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第169話:シーサーペント2


「ぬんっ!」

 沖にいるシーサーペントめがけて石を投げつける。当然、【強化魔力撃】を込めて。

 真っ直ぐに突き進む石は、シーサーペントに命中した。帯びた魔力が弾け、石は海中へと落ちる。僅かに身体が揺れたので少しは効いているようだが、初撃のような反応は見られない。

「これを続けても、嫌がらせにしかなりそうにないな」

 右手をぶらぶらと振りながら呟いてみる。まあ、注意を引くという意味がないわけでもないが。

 まずは村に行って事情を話そうということで。カーラには海エルフを1人連れて行ってもらうことにした。俺やジョニーでもよかったけど、同じ村の住人に行ってもらったほうがよかろうと思ってのことだ。

『フィストさん、いいですか?』

 カーラからのフレンドチャットが届いた。もう村に着いたか。

『海エルフさん達の偉い人が言うには、ここに引きずり込めばいいんじゃないか、と』

『ここ、ってどこだ?』

『ですから、海エルフさん達の所です。正確には、砂浜というか、湾ですけど』

 湾……そうか、あそこは遠浅だし、シーサーペントのあの巨体なら深く潜ることも不可能だ。動きを制限するにはもってこいだろう。ただ、

『そこまで、どうやって引っ張るんだよ?』

 一応、目視可能ではあるけど、ここから海エルフの島までは結構な距離だ。シーサーペントを誘導するとなるとかなりの労力を要するだろう。

『こちらから応援を連れて行きます。そちらにいる海エルフさん達と交代してもらって、全力で逃げながら誘導すればいいと言ってました』

『そうか。カーラ。済まないが、シーサーペントを仕留めるためにお前達の力を貸してくれないか?』

 カーラとロードスの戦力は貴重だ。いてくれれば大きな助けになってくれるに違いない。彼女の魔術なら通じそうな気もするし。水棲生物に雷撃系魔術がよく効くのはファンタジーのお約束だ。

 ただ、危険は伴う。それ以外でも、俺やジョニーの攻撃でグロい光景を見るかもしれない。

『大丈夫ですよ。さっきも言いましたが、フィストさんに恩を返すいい機会ですから。私にできることなら、何でも言ってくださいっ』

 強い意気込みを感じる声が返ってきた。カーラ、ええ子やなぁ……

『じゃあ、頼む。こっちは今の作戦を皆に伝える』

『はい、それではこちらは応援の人達を連れて行きますっ』

 チャットが終わった。聞いた内容をジョニー達に聞かせる。

「島の湾に引き込んでタコ殴りってのはいいけどさ。渦潮はどうする? 俺達が、じゃなくて、シーサーペントはあそこを抜けられるか?」

 そんな疑問を口にしたのはジョニーだった。ああ、そういやあそこ、でっかい渦潮が海上からの侵入を阻んでたっけ。

「あのシーサーペントなら突破しそうではあるが、渦に巻き込まれれば消耗させることもできそうだな」

「突破できずにあそこにはまったら、そこで叩けばいいだろう」

 海エルフ達がこともなげに言う。お前らはそれでいいだろうけどさ。渦潮の中で戦うのは、俺は無理だぞ。ジョニーはサーフボードがあれば何とかなるんだろうけど。

「まあ、そういうわけで。ボードがない連中は、カーラに島まで送ってもらう。あっちで迎撃の準備を整えてくれ」

 海エルフだから【水上歩行】はできるだろうけど、さすがに高速移動は厳しいだろう。

「それからクイン。お前も島へ行ってくれ。長時間の滞空は無理だろ」

 クインは空中を駆けることができるが、いつまでも続けられるわけじゃない。俺は【水上歩行】を使えるからいいけどってそうだ。

「それともお前も海の上を歩くか? 俺が魔法を掛ければ可能だけど」

【水上歩行】は自分以外にも掛けることができたんだった。何で今まで忘れてたんだと考えてみたら、海賊騒動の時に【水上歩行】を掛けられた奴が歩けないまま海に沈んだからだ。あれは重量オーバーが原因だったはずだけど、クインに使うなら、大丈夫、だろう。

 クインが頷いたので戦力に数えることにした。

「フィスト、組合長と話がついた。2隻とも島への進路を取っていて、ほぼ同時に到着できるそうだ。来るまで待つか?」

 ジョニーが【漁協】と連絡をつけてくれたようだ。応援に来てくれるのは心強い。でも、海上で合流するのは危険かもしれない。

「いや、湾に追い込んだタイミングで合流してくれる方がいいと思う。深いとこだと、船を沈められる恐れもあるし。それでいいか聞いてみてくれ」

「分かった……ああ、それでいいそうだ。こっちはこっちのタイミングで始めててくれって。獲物は残しておいてくれよ、だとさ」

「そりゃ保証できないな。海エルフの精鋭達でフルボッコにするんだし、着いた時には終わってるかもしれんよ」

 冗談めかして言うジョニーに、こっちも肩をすくめることで答える。周囲の海エルフ達から笑い声が漏れた。

 さて、シーサーペントは……今は島の反対側か。まだ荒ぶってるのが咆哮で分かる。

「お? もう来たか」

 空の向こうに小さな点が見えた。【遠視】で確認するとカーラだ。彼女の後ろには丸太があって、そこに海エルフ達が乗っていた。なるほど、丸太に【浮遊】の魔術を掛けて、それを引っ張ってるのか。

 乗ってる海エルフは4人。こっちに残ってるのが7人と1頭。2人を島に戻すから、9人と1頭でシーサーペントを誘導することになるわけだ。

 カーラが砂浜に降りてきて、他の海エルフ達も丸太から降りる。その中にいる1人はトビアスだった。

「すまんフィスト」

 そして、近づいてくるなり何故かトビアスが頭を下げた。意味が分からない。

 ふと、他の海エルフ達の表情に気付く。こちらも申し訳なさそうな顔。気になって振り返ってみると、ここに残っていた海エルフ達も何故か同様だったり視線を逸らされたりした。海エルフ達全員が知ってるってことか?

「何かあったか?」

「ウルスラに、バレた」

 問うと、頭を下げたままでトビアスが答える。その言葉を脳内で反芻し、その意味を理解した。

 以前、右腕を欠損した時、その事実をウルスラには黙っておいてくれと頼んでおいた。欠損した時にはウルスラは意識を失っていたし、俺が島を去る時も目を覚ましていなかった。後で知ったら気に病むんじゃないかと思い、知らないままにしておこうとしたわけだ。

 それがバレたと。

「なにゆえ?」

「子供らにまでは徹底できていなかったのだ」

 思い返せば頼んだ時には子供らは就寝した後だった気がする。大人達から伝わる前に喋ってしまってたのか。

「ビントロからの伝言で、治ったことも周知されているから、今は落ち着いているが。後で声をかけてやってくれないか」

「気にするなとしか言えないんだけどなぁ」

 終わったことだし、腕も無事に元に戻ったし、そのことで彼女に思うところがあるわけでもないのに。

 とりあえず目の前の問題に意識を向けるとしようか。

 

 

 

 海エルフ達の輸送も終わり、準備も整った。これから海エルフの村までシーサーペントを誘導する。まあ、かなり距離はある。【水上歩行】が切れないように注意せねば。自身もそうだけどクインもいるし。

「じゃあ、手はずどおりに行こう。カーラ、頼むぞ。無理だけはするなよ」

「はいっ」

 身体の前で強く杖を握り締め、カーラが頷く。その彼女の肩の上で、相棒であるロードスも頷いた。

 今もシーサーペントは島の外周を回っている。その気になれば砂浜くらいまでは突っ込んでくることもできそうなのに、それをしない。少しでも陸に上がるのは嫌なのかもしれない。

 結局、カーラメインでシーサーペントの注意を引きつけることになった。空から魔術攻撃できるし、シーサーペントの泳ぐ速度よりカーラが飛ぶ速度のほうが上だからだ。間合いギリギリで飛行すればシーサーペントは食いついてくるだろうし、いざとなってもロードスの防御能力がある。

 これはカーラから申し出てくれた。彼女だけに負担をかけるのはどうなんだと、こちら側から異論も出たのだが、全体の安全を考えればそれが一番確実性が高いのも事実で、彼女に押し切られた形だ。

 この件が終わったら、報酬とは別に甘い果物でもあげることにしよう。

 シーサーペントが島の裏側に消えたのを確認し、ジョニー達が海へと飛び出した。準備していたサーフボードに乗り、波を操り沖へと進む。

 俺は自分とクインに【水上歩行】の精霊魔法を施してそれに続いた。

 島の向こうから爆音とシーサーペントの声が響いてくる。これからしばらくはカーラがその場でシーサーペントを引きつける。俺達がある程度沖まで出たらこっちに合流する手はずだ。

 波は比較的落ち着いていて、ジョニー達が進んだ後ろは更に穏やかになる。しかも動く床みたいなものだ。道のようになったそこを、俺とクインが走った。

 それにしても、不安定な足場を走るのも慣れてきた。こうして海の上を走るのも何度目になるか。

 一方でクインは戸惑っている様子だった。動く足下に合わせた足運びができていないのだ。今まで不安定な足場はいつも空を蹴っていたから無理もない。彼女のことだからすぐに慣れるとは思うけど。

「どのくらい、引き留めておけるかね?」

 少し先を進んでいたジョニーが、速度を落として隣にやって来て、聞いてくる。

「カーラにどれだけ注意を払うかによるだろうな。至近で攻撃してくる奴がいれば、そっちに意識を割くのが普通だから、結構いけるんじゃないかと思うんだけどな」

 この手のゲームの敵は、高威力の攻撃をしたり味方を回復させたりすると、そいつを優先して狙ってくるものらしい。あるいは自分を優先して狙わせるスキルがあったりと、敵の攻撃を誘導する仕組みが最初から仕様として存在したりする。

 ただGAOの場合、こうすればこうなる、という定型の行動パターンがない。気分次第で自由に行動する。

「まあ、至近で攻撃を叩き込んでくるカーラを優先するのが――」

『フィストさん! シーサーペントがそっちに行きます!』

 俺の口はカーラからのチャットで閉じざるを得なかった。もうかよ。

『理由は分かるか?』

『多分、フィストさん達を見つけたからだと思います。島の表側に来たら急にそっちへ。私が魔術攻撃をしても、シーサーペントは島の周回をやめようとはしませんでしたから』

 あいつの視界から外れたタイミングで島から離れたのにな。目は結構いいのか。いや、でもわざわざこっち狙うか普通?

『分かった。後を追いながら攻撃続行だ』

 チャットを切り、先を行くトビアス達に呼びかける。

「シーサーペントがこっちに気付いた! 気をつけろ!」

 ちらりと背後を振り返ってみると、海面を割りながら近付いてくるものが見えた。ちくしょう、やっぱりあいつのほうが速い。じきに追いつかれる。

 しかしあいつ、誰を狙ってるんだ? カーラを無視してこっちに来るってことは、何らかの要因があるんだろうか。

「全員散開! あいつが誰を狙ってるのか見極める!」

 トビアスの声が響いた。一塊で移動していた海エルフ達が広がっていく。それに合わせて俺とクイン、ジョニーも互いの距離をとった。

 シーサーペントは俺達がいた場所をそのまま突き進んでいった。そしてそのまま海中へと潜り、見えなくなる。

「どこに行った?」

「フィスト! 下だ!」

 進みつつ、シーサーペントの姿を探していると、トビアスの警告が聞こえた。確認する前にその場を跳び退くと、元いた場所からシーサーペントが飛び出してきた。少しでも遅れていたらそのまま丸呑みにされていただろう。

 シーサーペントはそのまま再び海へと潜っていく。

「狙いは俺かっ!?」

 来た直後ででかいの一発お見舞いしてたから、ヘイトが俺に向いているのかもしれない。

 でも、俺狙いだってのなら、みんなに先行してもらって俺が時間稼ぎをすればいいか?

「ジョニー!」

「ぬおっ!?」

 そう考えた時にトビアスがジョニーの名を叫んだ。今度はジョニーが狙われた。シーサーペントに突き上げられて宙を舞う。回避はできなかったが、海水をサーフボードの下で盾のようにしたお陰で丸呑みは避けられたようだ。

「あっぶねーっ! 死ぬかと思ったっ!」

 引きつった蒼い顔でジョニーが着水する。

「トビアス! どうやってシーサーペントの動きを読んでるんだ!? やり方があるなら教えてくれ!」

「水精に聞いているだけだ!」

 ソナーみたいな使い方だろうか……はい、それ、俺らには無理だから!

「カーラ! 空からあいつの影は見えるか!?」

「えーと……深い所にいると無理です! フィストさん達の真下に見えた時には間に合いません!」

 駄目か。相手の挙動が分からないってのは厄介だ。このままじゃ俺とジョニーが足を引っ――

「常に海中に意識を割くのは厳しいなぁこれっ!?」

 否、俺が足を引っ張ってしまいそうだ。

 それにしてもシーサーペントの行動パターンが読めない。今はトビアス達が狙われているが、特定の誰かを執拗に追ってる感じじゃない。

 海上に姿を見せるタイミングが掴めないから、その時を狙って攻撃するのも難しい。やっぱり島まで誘導しなきゃまともに戦える気がしない。

 厄介なことだ、と思わず溜息をついた。

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