第400話 スペルリング
大事に保管していたスペルリングを取り出し、ヤトさんとアシュロスさんのもとへ戻ってきた。
非常に高価な品らしいので、部屋から運び出すだけでも少し緊張する。
「おっ、本当に売っていなかったようじゃな!」
「ヤトさんから頂いたものを売るわけありません。本当に扱えないだけです」
「ぬっふっふ! それなら良かったのじゃ! とりあえず指にはめてみるのじゃ!」
言われるがまま、スペルリングを人差し指にはめる。
すると、イルカの目の部分が青く輝き始めた。
何か起こるのかと身構えたが、特に変化はない。
――いや、もう何かが始まっているのか?
「どうです? 何か変化はありますか?」
「い、いえ……イルカの目が光っているだけで、体には何の変化もありません」
「なら、魔力を流してみるのじゃ! そうすれば変化が分かるはずじゃ!」
う、うーん……。
魔力なんて使ったことがないけど、アシュロスさんまで期待の眼差し。
期待されている以上、引くに引けない。
漫画やアニメの記憶を総動員し、“魔力を出す”イメージをする。
すると、指輪をはめた右手がじんわり温かくなり、力のようなものが抜けていく感覚があった。
「あっ、な、なんか魔力が出てるかもしれません!」
「おお! 流石は佐藤なのじゃ! その調子で魔力を流――」
ヤトさんの声が途中で遠のき、視界がブラックアウトした。
きゅーっと意識が絞られるように遠のいていき、強い恐怖心が芽生えたが――抗えなかった。
――ハッと目を覚ます。
体を起こすと、記憶が曖昧で、汗で全身ぐっしょりだ。
「おっ、佐藤が起きたのじゃ!」
「回復も早いですね。まさか魔力を流し始めて数秒で“魔力切れ”を起こすとは思いませんでした」
どうやらリビングで倒れたらしい。
最後の記憶は、右手に魔力を感じ始めたところだ。
「あ、あの……私は気絶してしまったんですか?」
「そうじゃ! 魔力を使い始めてすぐに気絶してしまったのじゃ!」
「どれくらい寝ていましたか?」
「えーっと、十分ほどでしょうか。倒れてすぐ魔力ポーションを使ったので、魔力そのものは回復しているはずです」
「十分……。もっと長く気を失っていた気がします」
頭痛は引いてきたけど、心臓はまだバクバクしている。
魔力切れって、こんなに辛いのか。
「佐藤、すまんかったな! そこまで魔力が少ないとは思わなんだのじゃ!」
「私も想定外でした。本当に最低値に近い魔力量だったのですね」
「いえ、謝らないでください。試してみなければ分かりませんから」
――とはいえ、これで“私に魔法は使えない”ことが正式に確定してしまった。
魔法玉で擬似体験はできても、スペルリングを使っても扱えないとなると、さすがに堪える。
「うーむ……。本当にスペルリングでもダメとはのう。佐藤は“強くなる”のは難しいのかもしれんのじゃ!」
「うぅー、ヤトさん。期待させておいて酷いです。……まあ、転移してすぐに薄々分かってはいたんですけど」
少しでも希望を持ってしまっただけに、余計にこたえる。
「あれ? でも、佐藤さんは“スキル”で能力を強化できるのでは? シーラさんからそんな話を聞いた覚えがあります」
「強化はできますが、費用がかかるんですよ」
「費用? スキルに金がかかるのかのう?」
そういえば、ヤトさんには詳しく説明していなかった。
隠すことでもないし、この機会に話しておく。
「――というのが私のスキルです」
「ほほう、なるほど! 何やら凄いスキルじゃのう!」
「いろいろ買えたり、スキル強化もできる……勇者系とは別ベクトルで強力ですね」
「なので、むやみに使えないんです。ヤトさんも“異世界の料理”を食べたいでしょう?」
「もちろん食べたいのじゃ! でも少しくらいなら、能力に注ぎ込んでもええのでは?」
「ちなみに、能力を上げるコストは高いのですか?」
初回に確認して以降、強化欄は開いていない。
金額を思い出すため、タブレットを開いて確認する。
「えーっと……能力値を1上げるのに100NPですね」
「100NP? それは……どのくらいなんじゃ?」
「異世界の料理が一人前くらいです」
「なるほど。現在の所持NPはどれくらいなんですか?」
「いまは約14万NPです」
「ほえー! 大金持ちなのじゃ! それだけあるなら、どんどん注ぎ込めるのじゃ!」
体制も整ったおかげで、確かに過去一のNPを持っている。
ただ冬は増やせないし、春には大規模なスキル強化を予定している。
クリスマスパーティーのことも考えると、無駄遣いはできない。
――とはいえ、正確には“146,229NP”。
端数の“6,229NP”くらいなら使っても……という邪な考えが、頭をもたげるのだった。
本話で400話に到達致しました!
編集者の方から、書籍が販売まで毎日投稿を続けてくれとお願いされ、気づけば400話になっておりました!
まだまだ続くと思いますので、どうか最後までお付き合い頂けたら幸いです!
書籍版、web版ともに、よろしくお願い致します<(_ _)>ペコ





