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第152話:海エルフの暮らし6

 

 目の前の浜で海エルフ達が活気づいている。その理由は、俺が仕留めたミズダコだ。

 あの後、トビアス達が駆けつけてきて、ウルスラを村まで急いで運んだわけだが、放置せずに持って帰ったのだ。こんな危険が潜んでいることもあるのだと注意喚起をするためだという。百聞より一見ということだろう。

 海に囲まれた環境で生活している海エルフ達だが、危険はそれなりにあって『行方不明』が出ることもあるらしく。仲間意識が強いのは海エルフも変わらないようで、ウルスラを助けたことで、家族であるイヴァールさん達だけでなく、村の皆にも感謝された。

 肝心のウルスラについては、翠精樹の力を借りた治療が終わっている。後は目を覚ますのを待つだけだ。

 それはともかく、海エルフ達は嬉々としてミズダコをさばいていく。タコは海エルフ達の大好物らしい。ミズダコは彼らも初めて見る種類らしいので、どんな味がするのかは食べてみないと分からないわけだが。美味いことを祈ろう。

 ただ、このミズダコ。どこからやって来たんだろうか。それに、この1匹だけなんだろうか。仕留めた時に他に何かいたような気もするし、色々と気になる。

「フィスト、難しい顔をしてどうした?」

 離れた所からミズダコの解体を眺めながら考えていると、トビアスが近づいてきた。

「いや、ちょっと考え事をな。こいつのこととか」

「ああ、こいつか。大きさもそうだが、年上連中も見たことがない種類だと言っていたから、どこかから流れてきたのだろうが……しばらくは警戒を続ける必要があるだろう」

「海底の岩に、抉り取ったような痕跡がいくつもあった。それを追えばある程度の行動範囲が分かるかもな」

 あれは多分、カラストンビで岩ごと貝を囓り取った跡だと思う。そりゃ俺の腕くらい簡単に食い千切るわけだ。【拳鎚撃】で強化されててもああだったから、ガントレットを装備してても結果は変わらなかった気がする。

「海は時に、思いもよらないものをもたらすからな。あれもそんな、海の気まぐれだというならいいのだが。それはそうと、摘出が終わったぞ」

「お、ありがとな」

 トビアスと一緒にミズダコへと向かう。俺に気付いて声を掛けてくる海エルフ達に応えながら進む。

「おお、フィスト。こいつだ」

 海エルフの男が両手で抱えた物を俺へと差し出した。それはミズダコのカラストンビだ。元々、放り捨てていた物だから、回収した海エルフ達の物でいいと思ったのだが、こういう大物は仕留めた者に優先権があるのだと口々に言われたら受け取らないわけにはいかなかった。

 そんなわけで、ミズダコの半分以上をもらうことになった。具体的には胴の半分に足5本とカラストンビ、蛸墨だ。ちなみに全部を自分だけで食べきれるわけがないので、自分の分と顔見知り達に渡す分を確保したら、残りは狩猟ギルドと【漁協】に流すつもりでいる。声を掛けるのはグンヒルトとセザール、【料理研】でいいか。後でメールをしておこう。

「嘴回りの肉は、半分はこちらでもらったが、本当にいいのか?」

「ああ、半分あれば十分だ。今回欲しかったのは、この嘴部分そのものだし」

 岩を噛み砕いても欠けることのないミズダコの嘴。金属じゃないから錆びることもないので、水中用の刃物に加工できればと考えている。貝をこじ開けたりするのにも使えそうだし。

 余ったら【漁協】に売り付けてもいいし、海エルフ達に何か他の物と交換してもらってもいいな。

「じゃ、遠慮なくもらっていくよ」

 カラストンビを左手で掴む。お、結構な重さがあるなこれ。嘴の中の嘴もちゃんと残ってる。こいつが俺の右腕を食い千切ったんだよなぁ。そしてそれを食うであろう俺。ううむ、何と言えばいいのか。ま、いいか。

「それから、内臓も出してみたが、それらしい物はほぼ残っていなかった」

 残念そうに言った海エルフの視線が俺の右腕へと動いた。俺の右腕は、失われたままだった。

 森エルフの時に切断された腕が元に戻ったのは、繋げるべき腕が形として残っていたから。でも今回は、腕自体が失われているためにそれができなかった。つまり高位の精霊魔法でも『消失した部位は元に戻せない』ということだ。

 逆に言えば壊れた組織が残っていれば何とかなる、ということで、ミズダコがもぐもぐした俺の右腕が腹の中に残っていれば可能性はあったのだが、今の言葉で消えた。結構細かくなってたし、あの戦闘で派手に暴れたからなぁ。飲み込む前に散らばってしまったんだろう。きっと今頃、魚の餌になってるんじゃなかろうか。

「これについては他にも当てがあるから気にするな」

「一体、どうするつもりだ?」

「ドラードの神殿に行ってみる」

 トビアスの問いに、そう答える。

 ファンタジー系ゲームでは、回復というのは僧侶系の役割なのが定番だ。GAOにも神の力を借りる魔法は存在する。ドラード防衛戦の際、瀕死だったミシェイルを治療したのも住人の神官戦士で、その効果は目にしている。

 ただ、信仰が伴わないと使えないという運営の言葉どおり、プレイヤーで信仰魔法を使える者は存在しない。

 そんなわけで、神殿で魔法による再生を頼んでみようと思うのだ。

「それが駄目だったとしても、別の当てもあるしな」

 一番確実なのは死に戻りだ。欠損はそれでリセットされる。でもそれは、フィストとしての生き方に反する。最期まで全力を尽くした結果死んでしまうのなら仕方ないが、自決してコンティニューなんてする気はない。

 他の当ては、カミラの所。欠損再生の錬金薬とかあるかもしれない。ただ、存在したとしても対価が怖いので最終手段だ。なーに大丈夫、きっと神殿で治るさぁ……

「お前がそう言うならいいのだが。身を挺して妹を助けてくれたお前に、何もしてやれないというのは歯痒いな」

「結果的にそうなっただけだ。うまく立ち回れてたら無傷で済んだ可能性が高いのが正直なところでな」

 カラストンビを【空間収納】に片付けてから、申し訳なさそうな顔をするトビアスの肩を叩く。

 俺が水中での動き方を体得していれば、腕を差し込んで阻むんじゃなく、直接嘴を叩き斬ったりできたかもしれないんだが、あの時は余裕もなかったし。今後も水中で活動することはあるだろうから、その方法を学ぶ必要があるのだ。

「用事が片付いたら、水中での動き方を学びたいから、その時はまたお邪魔していいか?」

「ああ、歓迎するとも」

 俺の頼みをトビアスは快諾してくれた。




 【漁協】には連絡がつき、GAO時間で明日の早朝には迎えに来てもらえることになった。夜の漁の帰りに寄ってくれるらしい。早々に動けるのは有り難い。

 そういうわけで、腕のことは明日に持ち越しだ。よってこれからのことになるわけだが。

 海エルフ達が、好物のタコを前にして何もしないわけがない。しかもこれ程の大物だ。解体作業は自然と調理作業へと移行し、海エルフ達のタコ料理がこれでもかと砂浜に敷かれた蔦の織物の上に並ぶことになった。

「あれ程の大物だ。いくらかは保存するにしても、新鮮な内に楽しまないとな」

 とはイヴァールさんの言葉だが、つまりたくさん食べたいだけだろと思わなくもない。

 さて、どれから行くか。茹でただけの物でも、スライスした足からトンビ周りの肉、エラや胃袋と種類は豊富だ。

「さあ、どれからでもやってくれ。仕留めたフィストが、一番に口にするべきだ」

 トビアスにそう勧められ、一番馴染みがある足のスライスに箸を伸ばした。スライスと言っても指ほどの厚さだ。もう少し、薄く切ってくれた方が食べやすい気がするが仕方ない。

 とりあえず、何も付けずに口へと運ぶと、とんでもない弾力が歯を押し返した。何だこりゃ、やっぱり厚すぎるか? と思いつつ噛む力を強めると、ぶつりと噛み切れる。それを口の中で咀嚼すると、何とも言えない甘みが湧き出てきた。タコってこんなに甘い物だっけ? 最初は戸惑った弾力も、慣れてしまえば心地いい。存分にそれを楽しんで飲み込むと、自然と溜息が漏れた。

「……うま」

 何とかそれを言葉にすると、海エルフ達がタコに殺到する。すさまじい勢いで、並んでいたタコが彼らの手へと移っていった。

「おお、これは!」

「普段食べるタコよりは柔らかめだな」

「でも、甘さはこっちの方が上ね」

 どうやら気に入ったらしい。海エルフ達の勢いが増していく。うかうかしてると、全部食べ尽くされてしまいそうだ。

「ほら、クイン」

 行儀が悪いが、何個かのタコ足スライスを団子串のように箸で刺し、隣にいるクインの口元へ運んでやった。

 俺が海から戻った時、クインは俺の腕を見て固まった後、厳しい表情で何度も頭突きをしたり前脚で叩いたりしてきたのだが、それ以降はずっと俺の右側に位置取っている。つまりそういうことなのだろう。村の中だから危険なんてないのだが、気持ちは嬉しいのでそのままにしてあった。

 ただ、不機嫌なのは変わらない。今も、箸からタコを食べて一瞬だけ緩んだが、すぐにムスッとした表情に戻ってタコを噛んでいる。尻尾は微妙に揺れているけども。

 まぁまぁまぁまぁ、これでも食べてくださいよクインさん。美味しいものは楽しく食べなきゃ味も落ちるしさ。

 【空間収納】から木皿を取り出して、クインが食えそうな物を片っ端から入れてやる。目が何か訴えていたが、笑顔を崩さずにいると、溜息をついてクインはタコを食べ始めた。

 俺も食事を再開する。お、カラストンビ周りを茹でたやつは他の身よりも歯ごたえがあるな。旨味も強い。エラはあんまり味がしないというか癖がないというか。内臓は……動物の内臓系と変わらないか。エラとか内臓はそのままより味付けした方がいいかも。ホルモン焼きみたいに。

「フィスト、これを食べてみろ」

 色々と食べ比べていると、トビアスが持ってきた物を差し出してきた。1つはタコのオイル煮。ニンニクのいい匂いがする。もう1つは何だこれ、カニミソみたいな色をしたスープにタコが入ったもの?

 オイル煮も美味そうだが、こっちは味の想像がつくので、もう1つの方を受け取ってスープの中の切り身を箸で摘まみ、口に入れた。

「お、これはまた」

 まるでモツ煮のような、旨味たっぷりの味だ。これ、タコの内臓か。でもこの味はどこから来たんだ? 魚醤が少し入ってるのは分かるが、それがメインの味じゃない。臭み消しなのかハーブがいくつか入ってるが、これも違う。

「これ、何をどうしたんだ?」

「タコの肝を磨り潰して溶かし込んだものだ」

「へぇ、それだけでこんなに濃厚な味になるのか」

 カワハギの肝醤油的な? これいいな。酒が進みそうだ。でもちょっと何か物足りないので、一味唐辛子を取り出して少しふりかけ、再度食べる。うむ、よし。

「そういえば、ウルスラの分はちゃんと残してやってるのか?」

 料理を食べながらトビアスに聞く。これだけ皆が派手に食べてるのに、自分だけ食えなかったら怒りそうだ。最初にタコ足を捨てた時も残念そうだったし、あいつもタコ大好きだろう?

「後でバレたら怖いからな。一通りは確保してある。だから遠慮せずに食べろ」

 唐辛子を加えた肝煮込みを美味そうに食べながら、トビアスは笑う。

「しかしあれ程の大物を仕留めるとは。フィストは一人前の海の漢だな」

 トビアスが解体しきれないまま残っているミズダコを見る。悪くならないようにしているのか、周囲には氷の塊がいくつも置いてあった。

「どうかね。元々、陸の狩り専門だしなぁ。大物を狩ったからって一人前、ってのは何か違う気がするぞ」

 剣葉樹の酒をちびりとやって、答える。海の漢って意味じゃ、海専門である【漁協】の連中の方だろう。

「向上心はあるのだ。経験を積めば、遠くない内に自分でもそう思えるようになる」

「海の熟練者である海エルフにそう言ってもらえるのは光栄だけどな」

「いっそ、ここに定住したらどうだ?」

 近くにいた海エルフの男が、そんなことを言った。

「それはいいな。猟師としての腕は確かだし、漁師としても今の時点で悪くはない」

「肌の色も俺達と似てるしな」

「そのままこの村で嫁もとればいい」

 酒が回ってきたせいか、不穏なことを言い始める海エルフ達。

「耳も、そうだな。蔓で縛って数日吊せば伸びるんじゃないか?」

「うぼぁっ!?」

 誰かが言ったその言葉で、むせた。ぐおぉぉっ! 酒が、酒が気管にっ!?

「お、お前らの耳って、そういうものなのかっ!?」

「そんなわけないだろう。何故、そんなことをしなければならん」

 呆れるトビアスに笑う海エルフ達。ですよね……でもまさか、エルフの口からそのセリフを聞く日が来ようとは。

 気を取り直すべく、俺は残った酒を一気に飲み干した。

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利き手の右腕欠損なのに直後に箸を使う表現が出てきて引っ掛かった。
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