第394話 悪役
意識を失ったスピンさんはすぐに担架で運び出され、勝者であるガロさんは歓声を浴びながら、ゆっくりと控室へ戻っていった。
「ガロさん、強いですね。相手の力を最大限に利用した戦い方……感服の一言です」
「避け主体で勝ち上がってきた中で、最速の攻撃だからな。対戦相手は不運だったと言わざるを得ない」
ルーアさんの言葉に、みんなが同意してうなずく。
そして、次はいよいよライムの登場。
アールジャックさんも底を見せていないため、非常に怖い一戦。
会場の雰囲気的にも、アールジャックさん対ガロさんを見たい空気がビンビンで、ライムがヒールのような立ち位置になってしまっている。
私が不安を覚える中、姿を現したライムは普段と変わらない様子。
ポヨンポヨンと跳ね、実に楽しそうだ。
「いつもと変わらないライムがすごいです! 僕なら緊張でガッチガチになりますよ!」
「それはジョエルが甘ちゃんだから――と言いたいところだけど、私も緊張はしそうな場面だね。会場の雰囲気が嫌すぎる」
ライムの登場にもかかわらず、応援の声量はアールジャックさんのほうが大きい。
そしてアールジャックさんが姿を見せた途端、会場が割れんばかりの大歓声に包まれた。
「すごい歓声。これ、アールジャックも嫌なんじゃないの?」
「普通の人なら影響が出そうですね。ただ、もう慣れていると思いますよ」
シーラさんの言う通り、片手を上げて堂々と歩いている。
緊張しているようにも見えないし、ライムもアールジャックさんもメンタルが強すぎる。
互いに定位置につき、すぐに試合が始まるようだ。
私の心の準備が整わないまま――審判が試合開始の合図を告げた。
先に動いたのはライムだったが、体を引き伸ばした状態での待機。
アールジャックさんは開始地点から一歩も動かず、互いに出方待ちの状態。
時間にしたら数秒だろうけど、長い沈黙に感じる。
私が生唾を飲み込んだタイミングで、アールジャックさんが動き――出したのと同時に、ライムがぶっ飛んでいった。
金色の体があっという間にアールジャックさんへ衝突。
バチンという物凄い衝撃音が響いたものの、なんとアールジャックさんはライムを受け止めていた。
両手で抱え込むようにして捕まったライム。
一見ピンチにも見えるが、ゼロ距離のため攻撃へ転じるのは意外と難しいと思う。
予想通り、抱えたライムを思い切り地面へ投げつけたものの、叩きつけられる直前にライムは硬化を解いて、スライムボディへ戻した。
ボールのようにポヨンポヨンと転がりはしたが、ダメージはほとんどないように見受けられる。
対するアールジャックさんは、真正面から突進を受けたためか体が赤くなっており、鼻からも軽い出血をしていた。
投げ飛ばされたライムはすぐ体勢を立て直し、攻撃が有効と見て再び体を引き伸ばし始める。
「やっぱりライムってすごいですね。まだ序盤ですが、絶対王者を押していますよ」
「体の硬さを自由に変えられるのって強いですね。あの攻撃方法を教えたのって、ベルベット様ですよね?」
初耳の情報に驚く。
てっきり自分で考えついたのかと思っていた。
「ええ。マンガを見て、私がライムに教えたの。あれは……スラスラのピストルってところね」
ドヤ顔で言い切るベルベットさん。
確かに似ているが、まさか海賊漫画の技をもろパクリしていたとは思わなかった。
「そんな背景があったんですか。言われてみれば似ていますね」
「ちなみにだけど、他の技も教えてあるわよ。ライムが使えるかは分からないけど」
違う技が出るかどうかも見どころになりそう。
そんな話をしている間に、ライムは再び突撃。
アールジャックさんは距離を取り対策してきたものの、またしてもバチンという強い衝撃音。
コロッセウムという場所の性質上、距離を取るにも限界がある。
本来はアールジャックさんの庭のはずなのに、ライムが有利に思えてきた。
ただ、二度目もしっかり受け止めており、次はアールジャックさんの攻撃ターン。
投げ飛ばしが薄いと分かったはずなので、次はどんな攻撃かと見ていたところ――
捕まれていたライムの体が、急に膨張した。
抱えきれなくなり、アールジャックさんはライムを手放す。
至近距離で再びチャンスを得たライムは、体を硬化させたのち、回転しながらの体当たりをぶちかました。
回転で威力は上がったが至近距離だったため、威力自体はそこまで高くなさそうだと思ったんだけど――それでもこの攻撃。受け止められず、アールジャックさんは軽く吹き飛ばされた。
圧倒的なライムペースに、先ほどまで大盛り上がりだった会場が静まり始め、その空気を受けて、ライムがドヤ顔しているように私の目には映った。





