第197話:調査2
食事を終えて、探索メンバーで目的地へ。そこは屋敷の1階部分の端だ。
一見すると、ただの石組みの壁。ただ、図面で確認してみるとその違和感が分かる。
図面の中、この壁の位置より手前に、マサトシさんが引いた別の線がある。これが実際の壁の位置。つまり、ここだけ他よりも1メートルくらい壁が厚いことになる。
それにしても壁の厚さとか、よく気づいたものだ。普通に廊下を見てる限りだと、突き当たりの壁でしかないんだから。
「図面で見る限り、不自然なのですが、何も見つからぬのです」
「うーん……ボクにも分からないや」
「同じくデース」
溜息をついたマサトシさんを置いて、ウェナとマリアさんがそこを調べ、肩をすくめた。彼女らのスキルでも判明しないのなら目標値がかなり高いと見るべきか。
ただ、マサトシさんとマリアさんはともかく、ウェナとツキカゲはGAO歴も長いし、スキルだってそれなりに育ってるはずだ。その2人で分からないとなると、本当に仕掛けはないのかもしれない。となると、だ。
「この向こうに何かあるとして、行き来するつもりがないってことか」
単に塞いだだけ、ということだろうか。でも何のために?
「使わなくなった施設を封鎖したとか、そういうことで御座ろうか? 廃鉱山の入口を潰すように」
「わざわざ塞ぐ必要があった、ということなら、厄介事が待っている可能性もある」
使わないだけなら、マサトシさんの言うとおりで、わざわざ塞ぐ必要もないと思える。
あとは、出入り口がここではない所にあるのか。ただ、建物内にはそれらしい箇所は見つかっていない。
「壊すか」
思わず、そう呟いてしまった。皆の視線が集まるのが分かる。
「酸やガスが噴き出てくるわけじゃないんだ。だったらいいだろ」
どうせリフォームするわけだから、損壊箇所が増えたところで問題ない。何があるのか分からないまま放置しておくほうが気持ち悪いし。厄介事が眠っている可能性があるなら、今の内に排除すべきだ。
結果として何も出てこなかったとしても、何もなくてよかった、で終わる話だし。
「フィストが構わないのならば、それが一番早いな」
スウェインが言い、皆が壁の前を開けてくれたので、その前に立つ。まずは一撃入れてみよう。
右拳に【魔力撃】を込めて、目の前の壁を殴りつける。目地剤が割れ、石がやや押し込まれた。む、意外と硬い。でも【魔力撃】でこの効果なら、よし、威力を上げよう。
今度は【強化魔力撃】を拳に込める。3重掛けにして、貫通型で再度同じ場所を打つと、石が砕けて壁の奥へと消えた。空洞があるのは間違いない。
穴の空いた部分を広げるように打撃を加えていき、少し屈めば入れるくらいの大きさにする。
そしてしばし待機。【気配察知】に【聴覚強化】も併用して異状がないか探る。気配はなし。不審な音もない。ウェナ達を振り返ると、皆が首を横に振った。ひとまずは安全のようだ。
崩れた壁の向こうから、舞い上がる埃がこちらに流れ込んでくる。鼻と口を押さえて中を覗き込むと、床がなかった。ただ地下へと続く空洞があるだけだ。天井は普通にある。この階からしか降りられないようだ。
「隠し部屋……通路? ワクワクしてきた!」
ウェナのテンションが上がった。忍者組も、その目に期待の色が見える。ただ、何かを守るためにしてはずさんな作りだから、あんまり期待はできないんだよなぁ。
「下に降りるはしご等はなし……壁にいくつか小さな穴がありマス。罠、ではないデス……足場の跡デスかね? 床は5メートルくらい下。奥に続いてマース」
場所を譲ると、マリアさんが下の様子を見て、詳細を報告してくれた。
下までそこそこ深いけど、幅が2メートル、奥行きが1メートルくらいだから、楽に降りられそうだ。
「灯りを確保しよう」
スウェインが呪文を唱えると、持っている杖に光が灯った。穴の底が鮮明に見えるようになる。壊した壁がいくらか落ちているだけで、他にはマリアさんが言っていた、奥へ続く通路があるだけだ。
礼を言って、まずはマリアさんが降り――否、飛び降りた。
続けてマサトシさんとツキカゲが飛び降りる。
「先行しておくで御座るよ」
下からツキカゲの声がして、3人の姿が奥へと消える。残るは俺達3人だけだ。
「スウェイン、降りられるか?」
「ああ、自分でできる」
この中で唯一の後衛職であるスウェインが、こういう場面でどこまで動けるのか分からないので確認する。彼は涼しい顔でそう答えた。要らない心配だったか。
俺は普通に穴に飛び込み、途中で足を開いて両壁につけ、そのまま滑るように降りた。ウェナも同様にして降りてくる。
スウェインは呪文を唱えた後で身を躍らせた。予想より遅い速度でふわふわと降りてくる。【落下制御】の魔術だ。魔術師ならではの、安全な降り方だった。
ツキカゲ達が先に進んでいるので、罠等の警戒はせずに後を追う。床も壁も天井も石造りで、しっかりとしたものだ。長いこと放置されていたようで、埃が積もっている。
若干下り坂気味の通路を少し進むと、埃っぽさがなくなり、じめっとした空気に変わる。壁も湿っていて、時折、天井から水滴が落ちてくる。
更に進むと、ツキカゲ達が立ち止まっていた。何故か上を見上げている。追いついて同じように上を見ると、縦穴が伸びていた。まるで井戸の底から見上げているような錯覚に……って、ここ、井戸の底だ。
「ここ、位置的には、敷地の端にあった、蓋をされていた井戸デスね」
「あそこからここに降りられるのか」
縦穴は石積みで、注意深く見てみると手や足を掛けられる隙間もある。マサトシさんが言うように、暗殺訓練を受けるような連中なら簡単に行き来できそうだ。
この通路は屋敷から外に逃れる抜け道だったんだろうか、とも思ったけど、正面には更に先へと続く通路がある。屋敷から逃げるなら、普通は敷地の外まで出られるようにするか。
井戸のことは後回しにして、水面を跳び越えて皆で先へと進む。
「ここ、水路があるで御座るな」
ツキカゲの言葉に足元を見ると、壁際に沿って小さな溝がある。水が溜まっていて、井戸と繋がっているようだ。井戸の水源がこの先、ってことはないだろうから、水を利用する何かがあるってことだろうか。
忍者達の先導で進むと、先に扉が見えた。金属の補強がされた木製の片開き扉で、アンティーク感がある。ノブやレバーはなく、ドアノッカーのような金属の輪がついている。
「これ、反対から閂が掛かってますネ……金属で補強されてるやつデス」
一通り調べたマリアさんが、輪を掴んでドアを引く。ガチャンと音が響いただけで、ドアは開かなかった。
「ふむ……マリアさん、閂がどこにあるか分かります?」
「このあたり、デスね」
マリアさんが指した部分を見る。扉と枠の間は、ほんのわずかの隙間しかない。ここはドアノッカー(暴力)の出番だろうか。
「マリア、これを」
マサトシさんがマリアさんに差し出してきたのは苦無だ。いや、形は似てるけど、刃の部分が鋸状だった。
「サンクス、ダーリン」
「あー、こういう時にそういうのがあると便利だね。追加で発注しようっと」
有用性に気付いたらしいウェナが、そんなことを言う。道具を受け取ったマリアさんは、薄いそれを扉の隙間に差し込んで前後に動かした。金属と木が削れる音が通路に響く。
「ヨシ!」
しばらくして音が終わり、道具を引き抜いて満足げに頷くマリアさん。続けて慎重にドアを開ける。
「部屋、デスね。色々置いてありマス」
完全に開いたドアの奥、【暗視】で見えたそこにはテーブルと本棚があった。
「照明をつけよう」
スウェインが呪文を唱え、光源を室内の天井に発動させる。明るくなったそこにまずはツキカゲ達が入り、罠等を確認する。それからウェナが再確認し、最後に俺とスウェインが室内に足を踏み入れた。
「実験施設?」
スウェインがそんな感想を漏らした。廊下から見えなかった部分に様々な機材が置いてある。あー、これ、見覚えがあるやつだ。
「錬金術関係の道具だな。調薬関係の」
かつて『宝石の花』のカミラの部屋で見た調薬設備と同じような機材が並んでいる。
「錬金術で御座るか? GAOの錬金術はどのようなもので御座ったかな?」
「生産系スキルの拡張スキル的な扱いだな。ここにあるのは調薬のだから、錬金薬や錬金毒を調合するための設備だろう」
「あーっ!」
ツキカゲに説明したところで、ウェナが大声をあげた。どうした?
「フィスト! ここ、暗殺者の根城だったって言ったよね!? それって、ドラードの事件の時に聞いたあの!?」
「ん……あぁ、そういえば!」
思い出した! 『裏』の情報を探ってもらった時に、錬金毒のことでそんな話が出たような! すっかり忘れてたけど、まさか今になってここと繋がるとは。
「ふむ、錬金毒関係の物が、ここに残されているということか」
「だな。薬や毒は、さすがに残ってても使い物にならないと思うけど」
ここが滅びて何十年も放置されてるからなぁ。あっても劣化してそうだ。
近くの本棚にある1冊を手に取って開いてみる。ふむ……ふむ……
「これ、錬金毒のレシピだな」
アインファスト大書庫で見つけた物と同じレシピもあるけど、それ以外のものもある。
「うわ、こりゃエグい……こっちはある意味でえげつない……素材の調達も難易度高いし製法もきつそうだなこれ」
本を閉じ、棚に戻した。
「うむ、これ、表に出したらあかんブツだ」
「そう言われると、気になってしまいますな」
「知らないほうがいいですよ。調合に失敗したら自分に被害が出るような物がちらほらと」
興味ありげなマサトシさんに、言ってやる。調合法以前に、自分が死なないための対策が必須のレシピなんて、いくら復活ができる異邦人だからって、安易に手を出せないだろう。
いや、その前提があるからこそ、【強化魔力撃】の過剰な重ね掛けの時みたいなえげつない副作用があってもおかしくない。あの運営が、こんな危険物を簡単に作らせてくれるとは思えない。
「まあ、これは封印かな」
とりあえずここに置いておけば、誰の目に触れることもないだろう。使う機会なんてないだろうから焼き捨ててしまってもいいのかもしれないけど、こんなものでも消失させてしまうのは抵抗がある。
「他に何かないか探してみよっか。錬金関係のものはフィストに任せて、ボク達は他の物を」
ウェナの言葉で忍者達が動きだす。だったら俺は他のレシピのチェックをしてしまおうか。
探索の結果、隠し棚から見つかった薬瓶があったけど、何であるのかまでは分からなかったので、俺が預かることにした。カミラの所へ持ち込んで、適切に処理してもらおう。
他には宝石類、暗殺用の武器がいくらか見つかったくらいだ。そう考えると、一番の収穫はレシピ集か。
錬金毒は『触るな危険』だけど、錬金薬についてはなかなか有用なものがあった。もっとも、命の危険が無いってだけで、製作難易度は高い。俺が作る機会は、あったとしても当分先だ。そもそも【錬金術】スキルを修得してからでないと無理だろう。
「さて」
一通りの探索を終えて、俺は部屋のある場所を見る。そこにはもう1枚の扉があった。閂はこちら側にあるけど、掛かってはいない。
あの先には何があるのか。




