第141話:川遊び
結論から言うと、インクへの聖属性付与自体は成功した。ただ、それですぐに聖属性の呪符魔術ができたわけではなかった。付与が足りなかったのでは、とか、呪符用の紙にも付与できないかとか、シリアはスウェイン達を巻き込んで新作呪符の開発に励んでいる。
瘴気除去に関しては、やはり聖属性を込めた方が効率はよくなっていた。こちらもスウェインが試行錯誤してみるようだ。落ち着いたら、俺も自分の持っている呪い武具の瘴気をどうにかするとしよう。もっとも、呪いそのものは神殿とかで解呪してもらわなきゃならないわけだが。
ルーク達はしばらくラーサーさんの所で訓練と研究をしてから、アインファストへ向かうらしい。見つかっているダンジョンを順に攻略していくと言っていた。
今のところ、確認されているダンジョンはアインファストに1つ、ツヴァンドに2つ。【ラグナロク】がアインファストのダンジョンとツヴァンドの鉱山ダンジョンを、【シルバーブレード】がツヴァンドのアンデッドダンジョンを攻略完了しているようで、今後は攻略者も増えていくんだろう。アンデッドダンジョンは色々とキツイからスルーされるかもしれんけど。
ニクスはラーサーさんの所で修行に励むことに。男性が苦手らしいところも、あのメンツだったら大丈夫みたいだったし、同性のウェナ達もしばらく一緒だし、問題ないだろう。
修行に関しても最初は俺やルーク達のやられっぷりにびっくりしていたようだが、そういうものだと割り切ったようだ。頑張って強くなってくれたまえ。
ログイン135回目。
俺は俺で旅を再開していた。ドラード領内をクインと一緒に歩く。最初はツヴァンドから転移門でドラードに戻ろうかと思っていたのだが、途中で寄り道をすることにしたのだ。
ドラードまでの徒歩の旅はこれで2回目。前回と違うのは、狩りや採取を積極的にしながら進んでいることだろうか。
それとスキルのレベリング。渡しが必要な川を【水上歩行】で渡ったり、聖属性の【魔力変換】で薬草を染めたり、他にももうちょっとでSPを得られるスキルを意識して使いながら進んでいる。ブルインゼル島で迷彩蜥蜴を狩るために【熱源視覚】のスキルを修得したせいで、予定していた【魔力変換:冷】の修得のためのSPが足りないのだ。
それはともかく。
ツヴァンドからドラードまでの間では、いくつか川を渡る必要がある。1つは領土の境である、渡しが必要な川だが、それ以外は普通に橋が架かっていてそこを通る。
そんな川の1つを、上流へと向かって歩いていた。目当ては、以前カミラに振る舞ってもらった料理に含まれていた、鋸歯亀だ。
スッポンに似た亀だそうだから、適当に岩が出ている川なら甲羅干しとかしていそうだ、という安易な根拠で探している。いることが分かれば釣り上げることもできるだろう。
街から離れているせいもあってか誰もいない。釣り好きなプレイヤーに遭遇するかと思ったが、それもない。魚がいないのかね?
石ころだらけの河原を更にさかのぼっていくと、川に人の姿を見つけた。革鎧装備の男が1人。釣り、じゃないな。大皿みたいなものを持って、膝くらいのところまで川に入っている。
「何か獲れますか?」
「うわあっ!?」
声を掛けると、盛大に驚いて男がこちらを見た。プレイヤーか。
「な、なな何だあんたはっ!?」
「通りすがりだよ。何をそんなに慌ててるんだ?」
何やら挙動が不審だ。何をしてたんだこいつ?
「べ、別に。洗い物をしてただけだ。山賊か何かかと思ったじゃないか」
山賊、ね。それを心配してた割には、周囲への注意とかがまったく感じられなかったんだが。それに、こんな場所で洗い物? 街道からは随分と離れてるんだけどな。
「ところで、この辺で亀を見なかったか?」
「亀? ああ……確か、もっと上流に行ったところで見かけたような。河原じゃなくて岩場みたいな場所で、流れもここより急だった」
「そっか。邪魔したな」
色々引っ掛かるところはあるが、せっかく情報が入ったのだ。そっちを優先しよう。
しばらく歩いて、さっきの男が言ったらしき場所に着いた。岩場、と言っていたが、さっきの河原に大きめの岩がゴロゴロしている感じの場所だ。川幅は大差ないが、両岸は森になっていて視界は悪い。獣とかが飛び出してきてもおかしくない。
「いる、な」
そして、流れが急な川の中から突き出た岩に、鋸歯亀を見つけた。スッポンを想像していたが、それは体だけだ。顔はどちらかと言うとワニガメ、いや、東洋の龍だな。龍亀が実在したらあんな感じだろうか。思ったより大きい。甲羅も30センチくらいある。
「さて、ここからどうすっかね」
獰猛だと言うから、近づけば噛み付いてくるかもしれない。その方が手っ取り早いだろうか。いやいや、どのくらいの噛み付き力を持ってるか分からないんだから、迂闊な真似は避けるべきか。
「予定どおりにしてみるか」
釣り竿を【空間収納】から取り出し、針に餌を付ける。とりあえず燻製肉を使ってみよう。
「悪いけど、周囲の警戒を頼むな」
燻製肉を投げると、クインはそれを口でキャッチして森へと向き直った。これで背後の心配はしなくて済む。釣りに集中できそうだ。
仕掛けを川へと投げ込んだ。流れが速いので、少し大きめの重りを使っている。それでも川下に流されてる感じがするが。
しばらくしてから竿を上げる。餌はそのまま残っていた。再び投げ込んで待つことしばし。やはり当たりはない。何度か繰り返すも、結果は同じだった。
「そういやあいつら、普段は何を食ってるんだろうな」
餌になりそうなものは見当たらないが、やはり魚だろうか。動物を襲うからと言って、常食にしているとも限らない。てことは餌を魚に変えた方がいいかもしれない。
竿を上げ、燻製肉を外して川に捨て、今度は小魚の干物を針に付ける。仕掛けは重りを大きいものに変えた。
竿を振り、仕掛けを投げ込む。待つことしばし。
「っしゃあっ!」
当たりを感知したと同時に竿を上げた。重り以上の手応えが返ってくる。何かが掛かったのは間違いない。
竿を持ち上げ、リールを巻き、また持ち上げる。その動作を繰り返す。さて、そろそろ――出たっ!
水面から姿を見せたのは間違いなく鋸歯亀。それも40センチオーバーの大物だ。
「っとっ!?」
釣り針が外れたのか、鋸歯亀が急に落ちた。そのまま川にダイブするところを、足を伸ばして受け止め、リフティングの要領で優しく上へ蹴り上げる。数秒の浮遊を体験した鋸歯亀が重力に引かれて墜落する前に、手を出して受け止めた。
なかなかの重量感。そしてかなり獰猛だ。首を伸ばして手に噛み付こうとしているし、爪もなかなか鋭い。お、よく見たら釣り針が噛み切られてる。落ちた原因はこれか。さすがにガントレットを食い千切ることはなさそうだが、保護のない指先を噛まれたらブッツリいってしまいそうだ。
「よ、っと」
釣り竿を離し、【手刀】で鋸歯亀の首を刎ねる。首は川へ落ち、流れに飲み込まれた。本体からは血が流れ出る。あ、しまった。生き血って使えるんだったか。
「とりあえずポーション瓶に入れとくか」
空のポーション瓶を【空間収納】から取り出して、血を注ぐ。カミラは酒を作るのに使ってたが、他にも利用法はないだろうかね。強壮剤の材料にはなりそうなんだが。
「って、こりゃ多いな」
空の瓶はあっという間に満たされ、零れた血が川へと流れる。今度から採血用に大きめの瓶をガラス工に作ってもらった方がいいかもしれない。
続けて空の瓶を取り出そうとして――
「ぬおわぁぁぁぁぁぁっ!?」
瓶も鋸歯亀も放り出して、俺はその場から跳び退いた。理由は川からの襲撃者だ。俺がさっきまで立っていた場所を、巨大なあぎとが通り過ぎる。
「なっ、何だこいつっ!?」
それは巨大なワニだった。よく見れば口は細長い。何だっけ、アリゲーターじゃなくてクロコダイルじゃなくて、えーと、ザビエルだか何だか言った……ファルーラガビアルと【動物知識】では出た。何だよザビエルって……
ともかくガビアルが上陸し、こちらに襲いかかってくる。体長は5メートルくらいだろうか。以前倒したロックリザードよりは小さいが、動きは見劣りしない。だが、あの頃の俺とは違う。不意打ちでビビりはしたが、倒せない相手ではない。
「よ、っと!」
ガントレットの下から《翠精樹の蔦衣》を伸ばし、口先に絡みつかせた。この手の奴は、口を封じてしまえば危険度はかなり下がる。後は――
「おっとぉっ!」
突撃と尻尾の動きにさえ注意すればいい。口はかなり厳重に縛ったが、蔦はびくともしない。引き千切られることもなさそうだ。ガビアルの短い前脚じゃ、爪で引き裂くこともできはしない。
口が持ち上がったタイミングで前に出て、すくうように蹴り上げた。身体が僅かに浮いたところで二撃目、三撃目を同様に見舞う。
「これでっ!」
無防備に晒された腹へ【強化魔力撃】を込めた蹴りを叩き込むと、縦にひっくり返ったガビアルはそのまま川へと倒れ込んだ。当然、激流によって流されていくガビアル。体重は明らかにあちらが上で、俺はそのまま引きずられそうになった。
「おおおおおおおおっ!?」
慌てて蔦を伸ばしながらその場を離脱。手頃な岩を見つけて回り込むようにして移動し、蔦を岩へと絡みつかせる。さすがに岩には勝てなかったようで、ガビアルが止まった。
「ふぅ……せっかくの獲物を失うところだった」
【空間収納】からロープを取り出して岩に固定し、もう片方を投げ縄状にして、水面から出ているガビアルの後ろ脚へと投げつける。何度か失敗したが、無事に脚に引っ掛けることに成功した。固定をロープに任せ、蔦を回収する。
それにしても、こんな奴がいるとは思わなかった。他にもいるんじゃないだろうな?
周囲を【気配察知】で探るも反応はない。というか、水中の対象に【気配察知】が仕事をしてくれたことはないような?
ただ、1つだけ反応があった。それは川下にあって、そちらを見ると、さっき遭遇したプレイヤーがいた。何でここに?
俺が見たことに気付いたのか、何故かそいつは逃げ出した。そして、その行動で、そいつが何でここにいたのかを理解した。
「あの野郎、MPK狙いだったのか」
モンスタープレイヤーキラー。自分の手を汚さず、モンスターを誘導するなどして他のプレイヤーになすりつけて殺すという、ネトゲにおける迷惑行為者だ。あの男、俺をここに誘導してガビアルに食わせようとしたらしい。
当然、それを見逃すつもりはない。【魔力撃】で脚力を強化した上で【水上歩行】も起動し、俺は川へと身を投げた。当然川面に着水することになり、激流に翻弄されそうになるが、その勢いを利用して水面を蹴る。途中、バランスを崩しそうになりながらも、あっという間に距離を詰め、プレイヤーに追いついた。
「どこへ行こうというのかね?」
「ひいいぃぃぃっ!?」
進行方向に立ち塞がると、慌てて逆方向、俺が元いた方へ走り去る男。あー、そっち行っちゃうか。余計に走りにくくなるだけなんだが。
特に急ぐことなく、歩いてそいつを追いかける。今からなら疲れたところで加速すれば容易に追いつけそうだし。いざとなればクインにお願いもできる。
「うわあぁぁぁぁっ!?」
が、その機会は訪れなかった。岩場を奥へと進んでいく男に、川から飛び出してきた3メートルほどのガビアルが襲いかかったのだ。驚いた男は初撃こそ躱したものの転倒してしまい、二撃目で頭を噛み砕かれる。一瞬、鮮血が飛び散ったが、すぐに身体もろとも光の粒子となって散っていった。やっぱり攻撃力は高いなぁ。
ん、ひょっとしてこれもMPKってことになるのか? いや、これは事故だろ。
「ん?」
獲物が消えたことに戸惑いを見せるガビアルが残っているが、今、男が消える前に何か落としたような?
とりあえずガビアルへと近づく。こちらに気付いたガビアルが向かって来たが、さっきと同じ要領であっさりと仕留めた。今度は地上で倒したので安心だ。
プレイヤーが死亡した場合、所持する武具やアイテムは全て回収される。鬼畜仕様のGAOにおいて、プレイヤー寄りの仕様なわけだが、例外が1つある。取得して一定時間を経過していない物は、死亡と同時にその場に散らかってしまうらしいのだ。
つまり、男が落とした物は、その時間が経っていない物、ということになる。さて、皿洗いをしてたはずのあのプレイヤーが、一体何を入手していたのか、だが。
男が消えた辺りの地面を探し、それらしい物を拾い上げる。金色をした小さな石だ。某ハンバーガーチェーンのサイドメニューの一品に見えなくもない。ソースは落ちていないが。
「川で皿、金色の何か、って……まさかマジでナゲットか?」
食べ物のことではなく、天然の金塊。現実世界でもオーストラリアで何十キロもの金塊が見つかったことがあるらしく、過去には日本の北海道でも出たことがあるとか聞いたことがある。
「さっきの位置でそれを採取してたってことは、この辺にもこれと同じ物が眠ってるかもしれない、と?」
轟々と音を立てる川へと視線を向ける。待て、落ち着け、冷静になれ。これが本当に金かどうかは分からない。ひょっとしたら金色なだけで貴金属じゃないかもしれんじゃないか。
しばらく考える。どうしたものかと。
そして、決めた。
「とりあえず食ってからにするか」
現時点で正体不明の石は腹の足しにならない。でもガビアルは食える。鋸歯亀も川には落ちてないし食える。だったら優先順位なんて、決まってる。




