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ラテリアちゃんはチュートリアルちゅう?  作者: 篠原 篠
ドールマスター
103/119

28


 じゅっと、熱した鉄を水に刺すような音がした。

 体から蒸気が昇り、全身の力が抜け、続いて酷い頭痛と目眩が襲ってくる。

 イトナは自分にかけたバフスキルドーピングを解くと、蹌踉よろめくだけに留めて、気合いで意識をしっかり保つ。


 いつやっても慣れないな。これ。


 こころの中で苦痛を滲ませながらぼやく。

 強すぎるスキルは身を滅ぼすとは師匠の言葉だ。

 でも、死なないのなら、この偽りの体がどんなに痛みつけられても構わないんですけどね。


 何かを考えるのさえ辛い頭をゆっくりと回す。

 そこには4人のプレイヤーがいた。

 半分は知っているプレイヤーだ。

 ナナオのアクマ、黎明のロルフ。それにあの女の子は……。

 見覚えある。

 確か……そうだ。ナナオ騎士団とサダルメリクの戦争時だ。リエゾンの報道部のプレイヤーか。


 後1人は知らないプレイヤー。

 後からこの場に来たイトナは、誰がどうこの件に関わっているか、よくわかっていない。


 普通に考えれば、ロルフと報道部は巻き込まれたのだろう。身動きのできないラテリアをなんとかしようと、ロルフがミスティアに果敢に挑んだところから目にしている。

 けど、だからといって、放っておくわけにもいかない。


 特にリエゾン報道部。

 もし彼女が心操スキルのことを知って、リエゾンに持ち帰れば大変な事になる。

 心操スキルがいかに難しいとはいえ、その存在と発想がおおやけになれば、ミスティアのような存在が新たに生まれる可能性が格段に上がる。

 まるでミスティアのバーゲンセールだな。なんて冗談は笑えない。


 しかし、どうしたものか。

 痛みで回らない頭で報道部のプレイヤーを凝視する。

 君は知ってはいけない事を知ってしまった。死んでもらおう。なんて訳にもいかないし、死んでもらったところで、明日には復活してしまうから無意味だ。


 でも、彼女はラテリアの友達のようだ。動けないラテリアを必死に助けようとしてくれていたし。

 なら、会話をする余地があるんじゃ無いのだろうか。その点、ロルフも同じだ。

 報道部は一番の危険要素ではあるが、イトナの中で優先度を一段階落とす。

 説明するにしても、誤魔化すにしても、まだ時間の余裕はありそうだ。なら、そこで頭を痛めるのは先送りにしておこう。

 問題は……。


 残りの2人。

 ミスティア側について、今まで動いていたであろうプレイヤー。

 これらは早急に対処しなければならない。

 ミスティアとの交渉を思い返す。

 そう、玉藻の件だ。

 彼女は被害者だった。その彼女が率いるナナオ騎士団のメンバーであるアクマがここにいる。ならアクマは監視役だったとか?

 だとすればもう1人のプレイヤーは……。


「あ、あぁ! な、なんて事を! なんでこんな事がっ!」


 不意に聞こえた悲鳴じみた声は、そのプレイヤーのものだった。

 痩せ細ったプレイヤーは、膝を折りなんの力を失ったミスティア人形を拾い上げ、抱きしめていた。

 その震える背を見ていると、振り返った涙をたっぷり貯めた目と合う。


「よ、よよよくも、私の神を!」


 呂律ろれつが上手く回っていない。言動が明らかにおかしい。それに神? ミスティアの心操に当てられたか、それとも元々……。


「か、かか仇を! 神に仇なす者に裁きを!」


 そのプレイヤーはゆらりと立ち上がると、聞き取れない音量で囁くようにスキルの詠唱を紡いでいた。


「ーーーー《フォース・コンヴィクション》!」

「……?」


 一瞬、何かがぐらついた気がした。目眩か、スキルの効果か。

 自分のHPバーを見るが、なんら変化はない。バッドステータスもみられなかった。


「痛みに恐怖し、にに、二度とこの世界に入れなくしてやる!」


 そして、振り上げられた男の手からナイフが投擲された。魔導師系とは思えない程の見事な投擲だ。

 しかし、そのナイフはスピードも無ければスキルも乗っていない。

 イトナはそれを避けようと、一歩動こうとするが、頭の鈍痛が軋み、気の抜けていた体は思ったように動かない。


 ぐさりとナイフ肩に刺さった。

 だが、スキルもなく、恐らく力のステータスもそれほどないのだろう。HPは然程減少していない。

 一体なにをしたかったんだと疑問に思うも、その疑問はすぐに解決した。


「……ああ、なるほど。これが君がここに居た理由か」


 ドクドクと大袈裟のように流れ出る出血を見て、イトナは表情一つ変えずに言う。


 心操、そうか。あの感覚が……。

 これはなんの……、現実と勘違いさせる類いだろうか。

 でも、こっちの世界の方が長い時間生きているから効き目が薄いとか?

 いや、深く考えるのはやめだ。頭が更に痛くなる。

 ミスティアから心操を学んだプレイヤー。情報はそれだけで十分だ。


 男に歩み寄る。


「なんで! なんでだよ!? な、泣け! 叫べよ!! な、ななな何なんだよその顔はぁ!?」


 イトナの顔は何ら変わりない。変わらないからこそ、彼にとってはそれが恐怖なのだろう。


「悪いけど、僕にとってはこの状態が普通なんだよ」


 己の体から流れ出る真っ赤な液体を見れば、普通の人なら恐怖するだろう。

 だけど、イトナは普通ではない。

 チュートリアルが終わった世界では、これが普通の現象なのだから。


 体から血が流れる。

 そんな場面は何度もあり、これくらいなら騒ぐことでもない程に経験してきた。

 そしてこの痛み。

 痛みなど、とうの昔に慣れた。痛みに慣れなければこの世界ではやっていけないのだから。

 そもそも、ループプレイヤーは皆、ダメージを負えば現実相当の痛みが走る。

 元々痛みがあるイトナは、あの心操スキルで痛みが付与された事に気付くのは難しい事だった。

 でも、あの男の様子を見れば何となく察することはできる。


「あ、ああ悪魔! いや、魔王か! 何なんだぁお前は!?」


 イトナとの距離が無くなっていくたびに、男の顔色が青く変わっていく。


「殺すのか!? む、むむ無駄だぞ! 俺は何度だってお前に復讐をっ……!」


 ついにお互いに手を伸ばせば触れられる程の距離になる。

 イトナがそっと腕を上げるだけで、ひぃと悲鳴をあげて怯え震えた。

 それに微笑したくなるのを我慢して、イトナはインベントリからセイナから渡された薬を取り出す。


 妙に少量しか入っていないフラスコ。

 今回、切り札としてセイナから渡された特別な薬品だ。

 ミスティアに上手く使えればと思っていたが、人形だけで本体がいなかったため、これを使う機会はなかたが……。


「それにしても、魔王ね……」


 残り少ないフラスコを覗きながら、その単語に懐かしみを感じる。


「そ、そうだ! 神聖なる神に手をかけるなんて! お、おおお前が魔王じゃないとするなら何というんだ! 邪神か! 邪悪なる存在めっ!」

「僕は魔王でも、勇者でもあった時があったんだよ」

「あぁ? なにを言って……」

「純粋に剣を極めれば勇者のクラスに辿り着く。また、純粋に魔導を極めれば魔王のクラスになるんだ」

「はぁ!?」


 イトナ自身、会話が噛み合っていないことは分かっていた。

 けど、先の戦闘を垣間見てから、今の発言の意味を少し考えれば、なんとなく分かってくれる事はあるだろう。

 それはどう逆立ちしたって、彼がイトナに太刀打ちできないということぐらいは。


「お前は、一体……」

「君には恨みはないけど、悪いね。このゲームのことはもう忘れてほしい」


 イトナは足元にいた適当なカエルを拾い上げる。

 心操を扱えるプレイヤーは野放しにはしておけない。


 カエルとフラスコをそっと男の方に投げ、

 そして、フラスコを銃弾でぶち抜いた。


 ボンっと篭った爆発音と共に、煙が男とカエルを包み込む。

 イトナはその様子をジッと観察していた。

 やがて煙は散り、男とカエルの姿を視認する。

 男は目を大きく見開きながらキョロキョロし、カエルはジッとイトナを見上げていた。

 そして男は両足を蹴って、不恰好な動きで逃げていく。


「驚いた。本当に入れ替わった」


 逃げ行く男の体を目で追ってイトナは確信する。

 そして、その逃げる背に向かって、容赦無くスキルを畳み込む。

 避けも、防御もしないその体は簡単にHPを空にして、消滅した。


「これでこの世界で君の体は無くなった」


 カエルの身体となったプレイヤーをみる。

 返事は返って来ない。返せないのだ。カエルの体では話すことも、スキルを使うことも、このボスルームから出ることも、自力でログアウトすることだって出来ない。


「ゲームオーバーになって、改めてログインしたとしてもずっとその体のままになる。悪いけど、君はもうプレイヤーとしてこのゲームで遊べなくなったんだよ」


 カエルは前足で自分の顔をペタペタ触り、水溜りに映る自分の体を見ている。

 そして、銃口をカエルに向けた。


「もうログインしない事をオススメする。もしログインすれば、誰かに殺してもらうまでログアウトできないと思うから」


 それだけ言って、イトナは引き金を引いた。

 カエルは呆気なく散る。


 本当に呆気なかった。

 本来ならどう対処するか悩み続けるであろう案件だったのに。

 セイナは凄いのを作ったな。


 これで、彼がチュートリアル中にフィーニスアイランドにログインする事はないだろう。

 しかし、恐らくチュートリアルが終わればリセットされてしまう。それまでにアンインストールしてくれればいいのだけど……、これ以上イトナはどうこうする事はできない。

 その時はその時だ。その時になるとかするしかない。


 取り敢えず、ミスティアから蒔かれた厄介な種は取り除くことができ、胸をなでおろすことができた。



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「あと、3、人……」


 自分でも驚くほどやつれた声が出た。

 意識が点滅しはじめている。

 次はアクマ。アクマをなんとかしようと、振り返る。


「……ん?」


 だが、そこにはアクマの姿は見当たらなかった。

 逃げられたか。

 でもそうか。あんなの目の前で見せたら逃げるに決まっている。


 ああ、クソ。ダメだ。いつもよりも頭が回らない。

 仕方ない……仕方ないで済むのか?

 でもどうしようもない。アクマは保留だ。

 あと2人……。


 2人にはイトナはどう映っているのだろう。

 少し派手にやり過ぎた。もし怖がられて2人にも逃げられでもしたら……。


 見れば2人は最初と同じ場所にいた。同じ場所から動かず、こっちを見ている。

 とりあえず、片腕を上げてみた。

 街中で知り合いを見つけたような振る舞いだ。


 それに2人は顔を見合わせると、イトナに近づいてきて、程よい距離で止まった。

 それにホッとしつつ、イトナは動かないようにする。敵じゃないよアピールだ。

 それに、今は動くのも辛い。

 座り込みたいのを我慢して、表情も平常に保つ。


「お前、イトナだよな?」

「ああ。久しぶり。この前は助かったよ。ロルフ」


 黎明の剣のメンバーである彼ではあるが、面識は薄い。

 黎明とはいい関係を築いてきたが、ロルフ個人となれば別だ。

 顔を合わせたのがこの前のが初めてで、今回で二回目。

 なんとなくツンツンした性格だったのは薄っすらと覚えているが、どんな人かははっきり掴めていない。

 こっちから適当に説明してボロを出すより、話を合わせといた方が無難……いや、今日のところはうやむやにしてなんとか明日にできないだろうか。

 もう、限界に近い。


「おい、それ……」


 ロルフが肩から流れる血を気にしている。

 痛々しいそれは、ゲームではありえない現象だ。

 回復薬も全部使ってしまったし、隠しようがない。


 最後の最後であの男は面倒ごとを残してくれたな。

 避けられなかった自分が悪いんだけど。


「大丈夫、なんですか?」


 ロルフの後ろから報道部の女の子が控えめに顔を出して、心配してくれる。

 大丈夫だけど、これをなんと説明しようか。


「うん。まぁ……大丈夫だよ。スキルのエフェクトみたいなものさ」


 そう言って、肩を回してみせる。

 痛いけど。


「ちょっと、ねぇ」

「あ?」


 肩を回すイトナを報道部の女の子がやたらチラチラと見てくる。

 やっぱり変に思われたか。

 普通出ないからね。血。


「紹介してよ。知り合いなんでしょ?」

「あ? なんでだよ」

「なんでって! それは……あのイトナさんよ? 紹介して欲しいからに決まっているでしょ」

「紹介って……お前名前なんだっけ?」

「はぁ!? ノノアよ! 信じられない!」


 最初は控えめだったノノアだったが、結局は噛みつくようにロルフを睨みつける。

 ロルフは今日会ったばかりなんだから仕方ねぇだろ……と言いつつも、バツが悪るそうに目を逸らしていた。


 それらのやり取りを見て、少なくとも敵視はされていない事に確信を持てた。

 良い出だしだ。


「ま、まぁ。えっと、ラテリアの友達、でいいのかな?」

「あ、はい! 今日たまたまクエストを一緒しただけで友達……ではないですけど、ノノアと言います。助けていただいてありがとうございました」


 金のポニーテールを大きく揺らながら、ノノアは丁寧に頭を下げた。

 どうやらサダルメリク城で会ったことは覚えていないらしい。


 それにしても。

 助けて、か。ノノアの中ではそういう事になっているのか。

 事実はこちらが巻き込んでしまってごめんなさいなのだが。


 その辺もちゃんと話すかは考えないとだ。

 頭から抜けていたが、ラテリアは先にギルドホールに帰っている。セイナがどう説明したかで辻褄を合わせる必要もあるだろう。


「あのっ! イトナさんって、あのイトナさんですよね?」


 あのイトナさんとはどのイトナさんだろう。

 イトナさんは1人しかいないから、このイトナさんで間違いないないだろうけど。


「そうかな?」

「やっぱりそうですよね! さっきの戦いは凄かったです! 何が何だか分からなかったですけど、イトナさんって魔導師系のクラスだったんですね! それで色々とお話を聞きたいなと思っていまして!」


 興奮を隠しきれないノノアの顔はほんのり赤い。

 だが、今のコンディションはそれに付き合えるほど、元気ではないのだ。

 しかし、心操抜きでも報道部に色々と知られるのは嫌だな。

 またオルマや五十鈴に頼れるといいけど。

 しかし、それを説明するのも困難で……どうしたものか。


「一旦、ここを出ようか。色々と話さないといけないこともあるし、聞きたいこともあるだろうから」


 インベントリからアイテムを取り出して配る。

 《記憶の魔石》と言うそのアイテムは記憶させておいた座標に転移するアイテム。《帰還の魔石》より、ワンランク高価な代物だ。


「これは?」

「うちのギルドホールを記憶させてあるんだ」

「え、嘘!? ギルドホールって、パレンテの!?」

「うん。そうだよ」


 ノノアは目を輝かせている。

 そんな大層な場所ではないけどな。

 パレンテというだけで色々と付加価値が生まれるものなのだろうか。



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 《記憶の魔石》を使用し、慣れ親しんだ視界に移り変わる。遅れてロルフとノノアが転移してきた。


 パレンテホールにはラテリアの姿はなく、セイナだけが、奥の椅子の前に立っていた。


「ただいま」

「おかえり」


 簡単な挨拶を交わすも、セイナは警戒するようにイトナを見ていた。

 肩の負傷を見て眉の形を少し変えるも、警戒はといてくれない。

 手には《記憶の魔石》を握っている。あれは緊急用にサダルメリク城を記憶しているものだ。


 流石セイナ。

 イトナが心操されている事も考慮してくれている。

 少し複雑だけど、そこまで気を回してくれていることは、イトナとしては安心に繋がる。


 無事、問題なくことを終えたことを伝えたいが、それは後にしよう。

 横目でロルフとノノアを見る。セイナはそれを見て小さく頷いた。


「ここがあのパレンテの? 凄い! なんか隠れ家っぽい!」


 立地の悪い安いギルドホールなだけだけど、ノノアは都合よく捉え、興味津々で辺りを見渡しているところだった。


「その子は?」

「ラテリアの知り合い。リエゾン報道部のノノアっていうんだ」

「リエゾンの……また厄介な事を……」


 セイナは痛そうに額に手を当てる。

 それにはイトナも同意見だ。


「とりあえず、それを飲みなさい」


 セイナが指す、テーブルの上には3つの気つけ薬が置かれていた。

 ちょうど人数分。事前にラテリアから聞いていたのだろう。


「あなたは?」

「……NPCよ」


 愛想なくノノアに返す。普通、NPCはプレイヤーに愛想よく返事するんだけどね。セイナはどんな時でもブレない。


「これは?」

「心操を解く……可能性がある薬よ」


 しれっとそんな事を言う。

 って、あれ。セイナさん? それを話しちゃうの?


「シンソウ? なんの話?」


 当然の如く、ロルフとノノアは話についていけてない。

 セイナからは「まさか何も話してないの?」と言った目を送られる。

 色々と自分なりに考えた上での判断だったんだけどな。

 スキルの副作用で頭が回らないのもある。そこら辺の言い訳はあとでしておくことにして、後はセイナに任せるとしよう。



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 それからセイナは殆ど真実を語った。

 ループとか、チュートリアルの事は省いて、

 ミスティアがブラックアイランドのプレイヤーである事。

 心操と言う規格外なスキルが存在する事。

 ミスティアとイトナは訳ありな関係である事。

 それらを上手く説明してくれた。


 それを聞いてぽかーんとしている2人に「信じるかは任せるわ」と締めくくった。

 少し動揺した素ぶりで2人顔を合わせると、同時にイトナの方を向く。

 それには真面目な顔を作って頷いておいた。

 それで信じてくれるならいいけど。

 普通は信じないよね。


「でも、そんなの……本当だとしたら」

「そう。かなりの脅威よ」


 セイナの真面目な顔に押されてノノアは唾をゴクリと飲む。


「ラテリアから聞いたけど、あなた、今日ラテリアと知り合ったみたいじゃない。なんでラテリアと同じ時間に、同じクエストを選んで、たまたま隠しダンジョンを見つけたのかしらね」


 ノノアの顔がみるみる青くなる。思いた当たる節が少しでもあったのだろうか。

 しかし、セイナの言ったことは〝偶然〟〝たまたま〟で片付けられる代物。人との出会いは大抵はそれだ。

 それでも、ノノアがセイナの話を信じたのは、セイナのトーク術にあるのだろう。心操の話をしてから、過去を振り返らせれば、確かにあの時……と思ってしまうことは少なからずあるだろう。まるでインチキ占い師みたいだな。


 もっとも、ラテリアとノノアは心操の影響を受けていた可能性は高いだろう。

 ミスティアはイトナを待ち構えていた。

 繋がりを持っていたラテリアを餌にしたのは明白だ。

 しかし、ラテリア1人だとあのダンジョンは難しい。そこでノノアも巻き添えになったのだろう。ロルフもノノアと同じかもしれない。


「こ、この薬飲めばいいのね?」


 セイナの話を信じてくれたらしく、疑いもなく回復薬を手に取って、一気に飲み干した。


「にがぁ!?」


 涙目でノノアが叫ぶ。

 そう。セイナの作る薬は全て不味いのだ。

 普通の回復薬はジュースのような味なだけに、初見は不意を突かれ大ダメージを受ける。

 それでも全部飲んだのは偉い。

 昔、小梅が飲んだ時は、おえーと吐き出し、もう飲まないと言い出したぐらいだ。

 ニアやテトの高学年だって好んで飲まない。

 それくらい不味い。

 効き目はどこにも負けないんだけどね。


「はい!」


 空になったフラスコを置き、残りの気つけ薬を掴むと、ノノアは青い顔でそれをロルフに突き出した。


「お、俺はいい。多分大丈夫……」

「何言ってるの? 大丈夫かどうか分からないから飲まないといけないの!」


 青くなったノノアを見てロルフは完全にビビっていた。

 お薬でビビるなんてやっぱり子供だなと、心の中で微笑みながら、イトナも飲んでおく。

 うん。不味い。


 その後、なかなか飲まないロルフをノノアが散々煽ってなんとか飲ませた。


 これで一先ず。

 一先ず、落ち着いたと言えるだろう。

 直近の問題としてはアクマだが、ログアウトされてしまえば、こちらからは何もできない。

 だから今日やれることはやりきった。落ち着いたとして良いだろう。


 2人にはまだ話をしておきたいことがあると言って、パレンテホール内でログアウトしてもらった。

 今後のことは明日考えよう。

 今日は閉店。

 トゥルーデに続いてミスティアは、流石にしんどかった。



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「とりあえずは、なんとかなったよ」


 2人がログアウトしたのを確認したあと、イトナは糸が切れたかのようにどすっと椅子に腰掛けると、セイナにそう伝えた。

 簡単な事後報告である。


「ラテリアからなんとなく聞いてる。人形だけ、だったみたいね」

「ああ」


 それを聞いて、ラテリアに改めて感謝する。

 あの時、言った通りにすぐに帰ってくれたことにだ。

 もしもの事がある。もしもの時、セイナがこの情報を知っているいないでは、大きく変わってくるから。


「それで、細かい事なんだけど……」

「それは明日でいい」


 そうセイナがぴしゃりと言った。


「酷い顔。どれだけの時間未来視悪魔ラプラスノ魔眼を使ったのかは明日詳しく聞かせてもらうけど、今日はもう寝た方がいい」

「……助かるよ」


 本当に助かる。

 しかし、顔に出てたか。どうやらこの体は相当参っているらしい。


「急ぎでなんかある?」

「……念のためクリスとアレクに連絡を。そう何回も海は渡れないと思うけど、警戒の強化。それと見つけても手を出さないように。……今のあれは僕より強い」

「……わかった」


 セイナはなにか言いたげなのを飲み込んで頷いてくれる。

 残念ながら、嘘ではない。

 今のミスティアは、確実にイトナより上だ。

 人形一体であのざま。

 あのざまと言えよう。

 悟られないように圧勝を装ったが、会って早々に《相棒の呼び声》で本体が来ていれば、イトナは今ここにはいなかったかもしれない。

 ミスティアの臆病な性格に助けられたのだ。


「眠れる?」

「どうかな、でも目を瞑ってるだけでもだいぶ違うよ」


 未来視悪魔ラプラスノ魔眼の副作用で、眼の奥の激痛が酷い。

 こうなってしまうと当分は睡眠をとるのも難しくなってくる。


「睡眠薬作ってあげる」

「助かるよ」

「あと上は脱いでおいて。寝てる時にその傷に薬塗っといてあげるから。今、回復薬きらしてるのよ」


 それからセイナの部屋から繋がる隠し階段を登り、ベッドに倒れこんだ。

 すぐに持って来てくれた睡眠薬の効果はよく効き、一瞬で深い眠りに落としてくれた。


 その時の睡眠薬は苦くも辛くもなく、果実のような甘い味がした。


 


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 レッドアイランド。最果てのダンジョンにて。


 深い傷をつけた猫の耳をつけた赤毛の少年は、ダンジョンの門番であるドラゴンの頭の上に鎮座していた。

 ドラゴンは鎖で縛り上げらた上に、数多の札が貼られ石化し、全くの身動きが取れない状態になっている。

 最果てのダンジョンの門番はもはや、赤毛の少年の強さを引き立てるためだけのオブジェクトと化していた。


 威風堂々たるその存在はギロリと、でも愉快そうに周りを見渡す。

 口元に見せる牙は笑っているかのようにも見えた。


 その周囲にはレッドアイランド屈指のプレイヤー達が武器を構え、対峙していた。


「にゃは。懲りない奴らにゃ。何度やっても変わらにゃい。そんな事も分からないにゃ?」

「今日は交渉に来た」


 多くのプレイヤーから1人前に出て来る。

 真紅のフルプレートアーマーで纏い、その素顔は見えない。

 アーマの隙間から垂れる2つの美しい三つ編みと、ハキハキとしながらも凛とした声を聞けば、中身は女性だとはわかった。


「まーたお前にゃ。にゃんだー?」

「一時的でもいい。うちのギルドに入って欲しい」

「にゃんで?」

「もうすぐグランド・フェスティバル、その予選が始まる。我々の出場は確信しているが、その後。レッドアイランドの代表として最高のメンバーで挑みたい。貴方の力を一時的にも借りることは出来ないだろうか」


 それを聞いて赤毛の少年は詰まらなそうに鼻で笑った。


「お断りにゃ。おみゃーらのギルドの中で必死こいて選抜6人に入れたプレイヤーの事を考えてみるにゃ。それを蹴落として身知らずのにゃーが入るのはおかしな話にゃ」

「メンバー全員が貴方の実力を認めている。それでパーティから外れても文句はない」


 赤毛の少年は立ち上がる。

 極度な猫背にも関わらず、想像以上に高身長の少年の影が、フルプレートのプレイヤーまで伸びた。


「分かれよにゃー。さっきのは建前にゃ。みゃーはただ面倒臭いにゃ。

 それに、みゃーの実力を認めてる? 笑わせるにゃ。

 みゃーはおみゃーらを認めてにゃい。それに、どうせみゃーを使ってイトナをどうにかしたいだけだろ。

 知ってるにゃ。おみゃー四年前に手も足も出にゃかったからな。仲間に頼るのはいいけど、他人に頼むにゃんて雑魚のやることにゃ」

「だから仲間になれと言っている」


 フルプレートのプレイヤーが、剣を抜く。

 それを見た赤毛のプレイヤーは満足そうに頷いた。


「前に言ったこと、今でも有効だな?」

「みゃーは嘘はつかにゃいにゃ。どんな手を使ってもいい。みゃーを倒せればこの先に進んでもいいし、おみゃーらの力にもなってやるにゃ」

「では、レッドアイランド代表となるだろう、三ギルドで相手させてもらう!」


 フルプレートのプレイヤーの声は自信に満ちていた。

 レッドアイランドの頂点を目指すトップの三ギルド。それが連合を組んだのだ。

 それに、そのうちの一つのギルドはPKを得意としたギルド。

 たった1人のプレイヤーにこれだけの事をしたのだ。

 負けるはずがない。誰もがそう思った。


「まるでレイドボスになった気分にゃ」


 それでも、表情は余裕に満ちている。

 それどころか、面白くなって来たと、赤毛のプレイヤーは思っていた。


 赤毛のプレイヤーも武器を抜く。

 二つの日本刀のような細い剣。それを高く掲げた。


「みゃーの名はアレクル・サンダー! 荒れ狂う雷の如き我が剣技に勝てたのなら、親しみを込めてアレクと呼ぶ事を許すにゃ! いざ尋常に……あっと、ちょいタンマにゃ。念話にゃ」


 せっかくの緊張感を台無しにし、アレクはよっこらせと座り込んで念話に集中する。

 それを律儀に待つ挑戦者達を見て、まだまだ甘いにゃーと心中で呟く。


 念話の相手は懐かしの戦友であり、師匠にあたるプレイヤーからだった。

 いくら盛り上がっていたからと言って、これを無視することはできない。

 懐かしい声に、アレクの頬が緩むも、念話を続けるにつれて、それが引きつったものに変わっていった。


 そして、念話が終わると、アレクは改めて立ち上がる。


「悪いにゃ。急用にゃ」

「なっ!?」


 アレクはドラゴンから飛び降りと。刀をぐるんと回す。


「仕方にゃい。みゃーの代わりにこいつが相手するにゃ。これに勝てたら仲間ににゃってやる」


 アレクの後ろがゆらりと動く。

 石化していたドラゴンの封印が解かれ、殺意の目をプレイヤー達に向け、咆哮する。


「ぐおおおおおぉぉぉ!」


 ビリビリとした空気が、ダンジョンの入り口を包み込む。


「運が良かったにゃー。今回は特別にイージーモードにゃ」


 そしてアレクは音もなく姿を消す。

 残されたプレイヤーはドラゴンに釘付けだった。


 「クソが!」


 レッドアイランド最果てのダンジョンの門番。

 そのドラゴンのレベルは190である。




 三ギルドがドラゴンのHPを半分まで削って全滅した事を知ったのは、それから一週間後のことだった。


 アレクは再びドラゴンを封印し、いつもの位置に座る。

 一週間。

 レッドアイランドの隅々まで見て回って、変化がない事を確信してここに戻って来た。


「来いよミスティア。来たらこの俺がぶっ殺してやる」


 久しぶりにミスティアの名前を聞いてから一週間も経つというのに、未だ怒りが冷めない。

 アレクは自分のキャラも忘れてそう呟いた。




÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷



 ブルーアイランド。始まりの都市からそう離れていない広場にて。


 長く透き通った青髪を揺らし、両先端に宝石が付いた自作の杖をバトンのようにグルンと回すプレイヤーがいた。


「ですの!」


 詠唱もなく、杖の両先端が輝き、スキルが行使される。

 そのスキルの輝きは空高く昇り、気温がガクンと下がった。

 そして、白く柔らかいものがしんしんと降り注がれる。


「すごいすごい! 雪よ! 夏なのに! 雪!」


 雪を降らした魔導師の周りにははしゃぐ幼い子供達がいた。

 純粋な瞳には天から降る雪が映り、両手を掲げ、無邪気に喜ぶ声が広がる。

 それを眺める魔導師の鼻からは赤い筋が流れ落ちた。


「やっぱりロリショタの喜ぶ姿は最高ですの」


 子供達にバレないよう。素早く鼻血を拭き取ると、次のスキルを使用する。

 またもや詠唱無しで杖を輝かせ、次に作ったのは巨大な雪だるまだった。


「すげー! でけー! クリ姉! クリ姉! 次ドラゴン! ドラゴン作って!」

「ちょっと! 次は滑り台よ! 最初から滑り台作って貰おうって言ってたじゃない!」


 いけない。子供達が私を取り合って可愛い喧嘩を始めてしまった。

 クリ姉こと、クリスタルはそんな可愛らしい喧嘩をずっと見ていたい気持ちを抑え、膝を折って2人の喧嘩を止める。


「ではドラゴンの滑り台を作りますの」

「そんなことできるの!?」

「当然ですの。ドラゴン滑り台ですの」


 全員の要望に応えてあげる。それが皆んなに……尊いロリショタへ笑顔を届けるクリスタルさんのモットーである。


「いきますの。一瞬で出来上がるから瞬き禁止ですの……っあら、ちょっとごめんなさい。念話ですの」


 もうすぐで子供達の最高の笑顔を見れたのにと、少し口を尖らせながらも、相手の名前を見てそれを引っ込める。


「かれし? クリ姉のかれしから?」

「かれしってなに?」

「しらないの? かれしは好きな人っていみなんだよ」

「え!? じゃあかれしってクリ姉の好きな人!?」


 念話の最中、子供達は勝手な事を言って騒ぎ出す。

 中にはクリ姉と結婚するのは僕だよ! と、普段のクリスタルなら鼻血を撒き散らしてぶっ倒れるようなショタによるプロポーズ発言も混ざっていたが、この時だけは違った。


 普段笑顔を絶やさないクリスタルの顔が曇る。


「ねーまだー?」

「ドラゴン滑り台はー?」

「今終わりましたの」


 少しの間でも構って貰えなくて、飽き始めてしまった子供達をそっと撫でてあげる。


「かれし? かれしからだった?」

「いいえ。残念ながら私には彼氏はいませんの。念話は親友からですの」

「しんゆー?」

「んー友達よりもずっと仲良しな特別な友達の事を親友って言いますの」

「それって、男の子?」

「女の子ですの」


 それを聞いて男の子たちはホッとした顔をする。

 そんなのを見てしまえばニマニマが止まらなくなる。


「クリ姉のしんゆーってクリ姉と同じくらい強いの?」

「私よりもずっとずっと強い人ですの。自慢の親友ですの」


 子供達はすげーと騒ぐ。

 純粋に反応してくれる子供達はやっぱり素晴らしい。

 中には生意気にも強がって俺の方が強いもんねと言っている男の子もいるけど、それはそれで可愛い。

 やっぱりロリとショタは最高だとクリスタルは改めて確信する。


「ちょっと急用ができましたの。今日はもう遅いですそ、おしまいですの」

「えー!」

「ドラゴン滑り台はー?」


 ショタロリっ子達からか不満の声が上がる。

 クリスタルとしては可能な限りこの子達には笑顔でいて欲しいのだけど、無視できない仕事ができてしまったのだ。


「ごめんなさいですの。次はブルーアイランドを一周できるの超巨大ドラゴン滑り台を作るので許して欲しいの」

「ブルーアイランド一周!?」

「ほんと? 約束だよ!?」

「クリスタルさんは嘘をつきませんの。ゆびきりげんまんしますの」


 ロリっ子の可愛い小指と絡ませ、約束ね儀式を交わす。

 今日はもう手を洗うことはないだろう。


「また今度ですのー!」


 そして愛しのショタロリと別れを告げる。

 可愛い腕を一生懸命降ってくれるのを少しだけ眺め、背を向けた。

 その瞬間、クリスタルの顔つきが変わる。


「ミスティアがイトナより強い? そんことあり得ませんの。でも……セイナが言うなら……」


 青の魔導師は溶けるようにその場から姿を消した。


挿絵(By みてみん)


四章はこれで終わりになります。

次回の章については今回も活動報告を書きましたので、そちらを確認していただければと思います。


また、気が向いたらで良いのですが、感想……とか、貰えちゃったりすると、嬉しいなって(チラ、チラ

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