玉藻の中で何が起こっているんだ。
「……玉藻?」
「なぜでしょう……イトナ、あなたと話していると不愉快になるわ」
鋭い眼光がイトナを捉える。
まずい。話が打ち切られる。
「最後に、ミスティアって名前に覚えはーー」
「黙って」
「もし、なんらかの力で人格が捻じ曲げられていて、今の自分が本来の自分じゃないって言ったらーー」
「黙れって言っているの!」
不自然にキレた玉藻は折りたたまれたセンスをまっすぐイトナに向ける。
幸い、ここは戦闘不可能エリア。攻撃はできないはずだ。
「玉藻、一旦落ち着こう。落ち着いて聞いて欲しい。君は今……」
「黙れ! 口を開くな! 不愉快! 不愉快よ! 出て行きなさい!」
センスをビッと出口に向ける。
ここで引いたら、もう玉藻と話せる機会が無い。そう直感で思った。
「君は心操って特殊なスキルで人格を変えられていて、本来の君はーー」
次の瞬間、グルンと視界が回って景色が一転した。
目の前にあるのはナナオホールの入り口。
イトナはナナオホールから追い出されたのだ。
多分、ギルドホールの設定を変えて、ギルドメンバー以外の立ち入りを禁止したのだろう。
「深入り……し過ぎたかな」
しかし、明らかに様子がおかしかった。
あの以上な過去の話への拒絶は普通じゃない。
得られる情報はあった。
でも、玉藻と会うのは難しくなってしまっただろう。
そう考えると、デメリットの方が多いように思えてきた。
もう、玉藻を知るチャンスはかなり難しくなったってことだ。
失敗したな。
「とりあえず、セイナに報告かな」
ナナオホールに背を向けて、ヤマトのテレポステーションに向かう。
「あの! 待ってください!」
後ろからの呼びかけに、振り返る。
そこにはナナオ騎士団サブマスターである八雲が、息を荒げ膝に手をついた姿でそこにいた。
「先ほどの話、詳しく聞いてもよろしいでしょうか」




