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ラテリアちゃんはチュートリアルちゅう?  作者: 篠原 篠
グランド・フェスティバル予選
105/119

2

 最悪な目覚めだった。

 ガンガンと痛む頭と胸苦しさで意識が覚醒し、視界に光が差す。


「最悪な夢だったな」


 目が醒めるなり、イトナはそう呟く。

 でも、夢の内容は既に忘却の彼方だった。でも、確かに悪夢を見ていたのだ。


「完全にミスティアのせいだな」


 ミスティアとの戦闘。その記憶は焼きついている。

 結果的には勝った。

 ミスティアが臆病なおかげで、本気でやって、人形一体に対してなんとか勝った。


「どうしたものかね」


 まるで他人事のように呟く。

 体調不良の体が、今は難しい事を考えるなと拒絶しているのか、はたまた心の底では自分は1人ではなく、ルミナスパーティという強力な仲間が3人もいるからなんとかなると、楽観視しているのだろうか。


 寝起きのぼんやりとした思考で、横になったまま、しばらくそんな事を考えていた。


 体調は良くない。でも、不思議と長い間寝ていたような感覚があった。

 そうだ。寝る前にセイナから睡眠薬をもらったのを思い出した。セイナの作る薬の効能はイトナの知る中で随一だ。きっとそれが効いたのだろう。


 かったるい体で、いつまでもこうしていたい気持ちを振り切って、頭を起こす。


「っ


 揺れた頭に鈍い痛みを感じて眉をしかめる。

 同時に胸の上でモゾリとなにかが動いた。


「胸苦しかったのはお前のせいか」

「んな”ー」


 黒い毛むくじゃらは大きく欠伸をすると、もう一眠りかまそうと、丸くなって口をむにゃむにゃし始める。 

 そうはさせまいと、前足の脇に手を引っ掛けてディアを持ち上げると、「むぐぅ」と変な音が出た。

 恨めしいそうな目で、こっちを見てくる。


「セイナ呼んでもらえるかな」


 言っていることが伝わったのか、それにディアは視線だけで答えると、ベッドから飛び降り、のしのしと階段を降りていった。


 ここはパレンテホールの二階。イトナとセイナしか知らない隠し部屋だ。

 なんでこんな隠し部屋を用意しているのか。

 それはイトナに寝る場所が必要だからだ。


 イトナは自分がループプレイヤーであり、この世界のプレイヤーと違って、ログアウトができない事を隠さなければならない。

 本来、プレイヤーはフィーニスアイランド内で睡眠をとることができない。もし、睡眠により意識が無くなれば、自動的にログアウトされる仕様になっている。

 この世界で睡眠が取れる存在はモンスターとNPC、ループプレイヤー、そしてチュートリアル後のプレイヤー達になる。

 まだチュートリアルを終えていない今、プレイヤーが寝るという行為はあり得ないこと。

 だから、イトナの寝ている姿を隠すためにこの部屋が用意する必要があるのだ。


「よく寝たわね」


 階段から顔を出したセイナに答えながら、時計を確認する。時間は既に18時を回っていた。

 ほぼ丸一日寝ていたのか。


「下は?」

「一応みんないる。いつものでなんとかしているわ」


 いつもと言うのは、こういった時のイトナのログイン状態の言い訳だ。

 イトナはいない。でも、システム上ログイン状態になっている。

 みんな知らない二階にいる事で、イトナのログイン情報を見ると、イトナはパレンテホールにログイン中となっているはずだ。

 でも、イトナは見当たらない。だからたまにそんなバグがあるということにしてある。

 苦しい言い訳のようにも見えるが、実際見当たらないのだから、疑われたことはない。


「それより、酷い顔。まるで墓場のダンジョンに湧くアンデットみたい」


 セイナが手鏡を渡してくれる。

 それを覗くと、真っ青でやつれた顔の自分があった。まるで死人だ。とても丸一日寝て起きた人の顔とは思えない。


「こりゃ酷いね」


 思わず鼻で笑ってしまう。


「ねぇ、そんなにだったの?」

「ん? あ、ああ。そうだね」


 セイナのトーンが変わる。ここからは真面目な話だ。


「今まで自分よりレベルの高いプレイヤーと相手することがなかったけど、数値の暴力は思ったより厄介だったよ。心操抜きで、このザマだ」

「だから、言ったじゃない」

「うん……」


 ラテリアを助けにここを出る時、自分の方が強いと豪語した事を思い出し、恥ずかしく思う。

 長い間、プレイヤーの中では当たり前のように圧倒的な強者だったから、慢心していたのだろうか。


「それで、ミスティアのことだけど」

「うん」

 セイナは階段に腰をかけて、耳を傾けた。



 それからミスティアとのやりとりをセイナに話した。

 交渉の内容。

 イトナに対してどのような準備をしてきたのか。

 立ち回り。

 一通り話し終えると、セイナの表情が心なしか上機嫌になったように見えた。


「アイツも必死ね。手を出さないから見逃して欲しいなんて。そんなの、許すはずがないのに」

「そう、だね……」


 イトナはどこか上の空でそう返す。


「なに? 気になる事でもあるの?」

「いや、まぁ……。うん。」

「さっきの話だと、下にいる3人への心操は無さそうだし、アイツも撃退できた。多少被害はあったけど、アイツの作戦の大半は失敗。むしろ今の実力を把握できたのだから、今後どう動くが決めやすくなったぶん、有利になったのはこっちじゃない」


 今回の戦いで苦戦したのは確かだけど、ミスティアの底が見えたのも事実だ。

 今のミスティアはイトナより強い。でもそれはレベルが圧倒的に高いことが前提で、同レベルであれば問題なくルミナスパーティメンバー個人の方が強い。

 なら、ミスティアとのレベルの差が開く前に叩けばいい。チュートリアルが終わった後の大まかな動きは、さっきのセイナとの話で大体固まった。あとは他のルミナスパーティメンバーと詳細を詰めればいいだけだ。


 今回の世界での最大の不安の種が和らいだ……のだけど、ミスティアとの交渉に考えさせられている。

 ミスティアの言い分は間違っていない。素直にそう思ってしまったからだ。


 ミスティアは自分が生き残るためにルミナを殺した。それは決して許されることではないけれど、それはイトナの立場からみればだ。

 ミスティアからしてみれば、ルミナスパーティから殺されかけた。

 しかも手を汚さずに、無謀なダンジョンに放り込まれて。

 それに気づいたミスティアが、生き残るためのたった5席を奪い取ろうとしたのは悪なのだろうか。

 視点を変えれば、いつまでもゲームクリアできないのに、長々生きながらえている悪のプレイヤーを倒した英雄とも取れる行動ではなかったのだろうか。

 本当に、自分たちが正しいのだろうか。


「ねぇ、イトナ。なんで私たちがループプレイヤーになったのか覚えてる?」

「覚えてるよ」


 イトナがループプレイヤーになった経緯。

 イトナのいた世界がフィーニスアイランド最初の被害にあった世界ではない。

 その時にも既に圧倒的な力を保持する5人のループプレイヤーがいた。

 その5人のうちの1人がイトナの師匠になる。

 その師匠が他のループプレイヤー4人と相打ちして、イトナがループプレイヤーの5席に座ることになった。


 前のループプレイヤー達ははゲーム終盤、クリアが不可能と判断すれば、他のプレイヤーを殺して回っていた……らしい。

 自分たちが確実に生き残るために、その世界の子供達を滅ぼしたのだ。


 かつて師匠もそれに加担していたらしい。

 でも、イトナのいた世界の時に、何故か師匠は4人を裏切った。

 なんでだかは分からない。

 今は亡き師匠の事、一生分からないだろう。

 ただ、師匠が残した沢山の言葉の中にこんなものがあった。「お前達はああはなるなよ」と。


「アイツが言ったことを気にしているなら、それは間違いよ」


 セイナが射抜くような目を向ける。


「もっともな事を言ったみたいだけど、所詮は自分の保身のために綺麗事を並べているだけ。ループプレイヤーは決死の覚悟でクリアを目指すことが義務でなきゃいけない。師匠もそう言っていたでしょう?」

「そんなこと言ってたっけ?」

「そういう意味よ」


 セイナがスンと鼻を鳴らす。


「アイツはクリアより、どんな手を使ってでも自分が生き残る事を考えているのは分かったでしょう?」


 その通りだ。ミスティアはゲームクリアよりも、自分の安全を心配しているのは目に見えてわかる。


「なら、アイツが生き残ればまた同じ事を繰り返すだけ。そうなったら師匠に生かしてもらったのに、申し訳が立たなくなるじゃない」

「そうなんだけどね」


 セイナの言っているこは間違っていない。

 でも、未だミスティアの言ったこともイトナの引っかかってしまう。それは多分、生きたいという執念はごく普通のことで、そのために非道に走ったとしても、哀れに思えない。


 だが、それでもだ。


 ゲームクリアの邪魔になるのであれば、イトナにとっては敵になる。

 これでミスティアが大したことのないプレイヤーであれば、無視もできたけど。彼女は強くなりすぎた。そして、強くしたのはイトナだ。

 引っかかるのは、だからだろうか。


「いざって時に躊躇するのはやめてよね」

「わかってる」

「ならいいけど」


 全く信用していない声でセイナが言う。それに口の中でから笑いした。


「で、今日はどうする? 顔出すの? 一応下に当事者は集まってるけど」


 話は終わりと、セイナが腰を上げる。


「一応、顔は出すよ。ずっとうちのギルドホールにいさせても悪いしね」

「そうして貰えると助かる。夕方から煩くてしかたい」


 階段を降りながら遠ざかって聞こえるセイナの声を聞きながら、完全に起き上がる。軽く反るようにして伸びをして、パレンテホール一階の位置を記憶した《記憶の魔石》を取り出す。

 これであたかも今ログインしたかのような演出をするのだ。


「まずは今は目の問題をなんとかしないとだな」


÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷



「イトナくん!」


 ログイン、もとい一階に移動すると、真っ先にラテリアが立ち上がった。

 いつもと変わりないラテリアを見ると不思議とホッとする。

 辺りを見ればセイナの言っていた通り、当事者のプレイヤーが揃っていた。


 まるで自分のギルドホールかのように、自然に溶け込んで椅子に座るのはロルフ。その隣に少しそわそわしているのがノノア。そして、


「大丈夫か? なんか顔すげーぞ?」


 何故か床に丸まったような体制で、イトナを見上げる青年。テトもいた。


「ちょっと体調崩しちゃってね。さっきまで寝てたから良くなったと思ったけど、まだそんなに悪く見えるかな」

「おう。まるで墓場のダンジョンに湧くアンデットみたいな顔してるぜ?」


 そこに自室から出てきたセイナが物凄く嫌そうな顔を作った。さっき表現した自分の言葉と、テトのが被ったからだろうか。


「具合、大丈夫ですか? 学校も休んだんですよね? 今日は寝てた方が……」

「あ、あー。うん、大丈夫。今日はダンジョンとか行くつもりないから。それに……」


 流し目をロルフとノノアに送る。それで心配そうな顔をしながらも、ラテリアは頷いた。

 ラテリアもセイナからある程度の話は聞いているのだろう。


「そうだイトナ! さっきニアから聞いたぜ。やったな!」


 テトがなんのことを言っているのか分からなかった。なにかあっただろうか。

 うーん。

 あ、思い出した。トゥルーデのことだ。


「あ、ああ。うん。なとかね。最後、テトがフォローしてくれたお陰でなんとかなったよ」


 ミスティアの事で頭がいっぱいで、昨日トゥルーデの攻略に成功したことをすっかり忘れていた。


「あの戦いで確信したぜ……力を合わせた俺たちならなんだってできる! 七大クエストも後3つ。残りも俺たちでやってやろうぜ!」


 なんとも頼もしいキメ顔でテトが言う。

 しかし、なんだろう。残念な体勢がそれにそぐあっていない。


「うん。それで、テトはなにしてるの?」

「見ればわかるだろ。土下座だ。日本最大級の謝罪とかお願い事をするための構えよ」


 何故かテトは得意げだ。

 構えとか、剣士が土下座をそんな風に言わないで欲しい。

 視線を上げればラテリアはそれを蔑んだ目で見下ろしている。

 まるで汚物を見るような目。ラテリアがそんな目するなんて意外だ。

 そしてロルフとノノアからは幻滅の視線が刺さっている。

 それでも堂々たる顔なのには恐れ入る。


「……」


 ああ、そうか。すっかり忘れていた。

 最近テトがパレンテに入りたいとか言い始めたんだったけか。

 それにラテリアが激しく反対していると。


 その辺、ロルフがこの状況を見ていて大丈夫なのだろうか。テトはギルドには言ってあるとは言っていたけど、どうもずっと昔の話のようだし、ロルフは知らないんじゃないのだろうか。


「あとそうだ。さっきニアが来て、ログインしたら連絡くれってよ」

「あ、うん。了解」


 ニアも来ていたのか。トゥルーデを倒した後のニアはどこか落ち込んでいたように見えたけど、みんなのデスペナルティがとけて元気は取り戻せただろうか。


「さてと……」


 テトが日本最大級の構えとやらをといて、やおら立ち上がる。


「イトナにも会えたし、今日のところは帰るわ。じゃ、また明日な」

「もう来ないでください!」


 ラテリアが吠えてもケロっとした顔でうんうんと頷いた。なんの頷きだろう。多分それに意味はないんだろうけど。


「ロルフこの後空いてるか? ペアでどっか行こうぜ」

「ペアで!? 行くぜ!」


 ロルフは嬉しそうに返事を返して立ち上がった。そして何故か勝ち誇ったようにノノアの方を見下ろす。ノノアは口をへの字に曲げていた。


「ちょっと」


 出て行くテトについて行こうとするロルフを腕を組んだセイナが止める。

 元々、なんでロルフがここにいるのか。

 それはまだ話したいことがあって、情報漏洩を防ぐためにここでログアウトしてもらったからだ。

 まだ、その話はできていない。

 その話はとても重要で、この件を口外しないこと。口外すれば、どんなに低い可能性だったとしても大変な事態を起こしかねない事には変わりないのだ。

 そこのところを、ラテリアを含めロルフとノノアにきっちりと話しておかなければならない。


「んだよ。どうせ他には話すなって事だろ。話さねぇよ。これでいいだろ」


 あれ、わかっていた。

 ならいいか?

 セイナの反応を確認する。特に変化はない。イトナと同じ感じといったところか。


「少し待ちなさい。話はすぐに終わらせるから」


 一拍の間を空けながらも、はい大丈夫としないのがセイナだ。

 今回ばかりはイトナもこの慎重さに頷ける。心操はそれ程までに人が手を出してはいけない代物なのだ。


「こちらの話はもう分かっているみたいだけど、一切の口外をしない事を誓って欲しいの」

「はい、誓いまーす」


 ロルフが軽く手をあげて誓いをたてる。


 ああ、やめた方がいいよそんな態度。セイナさん冗談通じないんだし、今マジメな話をしているんだからね?

 ほら、セイナさんの目が少しピクピクしてる。


「ふざけないで」

「わ、わかってるよ」


 目と言葉の温度だけでロルフの尻尾を丸めさせる。

 セイナさんは小学生にも容赦ないのだ。


「自覚を持ちなさい。一応、トップギルドの代表メンバーなんでしょ? そんなあなたが言うことは、あなたが思っている以上に影響があるの」

「わ、わーってるって!」


 ロルフの声が少し上ずる。

 なんだこの脅えよう。寝ている間になにかあったのだろうか。きっと、セイナとロルフの間で格付けが完了するような出来事があったに違いない。


「でもよ、信じてもらえるしかないだろ? こっちが言わないって言ったんだから、これ以上どうしようもないじゃん。それこそ、記憶を消すとかしねーとな」

「あるわよ。記憶を消す薬」

「は?」

「まぁ……ちょっと頭がパーになるけど」


 ロルフとノノアとラテリアの顔が青くなる。


「……冗談よ」


 本当に冗談だよね? セイナの目が笑ってないんだけど。


「でもそうね。あなたの言う通り、信じるしかない。でも、ただの口約束だけじゃ心配なのよ」

「じゃあどうすんだよ。ゆびきりげんまんでも、なんかケイヤクショにでもサイン書くか?」

「いいえ、そんな事してもなんの意味もないし……」


 セイナが顎に手を当てて考えるポーズをとる。


「そうね。口外すれば問答無用であなたを敵として……イトナがなにかするわ」


 セイナはマジの目で適当で物騒なことを言い出した。

 なにかってなんだ。一体何をやらされちゃうんだ。


「あなた、イトナとアイツが戦っているところ見たんでしょ? なら、分かるわね」


 セイナの言うそれは、脅しそのものだった。

 ロルフと目が合う。それには首を横に振っておいた。

 それでミスティアの、心操の情報が漏れないなら、やるよの意だ。

 まぁ、実際なにをどうするか知らないけど、きっとなにかするのだろう。


「大丈夫よ。口外しなければいいんだから。ノノアも、わかるわよね?」


 2人は有無をいう事なく頷く。

 なんだか感じ悪くなってしまったけど、もしものこと、万が一のことがある。この問題は1パーセントでも可能性があってはならない。だから少し過激でも、これくらい言っておいた方が、こっちも安心できる。


「でも、それだけだと可哀想ね。こっちの問題に巻き込んでおいて一方的に脅すなんて。だからなにか、そうね……うちが出せるものならなんでも欲しいものをあげる」

「なんでも?」

「ええ、……人はダメだけど」


 思い出したかのように言い加える。まぁ、当然だよね。


「……別になんもいらねぇ。ただ……」


 ロルフは少し考え、何もいらないといいつつ、歯切れの悪い言葉を残す。


「今度、うちに来るだろ。スカイアイランドの報酬。その時、その時によ……」


 ロルフと一瞬目が合う。でもすぐに逸らされた。なんだか、恋する乙女がこれから告白でもしそうな感じで目を泳がしている。

 え、なに?


「俺を強くしろ。テト……いや、ガトウより。……できるか?」

「それはロルフ次第だと思うけど、それでいいなら協力させてもらうよ」

「それでいい」


 それで終わりと、テトの後を追いかけてロルフが出て行った。

 この前、ここで初めて会った時、握手しようとして拒否されてしまったけど、少しは認めてくれたと言っていいのだろうか。


 強くしろね。


 その向上心はイトナに、ループプレイヤーにとっても、嬉しい事だ。

 チュートリアルの間に、出来るだけ全プレイヤーの地力を底上げしておきたい。

 でも、ループプレイヤーはたった5人しかいないし、それぞれ別の島にいる。

 全てのプレイヤーに教えて回るのはとても現実的ではない。

 だから、ホワイトアイランドでは最上位のプレイヤーがあぐらをかかないよう、イトナはパレンテに所属した。

 一つ、一歩手が届かない実力がギルドがあれば、上位のプレイヤーはそれを目指し、下位のプレイヤーは憧れ、全体的にレベルが上がるのではと考えたのである。

 模範となるギルドを作る事で、間接的に戦い方を全プレイヤーに教えたのだ。

 トップギルドになれば、誰もがそれを真似するだろうから。


 結果、パレンテを意識して強くなったプレイヤーは多く、現在の最上位の殆どはパレンテと関係を持っていたプレイヤーだ。ある程度イトナの思惑通りになったと成功を感じている。


 パレンテが一旦なくなった後、また別のギルドにとも思ったが、やめた。

 〝たった5人のギルドが最強だった〟というものは、イトナが考えている以上に影響は大きく、イトナがフリーでいた方が、うまく回っていたからだ。


 一つのギルドに肩入れして、圧倒的なギルドを作るのはそれほど難しくない。

 でも、それを作れば、周りのギルドはその最強ギルドに追いかけることを諦めてしまう可能性がある。圧倒的な差は、時には萎えさせてしまう。

 だからギルド間でいい感じのパワーバランスが必要。抜かし抜かされの関係がベストそう考えたのだ。


 これを期に黎明には頭一つ抜けてもらいのもいいかもしれない。

 今の黎明の向上心はどこよりも貪欲に見える。

 向上心が高いほど、伸びはいい。


 黎明の剣はなんとも頼もしい。



÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷



「ねぇ! 聞きたいこといっぱいあるんだけど!」


 ロルフがいなくなったすぐ後、ノノアがガバリと立ち上がった。

 今まで我慢していたものが、満を持して放出されたかのような勢いだ。

 キラキラと輝く眼差しを、イトナ、ラテリア、セイナの順で見て、イトナに戻って止まった。


「テトとかニアとか有名プレイヤーってよくここに来るの!? テトがパレンテに移籍って本当!? 七大クエストの白灰の魔女倒したって本当!? さっきチラッとスカイアイランドって聞こえたけどなんの話!?」


 職業柄のせいか、メモ帳とペンを取り出して、小さくぴょんぴょん跳ねている。

 そのテンションに流石のセイナも面を食らったか、目を丸くしている。


「すごい! すごいよ! あのパレンテがまだあったってだけで大ニュースなのに、最上位プレイヤーの間だけ交流があったり、ちょっとここで耳を立ててるだけで号外になるレベルの情報てんこ盛りじゃない! ラテリアありがとう!」

「え、私ですか?」

「そうよ! だってラテリアに会わなかったらこんな凄い場所に来れなかったもの!」


 そのラテリアとの出会いはミスティアの策略だった訳だけど、ノノアはそんな事は忘れ、目の前の出来事に夢中のようだ。

 無邪気に喜ぶ姿は年相応で微笑ましく思えるが……。


「盛り上がってるところ悪いのだけれど、ここで見たもの聞いたものをリエゾンに流すのはダメよ」

「え、あ……」


 ノノアが気づいたかのように、自分の握りしめるメモ帳とペンに目をやる。


「も、もちろん! これは癖で……あははは……」


 ぱっとそれらを背中に隠す。

 本当に職業柄ゆえのだったらしい。普段から報道部は聞き込みとかやっているのだろうか。だとしたら情報集めの地道なものだなと感心してしまう。


「あの……ギルドには報告しないから、その、色々聞いても?」

「んまぁ、大丈夫だよ。変に広めなければね」

「もちろん! これでもリエゾン報道部よ。守秘義務はきっちり守るわ」


 という事で、ほどほどに最近の出来事について語った。


 特殊な薬を作るために、勇者パーティにスカイアイランドのボスモンスター、コカトリスから素材を取ってきてもらった事。そのパーティにラテリアが参加した事。

 スカイアイランドでの出来事はラテリアが一生懸命話してくれた。

 それからサダメリとナナオの戦争が起きて、それを止めた事。

 実はあの時にノノアとは会っていたことを知って、そっか! そうだったんだ! となぜか喜んでいた。

 戦争で負けたことのになったサダメリが、名誉回復のために、トゥルーデ攻略に立ち上がった事。

 そして、テトとイトナを加えたパーティで挑み、攻略に成功した事。


 それらの話の間に、ノノアがいちいち詳細な説明を求めてきたせいもあって、サッと話すつもりだったのにかなりの時間がかかってしまった。

 体調が悪いのに、容赦がない。悪気はないのだろうけど。


 ノノアは本当に上位陣の出来事に興味があるらしい。ここまでの知りたがり屋さんは、長く生きてきたイトナのフィーニス人生の中でもかなりの上位に入る。


「凄い! まるで色んなことがパレンテ中心で動いているみたい!」


 ノノアはよく分からないことを言いながら、生き生きしていた。


「それで、テトの移籍は? 黎明の剣から抜けちゃうって本当?」

「今日はもうお終い」


 今まで黙っていたセイナがウンザリした様子で割って入る。


「え、でもまだ聞きたいことがたくさん……」


 ノノアが不満の声を上げる。これからがいいところなのにと言いたげだ。

 セイナが無言でデジタル時計のウィンドウを出す。時間は22時を回っていた。


「あ……」


 お楽しみの時間はあっという間なものである。そこまで熱中して聞いてくれたのは、語り手としては嬉しいが。


「それで、あなたは何が欲しいの?」

「え?」


 なんのこと? とノノアは首をかしげる。

 話を戻そう。

 口止め料みたいな話だ。


「あ、あー……」


 思い出したのか、ノノアが悩み始める。

 なにが欲しいのか、地位か、名誉か、それとも金か。

 残念ながらその中でパレンテが出せるのはお金しかない。でもお金だと汚い感じがする。シンプルで妥当な気もするが……。


「迷うならお金にしときなさい」


 が、悩み耽るのを面倒くさそうにセイナが言う。

 まぁ、確かにお金ならあればすぐに用意できるし、手軽だけど。


「ちょ、ちょっとまって! せっかくパレンテから何か貰えるんだよ? そんな頑張ればだれでも貯められるお金なんかじゃもったいないじゃない! もっとこう、パレンテならではの……」


 パレンテならではってなんだ。そんなものあっただろうか。

 しかし、そう言いつつも、ノノアは揺れているように見えた。お金……お金かぁ……お金も欲しいけど、とブツブツ呟いている。


 そんな様子を見てか、セイナが自室に戻ると、パンパンに膨らんだ袋をいくつか持ってきた。


「一袋に1億入ってるわ」


 それをドサドサと机の上に積んでいく。

 1億、2億、3億……。なんのためらいもなく、そしてイトナの許可なくパレンテ金庫から金が放出されていく。

 いや、別にいいんだけどね。お金はセイナの管理って決まってるし、お金には困ってないし。


「こ、これ、全部貰っていいの?」

「ええ。これであなたの口が硬くなるなら安いものだわ。それとももっといる?」


 何故かセイナの笑顔が怖い。まるで女の子をお金でたぶらかしているような悪女の笑みに見えてくる。

 ノノアも目が$マークに点滅しているように見えた。


 少し震える小さな手で、それらの袋に手を伸ばそうとして、はと何かを思い出したかのように手を引っ込めた。


「やっぱり違う」


 そうボソッと漏らすと、お金の山を視界に入れないようにそっぽを向く。


「なにが違うの」


 少しイラついたトーンになるセイナ。もう少し広い心を持って欲しいものだ。

 いや、でもあまり興味のない何時間も話を聞いた後と考えれば仕方のないことか。


「あの、じっくり考えてまた明日じゃダメですか?」

「ダメです」


 少しの間も空けずに返す。

 それにノノアがムッとした顔になる。


「……なんでですか。さっきの話の続きもあるし……」

「あのね、また明日もずっとここにいるつもり? こっちも暇じゃないのよ。今決まらないならお金で我慢しなさい」

「そうですか。でも、もしかしたらお金じゃ我慢できなくて、つい口が滑っちゃうかもしれませんね」


 それにはセイナがカチンときた。

 あ、これ不味いやつだ。


「ま、まぁまぁまぁセイナさん! 実はまた今度ノノアちゃんとなにかしようって話をしていたんですよ! だからその時にまた。約束は絶対に守りますから。ね、ノノアちゃん?」

「守ります」


 空気を読んだラテリアが素早く間に入る。

 しかしどうだろう。セイナはそれを良しとするだろうか。


「はぁ、一週間以内よ。それまでに一回は顔を出しなさい……少しでも口を滑らせてみなさい。後悔することになるから」


 なんてことだ。あのセイナがため息一つで折れた。

 やっぱりセイナはラテリアには甘い。


 今日決まらないのならここには用はないとセイナが自室に入っていく。


「ラテリアありがとう」

「いえ、でもダメですよセイナさん怒らせちゃ。パレンテの中で一番偉いんですから」


 そうだったのか。セイナが一番偉いだなんて初耳だ。

 まぁ、あながち間違ってはいないけど。


「なんでNPCなのに。ギルドマスターのイトナさんの方が偉いに決まっているじゃない。大体なんでNPCなのにあんなに偉そうなのよ」

「あ、いえ。今は私がギルドマスターでして」

「うそ!? なんで!?」

「本当に、なんでなんでしょうね……」


 ラテリアがあははと作り笑いをする。


「……やっぱり。ロルフの話ぶりからして、只者ではないとは思ってはいたけど、まさか伝説のギルドのギルドマスターだったなんて」


 それから、2人は仲良くたわいのない話を少しして、ログアウトしていった。


 ノノアからはまたよろしくお願いします! と元気よく言われた。ここまできたら満足いくまで付き合おう。

 ノノアは将来大物になりそうだ。そうでなくても、多くのプレイヤーと良好な関係を作っておきたい。いつかは訪れる、チュートリアル後のためにも。



 ……さて、みんなログアウトして落ち着いたところで、今後のことを整理してみることにしよう。


 テキストウィンドウを立ち上げ、今思いつくこれからの予定を箇条書きで並べてみる。

 ざっと、こんな感じだろうか。


・ミスティアと関係を持っていただろうアクマとの接触

・ミスティアの一番の被害者となっただろう玉藻との接触

・黎明の剣への報酬 (一週間)

・サダルメリクへの連絡

・テトがパレンテに入りたがっている件について


 あとは対ミスティアのミーティングを近いうちにルミナスパーティで行いたい。

 でも、島が分かれているせいで不便だ。パーティが組めない以上、一対一の念話になってしまって、無理やりやっても伝言ゲームみたくなってしまう。


 これは四年に一度、島を跨いで会える機会であるグランドフェスティバルの場で行うしかないか。

 幸い、もうすぐのイベントだ。


 あとは何かあっただろうか。ノノアの事はセイナに任せるとしても、なにか忘れているような気がする。

 ああ、思い出した。サダメリと海行くんだったけ。

 箇条書きに一つ追加する。


 あとは七大クエストの攻略を進めておかないといけない。

 Lv.100のヨルムンガンドは攻略完了。そしてLv.175のコカトリスの下見、もしくは攻略。

 理由はグランドフェスティバルが終わり次第、チュートリアルを終わらせる予定だからだ。


 ループプレイヤーは攻略に失敗し、世界を跨ぐと、初めてフィーニスアイランドにログインした時の歳まで巻き戻る。もちろん見た目だけで、記憶は引き継いでいるが。


 そんなループプレイヤーが逆18禁ゲームであるフィーニスアイランドのチュートリアルで18歳を超えた場合、一体どうなるのか。

 実は試した事がない。なにかしらのペナルティーがあるのか、卒業となり、ゲームオーバーとなるのか、それともそのまま継続になるのか。

 試した事はないが、超えてはいけないと、どのループプレイヤーも直感で感じていた。


 危ない橋は渡りたくない。

 そんなわけで、ループプレイヤー誰かが18歳を超えるギリギリのタイミングでチュートリアルを終わらせるようにしているのだ。

 現在のループプレイヤーの最年長はブルーアイランドにいるクリスタルになる。

 彼女に合わせて、今年中にチュートリアルを終わらせる必要があるのだ。


 チュートリアルが終われば1からの攻略になる。そうなれば最も難易度が高いとされる七大クエストをあらかじめ予習したいのは当然のことだろう。


 因みに、七大クエストの最後、ループプレイヤーの中では果てのダンジョンクエストと呼んでいる適正Lv.200白の世界樹は〝固定〟のダンジョンであるため、予習不要である。


 フィーニス攻略に失敗し、別世界のフィーニスアイランドが始まると、果てのダンジョン以外のマップは全て新規構築となり街、地形、ダンジョン、モンスター全てが新たなものになる。

 でも、なぜか果てのダンジョンだけは変わらない仕様になっている。


 よって、何度もループしているイトナは、白の世界樹を何度も攻略した事があり、予習の必要がない。


 そんなわけで、七大クエストの予習も、箇条書きに加える。


「う、うーん……」


 グランドフェスティバルの開催までと期限を設けると、なかなか現実味の無い予定になってしまった。

 特に黎明に一週間とられるのが痛い。


「まずいな」


 かといって、ガトウとの約束を断るわけにもいかない。

 今まで、スカイアイランドの報酬を先延ばしにして来たが、グランドフェスティバルの予選も近い。これ以上は難しいだろう。

 そうなると消去法でいくと。


「ニアには頭を下げるか……」


 やや一方的な約束ではあったが、約束は約束だ。この前もセイナが大変な事になって抜け出してしまったし、非常に断りづらい。

 でも、そうだな。トゥルーデの攻略を手伝ったし、それで海はなしでっていうのはどうだろう。

 ……いや、ダメか。

 そこまでして一緒に海行きたくないの? って思われそうだ。逆の立場で考えれば失礼極まりない。


 でも仕方がないのだからしょうがない。そっちはラテリアに楽しんでもらうとしよう。

 よく考えればその中ではイトナだけが男になるわけだし、結果的に良かったかもしれない。


「そして黎明か」


 黎明は黎明で問題があり、サダメリより深刻である。

 それはテトのことだ。

 グランドフェスティバルが近いこの大事な時期に、黎明を抜けてパレンテに入りたいと言ってる。

 イトナとしては構わないが、テトがパレンテに入ることで、黎明との友好関係に問題が発生する可能性がある。


 テトの存在は大きい。テトのギルド移籍で、ホワイトアイランドのギルドのパワーバランスは大きく変動する。

 もちろん、黎明にとってはとてつもないパワーダウンだ。

 彼らからみれば、パレンテがテトを引き抜いたと認識するだろう。テトの意思と言っても、過程より結果が全てだ。


 当然、白い目で見られるだろう。

 それでいざこざになるかもしれない。

 最悪、黎明が解散する恐れがある。

 黎明の解散はイトナにとっても都合が悪い。

 チュートリアル後、本番ではギルド黎明の剣には大きな期待をしている。


 後悔してもしょうがないが、余計な約束をしてしまったと改めて思う。

 少なくともグランドフェスティバル後の移籍で説得できないだろうか。

 黎明との特訓の時に話を出すとしよう。これはイトナとテトだけの話ではない。


「こんなところか」


 なかなかびっしりとしたハードなスケジュールになってしまった。

 これに優先順位をつけて、今日はもうベッドに戻ろう。

 明日から忙しくなりそうだ。

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