第396話 大会後
軽いブーイングも起こっていたため、私たちはライムを連れて、早々にコロッセウムを後にした。
決勝戦はお世辞にも面白いとは言えない試合だったけど、全体を通して見れば十分に面白かったと思う。
頑張ったライムを労いつつ、宿で小さなパーティーを開いた後、私は一人で『バッカス』へ向かった。
本当はライムも連れてきたかったんだけど、いかんせん目立ちすぎるからね。
時刻は日付が変わる少し前。
酒を扱う店ならピークに近い時間帯のはずだけど……『バッカス』の店内は、昼に来たときと何ら変わらない。
カウンターではガロさんが1人で座っており、他に客はなし。
これで営業していけるのか、こっちが不安になるほど閑散としている。
「ガロさん、お待たせいたしました」
「おお、佐藤さん。やっと来おったのう」
挨拶して隣に座り、『バッカス』のマスターにお酒を注文する。
他に客がいないこともあって、すぐにお酒が出てきた。
ガロさんと乾杯して、一気にあおる。
「良い飲みっぷりじゃのう」
「グッといきたい気分だったので。ガロさん、改めて優勝おめでとうございます。強かったですね」
「ありがとのう。じゃが、ワシは運に恵まれただけじゃ。決勝も普通にいけばライムが勝っておったからな」
謙遜するガロさん――と、そこで不自然に左手を使っていないことに私は気づく。
不思議に思い、尋ねてみることにした。
「ガロさん、左腕どうしたんですか? もしかして、ライムとの試合で怪我を?」
「もう気づかれてしもうたか。ライムの突進を受け流したときにダメージを負ってのう。今は左腕がまったく上がらんのじゃ」
想像以上に重いダメージだったようで、だらんとした左腕を見せてもらうと……肘から先が大きく腫れていた。
「えっ!? 大丈夫なんですか? 病院に行ったほうがいいんじゃないでしょうか?」
「ふぉっふぉっふぉ。そんなに騒がんでも大丈夫じゃ。軽くヒビが入っとるのと、手の甲を骨折しただけじゃからのう」
「“だけ”で済む怪我じゃないですよ! そんなに重傷だったんですか」
「最初は力を100%受け流せておったんじゃが、延長に入ってからは99%、再延長では疲労で95%くらいまでしか逃がせんくなってしもうてな」
力の95%を受け流していても大怪我――と聞けば驚くが、ライムは自分の体を硬化させている。
高速で飛んでくる“鉄の塊”と考えれば、5%でも致命的な負荷になるのは当然といえば当然。
真正面から受け止めていたアールジャックさんは、やはり化け物だ。
「深く考えていませんでしたが、大怪我を負っても不思議じゃないですね。ということは、痛みを隠しながら戦っていたんですか?」
「いいや、戦っとる最中は変なゾーンに入っとるからな。痛みには気づかんかったわい。再々延長の終わり際、体勢を崩したワシへの攻撃をライムがためらうのを見て、わざと引き延ばしておると気づいてな。そこで急に左腕の痛みが出てきたんじゃ」
なるほど。そこでアドレナリンが切れたのだろう。
ライムに悪気はなく、単純に強い相手と長く戦いたかっただけだと思うけど、結果としてガロさんを冷静にさせるには十分だった。
「そうだったんですか。なら再々々延長に入っていたら、かなり厳しい状態でしたね」
「いいや、ワシの腕の異変に審判が気づきおってな。試合を再々延長で止めたのは、ワシに勝たせるためじゃったと思う。流石に魔物の優勝させるのはマズいと判断したんじゃろ」
その後、裏の意図なんかなく、会場が冷えすぎたから止めた可能性も高いがのうと笑ったガロさん。
客席で見ていた私としては“冷えすぎたから”に1票を投じたいけど、真意は分からない。
ひとまず、ライムがとてつもなく強かった――それだけは確かだね。
「理由は定かではありませんが、ガロさんの優勝という事実は変わりません。実際に強かったですしね。復帰戦で優勝なんて凄すぎますよ」
「ふぉっふぉっふぉ。佐藤さんは褒めてくれるから嬉しいのう。そんな佐藤さんにサプライズ――というわけでもないが、1人呼んでおるやつがおるんじゃ。そろそろ来ると思うんじゃが……」
ちょうどそのタイミングで、店の扉が開いた。
振り返ると、『バッカス』に現れたのは、まさかのアールジャックさん。
ここに来たことも驚きだが、改めて目の前で見る圧倒的な体躯に、私は息をのんだ。
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