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単刀直入に、身を乗り出すような声で念話を飛ばした。
この言葉をイトナに届けるためにどれだけの苦労をしただろうか。
もちろん、こんなに短い言葉ではなにも伝わらない。それでも、その短い言葉にこそミスティアの考えと想いが全て詰まっていた。
対して、イトナは微動だにしない。
表情一つ変えずに、ミスティアをまっすぐ見ている。
その目からはなにを思っているのか読み取れない。
ミスティアはそれを「話の続きがあるんだろ?」の意味として汲み取った。
『私はこの世界でこのゲームを終わらせるプランを持ってきました』
『プラン?』
『そうです。もちろん、絶対とは言い切れません。もし簡単に絶対と言い切れる案があるのならとっくにこのゲームは終わっているでしょうから。でも、一先ずは私たちが見た6つのダンジョンへ続く扉。その挑戦に備えて6パーティ36人のプレイヤーを生き延びさせる可能性を大幅にあげる手段です』
イトナの顎が微かに上がる。
上手くイトナの興味を引けたと思う。
このゲームを終わらせるプランとは少し大袈裟で、6つのダンジョンの先になにが待っているかはあまり考えてはいない。でも、未知に予想を立てても仕方が無い事だ。
ただ、多くの戦力を維持することは間違いなく間違ってなく、イトナの考えも同じはずだ。
ループプレイヤーは今までもそうしてきただろうけれど、今回からはより一層、この世界のプレイヤーの教育に力を入れているはずだ。
多くの戦力維持。その課題を達成させるにはイトナたちの選択肢はそれしかない。
たったその1つしかないのだ。
ループプレイヤーたちは十分に強い。でも、己だけが強くなっても、たった5人が強くなっても、ゲームクリアにはたどり着けないことを知った。
次なる課題は強い仲間。それもループしてないプレイヤーで、31人もだ。
しかし、プレイヤーを上手く教育すればそれが達成するのだろうか。
いや、難しい。
ミスティアはそう考えている。
もちろん不可能ではないだろう。でも、やっぱり難しい。それは誰もが絶対に強くなれるものではないからだ。
どんな事でも才能というものがある。どんなに努力を積んだところで、到達できない高みというものがある。
そんな才能の持ち主が多くいる世界、世代に巡り会えない限り、クリアはあり得ないとミスティアは考える。
それ程、フィーニスアイランドというゲームは理不尽な程なギリギリの理難易度設定がされてあるのだ。
つまりイトナの愚直なやり方では、結局は運でしか無い。運良く多くの才能のあるプレイヤーに出会うまで、世界をいくつも滅ぼすだけだ。
そんなものに、付き合ってられないし、それはミスティア以外の人だってそうだろう。
だから、ミスティアもっと可能性の高くなる方法を考えた。
『私はこのチュートリアルでとある実験を行いました。素直に言えば人に対しての心操の実験です』
それにはイトナが微かに眉をひそめる。
前の世界で散々人に使うなと言っていたイトナ。彼にとっては心操を人に使うのは禁忌なのだろう。
そんな過去があって、ミスティア自身、自分の心操でどれほどのことが出来るか、完全には把握ができていなかった。
だからこの実験は必要だった。
今のミスティアの心操ではなにが出来て、なにが出来ないか。これからの成長で、どれだけのことが出来そうなのか。それを丁寧に検証した。
その実験の内容にはイトナが許せないものも混ざっているだろう。
『長々とどのような実験を行ったかの説明は省きましょう。結果はこれです』
ミスティアの隣に位置する空間が歪む。
イトナが少しばかりの警戒を見せる。
それを横目に、ゆっくりと一つの人形を歪んだ空間から取り出した。
『それは……』
『はい。イトナも見覚えがあるプレイヤーの人形です』
5つの狐尾のついた人形。
これを使ってイトナにアクションを取ってきたのだから、知らないはずがない。
これを使って魔法剣士を殺そうともしたのだから。
全てを理解したかのようにイトナは目を細める。
『これは人形を媒体に遠くのプレイヤーに心操を行うスキルです』
重要な部分を省いて簡単に説明する。
それにイトナは然程驚きを見せなかった。だいたい予想でもついていたのだろうか。でも、このスキルの効果が本題ではない。この人形にしたプレイヤーこそがミスティアの成果物である。
『かつて、彼女はこのゲームでとても弱い存在でした。ゲームなんて触ったこともなく、右も左も分からないプレイヤー……ですが、どうでしょう。今はホワイトアイランドで上位5人に入る実力者です。もっと言えばイトナを除けばトップの4人……』
『……なにをした』
『長い時間を掛けて彼女の人格を変えました』
なんの悪びれもなく、息を吸うような自然な口調でミスティアは言った。
『人格?』
『そうです。チュートリアルである今のフィーニスアイランドは彼ら彼女らにとって、所詮はゲームです。気晴らしに、娯楽に、この世界に入り、遊んでいる。ゲームを本気でやろうなんて思う人なんて一握りでしょう。そんな多数いるプレイヤーの1人である彼女の人格を弄って、現実よりも、なによりも、このゲームで強くなりたいと想いを強くしました。そして時折彼女にヒラメキという形でアドバイスを与えセンスの部分をカバー……。古参がペンタグラムを独占している中、彼女は半分の四年でペンタグラムの位置にいます』
イトナの表情に変わりはない。けど、その瞳の奥には怒りが揺らめいているのをミスティアは感じ取る。
しかし、ここで誤魔化してもしょうがない。ありのままの事を伝えた上でイトナを仲間に引き込みたい。
『そんなこと……許されると思っているのか?』
『少なくとも、システムは許しています。ループプレイヤーだけでクリア不可能であるなら、これも手段の一つだと私は考えます』
『人格を変えるって、変えられた人の事を考えた事あるのか?』
『ありますよ。それでも死ぬよりかはマシだと私は思いますけどね』
短い会話ではあるが、平行線で交わる気配がない。ほんの少しの希望を持ってはいたが、残念だ。
『私はこれを同時に複数人に使えます。全員に細々とアドバイスを与えるのは難しいけれど、貪欲に強さを求めるようにしておくだけで、上位のプレイヤーになる事は実験済みです』
諦めの入った口調で説明しきる。
これで全てだ。
ミスティアの案はとても有用で、今直面している課題に最適だと自負している。
それを受け入れてもらえないなら、あとは妥協していくだけだ。
『どうやら手を組むというのは難しそうですね』
『当たり前だ。そんなこと、許せるはずがないだろ』
『そうですかね。10以上の世界を滅ぼしてきた貴方より、1つの世界を少し傷つけてゲームをクリア、以降不幸になる世界がなくなる事を考えれば、私の考えの方が正しいと思うのだけれど』
ミスティアは冷ややかに言う。
イトナの言っている事は所詮は綺麗事だ。このゲームはそんな生易しい考えでクリア出来るものではない。犠牲を払ってでも最善を尽くさなければ、クリアは叶わない。
でも、そんなイトナたちがループプレイヤーだったからこそ、信用があり、仲間割れが無かったのだろう。
結果として、あり得ないほど強いプレイヤーが誕生した。でも、多くの世界を滅ぼし、数人強くなっただけではクリア出来ない。それもまた結果だ。
結果を見れば、イトナの方針は間違っている。
それは明白なのに、イトナの道徳心がそれを許さないのだろう。
ミスティアは小さく溜息をつく。
『わかりました。では、妥協しましょう。イトナ……ルミナスパーティが私に関わらない事を要求します。こちらもそちらに……他のプレイヤーにも関わらない事を約束しましょう』
これがミスティアの最初の妥協点である。
協力出来ない。なら邪魔をしないでほしい。
この計画はルミナスパーティの力が必須なわけではない。ミスティア1人で可能で、むしろルミナスパーティは不要と言ってもいい。
しかし、ルミナスパーティというループプレイヤーの集いは脅威である。邪魔をされればひとたまりもない。
協力がダメ。なら目を瞑っていて欲しい。
その要求にイトナは考える素ぶりも見せずに、即答に近い速さで念話を返してくる。
『ダメだ』
まるでミスティアが言う事を全て否定する態度に、少しカチンとくる。
断られる事は想定していた。それでも何年もかけて持ってきた提案に考えなしに否定されれば、湧き上がってくる感情がある。
それでも登ってくる感情をグッと抑え飲み込む。息をゆっくり吐き、気持ちを落ち着かせる。
まだ、もう一つの妥協点があるからだ。
正直、これ以上妥協なんてしたくは無かったが、命には変えられない。
『……わかりました。では次の妥協です。私は自分の命に関わる事態にならない限り、今後人に心操は使いません。先程の案も無しです。攻略にも安全を前提に協力しましょう。なので、私にーーーー』
『悪いけど、ダメだ』
冷たくイトナの念話が響く。
ミスティアの念話を遮ってイトナが却下した。
全てイトナの都合のいい条件を出したのに関わらず、最初からそう決めていたかのように。
それに微かな時間呆気に取られた後、顔を強張らせる。
『なんで!?』
これには流石に声を荒げるなと言う方が難しい。
イトナの答えはミスティアを抹殺する事を意味する。
確かにミスティアはルミナスパーティに怒りを買う事をしただろう。特に魔法剣士はミスティアの事を許さない。それだけのことをした。でも、それは悪意でもなんでもない。自分が生き残るためだ。
イトナが1人で決めかねると言うなら、それなりに理解は出来た。その場合、次の機会が無いミスティアはイトナのキルを考えていたけども、それ以前の問題だ。
イトナ自身、ミスティアを殺そうと固く決意している。
『君は許されないことをした。それに……手を出してはいけないスキルに手を出した。このまま生かしては置けない』
怒りが込み上げてくる。
ブラックアイランドにいるミスティアの体が怒りによって震え、髪が逆立つ。それにリンクしてか、人形も同じ現象を見せた。
『許されない事をした……? それはそっちだろ!?』
8年前、6つのラストダンジョンの扉の前での出来事を思い出す。
今でも鮮明に脳内で再生できる、絶望と希望が入り乱れたあの出来事を。
『あの時! 素直に従ったら誰が死んだ! そんなの、少しも考えなくてもわかるわよね!? 私が何も知らないからって、自分たちだけループする選択をしたのはお前たちでしょ!? 』
頭を掻き毟りたくなるような激しい負の感情が溢れ出す。今まで抑え込んでいたものが外れ、口から溢れ出した。
『許されない事をした? いつ私が間違った事をしたの? 死に抗うことは間違った行動なの?
小学校の道徳の授業でやらなかった?
あなたは今日、何かを食べないと餓死してしまいます。しかし、あなたはお金を持っていなく、食べ物を手に入れるには食べ物を盗むしかありません。あなたはどうしますか? これに自分の勝手な都合で第三の答えを用意するバカもいるけど、選択肢は二つ。盗んで、犯罪を犯してでも生き長らえるか、何もせず餓死するか。
そんなの、犯罪を犯してでも生き長らえるに決まってるじゃない。何もせずに餓死するなんて口だけか、本当のバカだけ。
私は生き物として当然の選択をしたのよ。その犯罪が人殺しだったとしても! 肉食動物が生きていくために他の生命を食い殺すように、この世界では何もおかしくない行動よ!
私が悪い? ふざけないで! クリアできないくせに時間だけ有利をとって、生き残れる5人を独占。本当なら私の世界の人に譲るべきじゃないの!? あなたたちは何年生きた! 私はまだ子供の年齢しか生きてないのよ!』
口には出してない念話の筈なのに、叫び散らしたかのようにミスティアの肩が上下する。涙が流れる。これだけ吐き出してもまだ怒りは収まらない。
その念話をイトナは静かに聞いていた。
『……ごめん。それでも、僕らにも譲れないものがあるんだ。僕らはいくつもの世界の犠牲の上に立っている。簡単に、皆で積み上げてきたものを崩すわけにはいかないんだ』
『そんなの私には関係ない!』
結局はそっちの都合だ。
皆で積み上げてきた? 冗談じゃない。全てそっちの都合で死人を積み上げられただけじゃないか!
もちろんミスティアも自分の案を考えれば、自分都合でしかない。それは重々承知のつもりだ。
でも、それを蹴った理由は、理不尽なまでにループプレイヤーの都合でしかない。
『そう! わかった。それなら私が抵抗してもなにも文句ないわよね』
ミスティアの怒りが頂点に達する。
結局、強者が生き残れるのだ。
ミスティアが生き残るには、ルミナスパーティを滅ぼさなければならない。
なら、それはメンバーが揃ってない今が絶好のチャンスだ。
特にイトナをチュートリアルで消せるのは大きい。
ミスティアは意を決して、吹き出すような殺意をイトナに向ける。
ダンジョンの空気が変わる。
ブギーがガタガタと体を震わせる。
アクマが、ローブを深く被り、視界からミスティアを遮る。
他の2人も何かを感じ取ったかのように目を丸くして壁際に飛び退いた。
「死んじゃえ!」
覚悟したミスティアの目に力が入り、
そして、ミスティアを囲うように立体魔法陣が展開される。
それは目視できるかできないかの一瞬。
カッと目が焼けるほどの強い紅い光が、ダンジョンを包み込んで、ガシャーンとガラスを割ったような音が響き、そしてーーーー
それがミスティアとイトナの開戦の合図となった。




