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「うーみーは、ひろいーな、おおきーなー♪」
休日の朝。
ラテリア……本名、天野莉愛は若干音程を外した歌を気分良く披露しながら、洗面所に向かおうと廊下を歩いていた。
「あら、随分ご機嫌じゃない」
「あ、お姉ちゃん」
洗面所に入ろうとしたところで、寝間着姿のお姉ちゃんとすれ違う。
因みにお姉ちゃんとはお揃いのパジャマで、ピンク色のやつだ。
なんでも、お揃いのパジャマだと仲良し姉妹に見えていいじゃないと、お姉ちゃんがかってきた。
パジャマだからお母さん以外には見せる人はいないのだけど。
お姉ちゃんは起きたばかりでまだ眠いのか、大きく欠伸をする。
「朝から元気ねー。何かいいことでもあった?」
「うん。次の日曜日に海にいくの」
「へぇ。海」
そう。
来週の日曜日に海にいく約束をしているのだ。
もちろん、フィーニスアイランドの中での話だけど。
「イトナくんと海デートなんて、なかなか進んだじゃない」
「で、デートじゃないよ! ニアさんと……サダルメリクの皆さんと一緒に行くの。まぁ、イトナくんも一緒だけど……」
「なんだぁ。ニアちゃんと一緒かぁ」
お姉ちゃんも昔はプレイヤー名コールとしてフィーニスアイランドのトッププレイヤーだった事は知っている。
今はもう18歳を超えて卒業してしまって、一緒にフィーニスアイランドで遊べない。
そのせいで、莉愛のフィーニスアイランドでの友達の殆どがお姉ちゃんと知り合いで、なんか複雑な気分である。
自分の友達が、自分よりお姉ちゃんと過ごした時間の方が長い。なんだか不思議な感じだ。
「それにしてもイトナくんもやるなー。莉愛とニアちゃんと海なんて。あんなにおとなしい子だったのに、美少女2人に手をかけるなんて」
「ニアさんはともかく、私は美少女なんかじゃないもん。あと、セイナさんも一緒だし、さっきも言ったけど、サダルメリクのみんなも来るの。お姉ちゃんが思ってるようなのじゃないから」
「結局全員女の子じゃん。やるなぁイトナくん」
笑うお姉ちゃん。
でも言われてみれば、お姉ちゃんの言う通りイトナくん以外みんな女の子だ。
男が苦手な莉愛にとっては悪くないけど、男の子1人はイトナくんがなんだか可哀想な気がしてきた。
でも大丈夫だよね。
みんな仲のいい友達だし、性別なんて些細なものだよ。
それから朝食をとった。
朝食は毎朝それぞれ決まったものを食べる。
お姉ちゃんはトーストにたっぷりマーガリンを塗って、その上に半熟の目玉焼きを乗せたもの。ラ○ュタパンみたいなやつだ。
私はお餅だ。
莉愛の朝はお餅から始まる。
冷凍で常備してあるお餅をレンジで柔らかくして、フライパンで焼く。
それに海苔を巻いて、醤油をつけて食べる。
これを2つ。
いや、今日は3つ食べよう。
これが朝一番の原動力になるのだ。
「……」
お餅を焼き終わり、慎重に海苔を巻いていると、お姉ちゃんがそれをじっと見てくる。
「……?」
「海に行くのに朝からお餅3つなんて余裕ですなー」
「え?」
「だって、水着になるんでしょ? 気にしてる? お肉とか。気をつけないとすぐ太るよ?」
「だっ、大丈夫だよ。太ってないもん!」
「ほんとかなぁ」
とは言ったものの、これまで特になにもせずに、極端に太ったことがない。だから今まで体重に気を使ったことがないのも事実だ。
せっかくの海。イトナくんもいるし……、一応確認した方が良いだろうか。
とりあえず目の前にあるお餅を美味しくいただいてから、体重計がある洗面所に向かう。
お姉ちゃんに見つからないようにとそっと鍵をかけて、体重計を出した。
久しぶりに出した体重計。でも埃は被ってなく、毎日使われているような年季を感じる。
もしかしたらお姉ちゃんが毎日体重チェックをしているのかもしれない。
そんなことを頭の片隅で思いながら、特になにもしてなくても今まで大丈夫だったしと、軽い調子で体重計に乗った。
「……………え!?」
表示されたのは、莉愛には少し難しくて理解することができない数値だった。
「うそ……なんで……」
なんで。
いや、幾つか心当たりはある。
運動はしてないし、最近はフィーニスアイランドで疲れて、食欲があった。
でも、それはつい最近のこと。まさかそんなすぐに太るなんてことは……。
「ふ、服……!」
そうだ。装備品を外すのを忘れていた。これが悪さしているに違いない。
慌てドアに鍵をかけて、服を脱ぐ。
「…………なっ!」
大して変わらない数値に思わず声が漏れる。
後なにかこの数値を減らせるものはと思考を巡らせ
る。
下着姿の今、もう外せるものはそう残っていない。
しかしそう簡単には太ったなんて認めるわけにはいかない。
あと悪さをしているとすればこれだ。
最近急成長をしている2つの山。
そうだ。思えばこれが悪いのだ。この胸のせいで数値がカサ増しされているに違いない。
なんとかこの胸をなくした体重を計りたい。
どうすればと考えていると、視界に洗濯機が入る。
「これに胸を乗せて体重を計れば……」
莉愛自身、アホなことをしているのは理解している。でも、それ以上に安心を求めていた。出来るだけ低い数値、太っていないという安心を。
下着姿で洗濯機に胸を乗せ、どうしようもなく恥ずかしい姿をしながら、数値を確認しようと首を横に向けると……。
そこにはいるはずのないお姉ちゃんが立っていた。
鍵を閉めていたはずなのに。
「……なんて愉快なことをしてるの?」
「違うの!」
それから数分、お姉ちゃんの笑いは止まらず、莉愛は恥ずかしすぎて顔を真っ赤にして無言でそこにいることしかできなかった。
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「莉愛は可愛いなぁ」
「もうその話はいいでしょ!」
「お母さんにも言っていい?」
「絶対にダメ!」
お姉ちゃんはしつこく思い出し笑いを挟んでくる。洗面所でのことは忘れてって言ったのに、聞き耳持たずだ。
「まぁまぁ。でもあの様子じゃあまり良くなかったんじゃないの?」
「それは……」
「次の日曜日だっけ? 大変だ」
お姉ちゃんは他人事のように言う。
それに現状を思い出した。
そうだ。次の日曜日までになんとかしなくちゃいけないんだった。
「……お姉ちゃんってダイエットした事ある?」
こうなったら事情を全て知っているお姉ちゃんに頼るしかない。
「んー。した事あるけど、ごっこ遊びみたいなものだったかなー。友達がダイエットするって言って、それに付き合っただけで、別に体重変わらなかったし」
意外だった。
別にお姉ちゃんが太っているとかではなく、ただお姉ちゃんなら……って思ったからだ。
「でも、そうねぇ。ダイエットするなら運動と、ご飯を少し減らすくらいかな。シンプルに。運動のし過ぎや、ご飯を全く食べないとか、極端にやると体壊しちゃうから」
「……それで、日曜日までに変わるかな?」
「あー……」
お姉ちゃんが目をそらす。それを見て間に合わないんだと読み取る。
「でもね。重要なのは見た目よ。見た目。人の上に乗るわけじゃないんだから、お腹が出てなければいいの。そんな焦ることないわよ」
「ほんとう?」
「ほんとよ。莉愛は可愛いんだから大丈夫。お腹見せて見て」
「うん……」
服をめくってお腹を見せる。お姉ちゃんでも、なんだか恥ずかしい。お姉ちゃんはおへその辺りをまじまじ見ると、少し摘む。
「……うん。大丈夫」
「今ちょっと間があった!」
「ないわよぉ。まぁ、今後は少し気をつけた方がいいかもしれないけど、今が丁度いいくらいよ。少しお肉があった方が男の子は好きなんだから」
「……それ、ほんと?」
「ほんと。痩せ過ぎてもダメなの。程々がいいの。程々が」
最後に脇腹をツンと人差し指で刺して莉愛をくすぐると、もう出ないとと言って行ってしまった。
「……大丈夫ってことだよね」
とりあえずはお姉ちゃんね言うことを信じてみる。でも、これからは油断しないように頑張らないとと、誓う莉愛だった。




