第202話:雇用2
ログイン195回目。
「今日はありがとうございます」
待ち合わせ場所でカミーユさんに礼を言う。今日はオリヴァーさんと彼が手配した大工さんとで屋敷に行くことになっていた。それに同行できないか声をかけてみたところ、幸い今日は休みにしていたようで、急な話だったのに快く引き受けてくれた。
「いえ、ちょうどよかったです。明後日からはしばらく予定が詰まっていたので」
「せっかくの休みなのにすみません。今日のことは日当を出しますから」
現地確認はカミーユさんから提案されたものではあるけど、こちらとしても必要なことなので、正式な依頼として処理させてもらう。
「いえ、それは申し訳なく……」
「気にしなくていいですよ。現地で意見を言ってもらうのは仕事ですから」
「そうですか。では、ありがたく。ですが、1つお願いがあります」
「何でしょう?」
「そろそろ私への敬語はやめていただけないでしょうか。契約はまだとはいえ、私はフィスト様に雇われる身です」
そんなことを言うカミーユさん。あー、上下関係か。俺の方が上の立場になるんだもんな。違和感はあるけど仕方ない。
「分かった。それじゃ行こうか」
カミーユさ……カミーユを伴って歩き始める。まずはオリヴァーさん達と合流だ。
「いらっしゃいませ、フィスト様!」
『ホフマン不動産』に着くと、オリヴァーさんが元気よく出迎えてくれた。会うたびに顔色が良くなり、こけた頬が回復している。いいことだ。
「今日はよろしくお願いします」
「いえ、こちらこそ。ところで、そちらのかたは?」
オリヴァーさんがカミーユを見る。姿勢を正し、カミーユが一礼した。
「カミーユと申します。このたび、フィスト様に雇われて、屋敷で働くことになりました。よろしくお願いいたします」
「初めまして。『ホフマン不動産』のオリヴァーと申します」
挨拶を交わして、オリヴァーさんが俺へと向き直った。
「この方が使用人の代表ということですか?」
「ええ、そのつもりでいます」
雇用第一号だからというわけではなく、彼の経歴を考えても、自然とそうなると思う。今後雇うであろう使用人達の統括だ。執事的な立ち位置になるだろうか。羊の獣人らしいので、羊の執事げふん。
「なるほど、そちらからの視点も踏まえて今後の方針を決めようというわけですね」
「屋敷の滞在時間は、私より彼らのほうが長くなりますから」
俺がログアウトしてる間も、カミーユ達は屋敷で過ごすのだ。快適な職場環境を提供しなくては。それはそのまま、俺が快適に過ごせる環境にもなる。
「おう、待たせたな!」
その時、店に1人の男が入ってきた。スキンヘッドの大男だ。半袖の服からのぞく腕は太く、これぞ肉体労働者といった体躯。腰の革ベルトにはいくつかの大工道具が納められている。この人が同行する大工さんか。
「お、初めましてだな、フィストさんよ! 俺はラファエルだ。今日はよろしくな!」
大男あらためラファエルさんは、俺の前に立つと手を差し出してきた。握り返すと結構な圧がくる。反射的に同じくらいの力を入れると、ラファエルさんの目が動き、髭に囲まれた口が弧を描いた。
「おっとすまねぇ。つい力が入っちまった。でもさすがだなぁ。魔族を一蹴する実力者だって噂だけは聞いてたが、びくともしねぇや!」
ラファエルさんが上機嫌に笑いながら手を離した。いや、なかなかの握力でしたよ。
「まさかあんたがあそこを買い取った上に、呪いを解いてくれたとはなぁ。運が向いてきたんじゃねぇか、オリ坊?」
言われてオリヴァーさんが苦笑する。ラファエルさんの口調から察するに、この人、あそこのことをよく知ってるようだ。
「ラファエルさんとは祖父の代からうちと付き合いがありまして。あそこの確認にずっと同行してくれていたんです」
「『ホフマン不動産』の管理物件の修理や、建築を請け負っててな。あの件があってからここは下り坂になっちまってよ。無理ならそろそろ店をたたんでうちに来てもらおうかとも考えてたんだが、見事に持ち直したわけだ。色んな意味であんたには感謝してるぜ」
我がことのようにラファエルさんが喜んでいる。てことは、オリヴァーさんのお父上が亡くなったあの時もあそこにいたのか。そして、家族ぐるみのいい付き合いが、それ以降も続いてたんだろう。
「いやいや、販売物件は1件もなくなりましたし、賃貸物件もわずかですから……」
「だから、これから盛り返すんだろうがよ。シャキッとしろい」
遠慮のない平手で背中を打たれ、オリヴァーさんの咳き込む音が店内に響いた。
全員で孤児院跡へとやって来た。既に何度か足を運んでるので、道中は割と歩きやすかった。資材の搬入のことを考えるなら、もう少し道を整備しておいたほうがいいと思うけど。
「んー、オリ坊から簡単に聞いちゃいたが、あんまり変わってねぇな」
崩れた城壁越しに敷地内を見てラファエルさんが顎髭を撫でる。
「で、どう着手すればいい?」
「まずは門扉と城壁の修繕を。それが終わったら建物を、ですかね」
敷地の安全を確保するため、まずは外周を整える。クインの見廻りもあるし、そうそう危険な獣が近づいてくるとも思えないけど、備えは必要だ。何より大工さん達に安心して作業してもらうためにも。
「じゃ、壁を確認していくか。手前の堀はどうする? 埋めるか?」
「そこはこっちで復旧します」
長い年月で落ち葉に覆われている堀を見る。多分、土なんかも結構入り込んでるだろう。堀として復活させれば安全性は更に上がる。これくらいは大工さん達に頼らなくてもできるだろう。
ラファエルさんが歩きだした。崩れた箇所をチェックし、何が必要になるのかをメモしながら進んでいく。
「フィスト様。どうしてこの物件を購入したのですか?」
隣を歩くカミーユが聞いてくる。
「どうして、とは?」
「フィスト様とクイン様が住むだけであるならば、ここまでの規模は必要ありませんから」
「まあ、城壁があるから防備面もバッチリだし、敷地内で畑をすれば害獣も寄せつけないし。周囲の環境もいいからお得だな、と思った」
「……その結果、多くの人を雇う必要が生じた、と」
呆れたような、それでいてちょっと複雑そうな顔のカミーユ。まあ、言いたいことは分からなくもないけど。規模が小さけりゃ雇う人も少なくて済むし、この広さはしばらくは持て余すことになるだろうから。でも後悔はしていない。
「お?」
ラファエルさんが顔を空へと向けた。それに倣うと、頬に冷たいものが当たる。しかもそれは数を増やしていった。
「おいおい、こりゃ激しいな!」
ラファエルさんの大声が聞こえにくくなる程の大雨になっていた。土砂降りとはまさにこのことか。雹やみぞれじゃないのに、身体に当たる雨が痛い。
「一旦屋敷に退避だ!」
フードを被りながら提案する。オリヴァーさん達は雨の備えをしていない。これだけ強い雨で濡れたら、風邪をひきかねない。そこの崩れてる所から敷地内に入って雨宿りといこう。
とにかく雨の当たらないところへということで、窓から屋敷に入り込んで、一息つく。雷まで鳴り始めた。避難して正解だ。
「雨漏りの確認が楽になったなぁ」
頭をガシガシと掻きながらラファエルさんが笑う。
「町を出た時は、雨が降るような感じではなかったのですが……」
壊した窓から外を見て、オリヴァーさんが溜息をつく。GAO内には天気予報なんてないから仕方ないですね。
「ひとまず、これを」
荷物からタオル代わりの布を取り出して、皆に配った。俺はマントが防水仕様だから、身体は濡れてないけど、皆はすっかり濡れ鼠で、あちこちから水を滴らせている。
「服の予備もあるので、よければ貸しますよ」
「ありがてぇが、フィストの服だと小せぇな」
濡れた上着を脱いで、ラファエルさんが身体を拭きながら笑う。うん、彼の身体はかなりマッチョだから、無理に着たら破れるな。まあ、オリヴァーさんとカミーユには大丈夫だろう。
「火も焚くか」
どうせリフォームするし、燃えそうな物もないし、この場でいいか。それでも直火よりはいいかと、【空間収納】から取り出した焼き肉用の鉄板を敷き、そこに【魔力変換】で生み出した炎で着火した薪を置いていく。あとは濡れた服を掛けるものがいるか。椅子もいくつか出そう。
「どうした、カミーユ?」
渡した布を持ったまま、カミーユが動こうとしない。
「早いとこ脱いで身体を拭け」
「フィスト様の厚意に甘えましょう、カミーユさん」
オリヴァーさんが促しても、カミーユは困った顔のままだ。
「あ、あの、フィスト様……席を外しても、よろしいでしょうか?」
席を外す? 人前で肌を晒すのに抵抗があるんだろうか。どちらかというと獣人種って、人族よりもそのへんに抵抗がない感じだったけど。男女関係なく。
「ん……?」
男女……カミーユ……あ、何か記憶の片隅で再生されるシーンが……男の名前で何が悪いんだ……って、そういうことか!?
頷いて服を上下で渡すと、恥ずかしげに俯いて、カミーユは俺達が見えない所へと移動していく。
「何があったんでしょう?」
「いや、まあ、男の前で服を脱げ、なんて言われたら、そりゃ女性は困るよなぁと」
オリヴァーさんとラファエルさんが目を見開いた。あ、2人も気づいてなかったか。
現実だと、カミーユって名前は男女両方に用いられる。GAOでもそうだったってことだ。いや、同名の某パイロットの性別に引っ張られてたわ。服も男物だったし。
ん、てことは、カミーユは執事じゃなくてメイドということに? いや、でも意図的に男装してたみたいだし、そう扱うほうがいいのか?
などと考えていると、着替えたカミーユが戻ってきた。
「フィスト様、ありがとうございました」
「ん。服と布は、そこに出した椅子に掛けて乾かしてくれ。寒けりゃまだ予備があるけど、重ね着するか?」
「いいえ、これで十分です」
んむ、恰好は濡れる前と大差ない感じなのに、気づいてしまったからか、不思議と女性っぽく見えるようになったなぁ。
「なあ、カミーユ」
濡れた服を絞っている背中に声をかける。
「はい、何でしょうか?」
「男の姿でいたのって、母国絡みで何かあるからか?」
「いえ。身を守るという意味では間違っていませんが、元々、あちらでも男装していた時間が長かったのです」
「それは……趣味的な意味で?」
「仕事としてです。お仕えしていた家のお嬢様の側付として働いていて、外出時には護衛も兼ねていましたので」
話を聞く限りだと、カミーユが仕えていた家って、イノブラベードでも大きな家だったぽい。家の子供に専属として付き従ってたって感じか。
「で、そこを辞めてファルーラに来た、と。もう一度聞くけど、あちらでの勤め先のことで、こっちに厄介事が来る可能性は、まずないってことでいいんだな?」
「辞めたのではなく、無くなったというのが本当のところです。相手のほうも、いち使用人でしかなかった私を、今になって国をまたいでまで追う理由はないと思われます」
大商人、あるいは貴族に仕えてた感じか。で、商売敵なり政敵なりに負けて、勤め先を失った、と。よほどの事情が本人の知らないところに隠れてない限り、トラブルになることはないか。
まあ、その辺は、オリヴァーさん達と別れた後に、可能な範囲で確認しとくか。
しかし、女性かぁ。契約書、考え直そう。雇用条件はしっかり固めておかねば。




