第374話 奴隷の意識
誘拐犯騒動とライムとマッシュの帰還から、約2週間が経過した。
今年の秋は何かと騒がしかったけど、この2週間はまるで嘘のように平和そのもの。
久しぶりに農作業だけに専念し、午後はみんなで娯楽室で遊ぶ日々を送っていた。
スローライフの良さを改めて感じていたところだけど、寒さが増してきたこともあり、例年より少し早めに農業を終えることが決まった。
収穫量も昨年より大幅に増えているし、早めに終えても問題ないという計算も出ている。
宿も冬季期間は一時閉業するため、里帰りしたい人たちにはゆっくりと過ごしてほしい。
まぁ本音を言うのであれば、宿は冬季も営業したかった。
この辺り以外も冬は休業する場所が多いだろうし、旅行客が増える貴重な時期とも言える。
ただ、この地域は冬になるとほとんど何もできなくなるし、ここまでの移動も非常に大変だからね。
今、私の頭にある構想としては、まず提携している馬車会社にスノーディアを購入してもらうこと。
何頭かはすでに飼っているとのことだったけど、数が圧倒的に足りていない。
そして、交通の便を確保でき次第、裏山の一部をスキー場にする計画を立てている。
せっかく良い立地があるのだから、この場所を活用しない手はない。
というか、裏山の高い位置まで移動できる手段さえあれば、現段階でも十分スキーを楽しめる環境だと思う。
クロウのような飛行系の魔物を用意するか、あるいはロッゾさんやシッドさんに頼んでロープウェイのようなものを作ってもらうか。
どちらにするかはまだ決めかねているけど、スキー場の建設は来年を通しての目標の一つにしたいと考えている。
そんな大まかな構想を考えながら、今日は朝から部屋でゴロゴロしていると、扉がノックされた。
私は重い腰を上げ、扉の方へ向かう。
「……あれ、タマさん。どうしたんですか?」
来訪者はまさかのタマさん。
部屋までやってくるとは思っていなかっただけに、思わず驚いてしまった。
「冬の期間の過ごし方について聞きに来たのニャ!」
「冬の過ごし方ですか? 何が知りたいのでしょうか?」
「私たち獣人族はここに残らせてもらいたいのニャ! だから、冬にできる仕事を振ってほしいのニャ!」
「冬にできる仕事……ですか?」
仕事をしたいということだろうか?
急に言われても思いつかないし、あるとすればロッゾさんかジョルジュさんのお手伝いくらい。
ただ、冬の期間は2人ものんびりする予定みたいだし、短い期間ではあるけど王都に戻るとも言っていた。
「すみません。仕事がすぐには思いつかないですね。タマさんたちは仕事がしたいんですか?」
「うーん……? 仕事がしたいってわけじゃないけど、働かないとご飯が食べられないのニャ! “働かざるもの食うべからず”なのニャ!」
「タマさんを含め、獣人族のみなさんには十分働いてもらいましたよ。ですので、冬の期間は休んでください。ご飯もこれまで通り普通に提供しますし、渡したお給料を使って旅行に行ってもいいと思います」
そう伝えたのだが、タマさんはあまり理解できていない様子。
難しいことは言っていないはずなんだけど……。
「私たちは奴隷なのニャ! だから、他の方と一緒はおかしいのニャ!」
「ん? タマさんたちは奴隷なんかじゃありませんよ。元奴隷だったのかもしれませんが、ここでは他の方と同じです」
「……佐藤さんは変なのニャ! でも、嬉しいニャ!」
「当たり前のことを言っているだけですって。ですので、冬季期間は何も考えずに羽を伸ばしてください」
「分かったニャ! みんなにも伝えてくるにゃ! 佐藤さん、ありがとうなのニャ!」
タマさんは満面の笑みでペコリと頭を下げると、すごい勢いで帰っていった。
結局、私目線では何を聞きに来たのかよく分からなかったけど、納得してくれたようで良かった。
私は再びベッドに戻り、先ほどのゴロゴロの続きを再開する。
ぜひ獣人族のみんなにも、何もしない楽しさを感じてほしいな。
そんなことを考えながらウトウトしていると、再びノックの音が響いた。
タマさんが去ってから、まだ20分ほどしか経っていないのに、また来訪者。
ゴロゴロしたい気分とは裏腹に、今日は忙しくなりそう。
「……って、タマさん? また来たんですか?」
扉を開けると、そこには先ほど帰っていったタマさんの姿。
ただ、今回は1人ではなく、後ろには獣人族の仲間たちがいた。
「みんなに伝えたんだけど、理解してもらえなかったニャ! だから、佐藤さんから伝えてほしいニャ!」
タマさんの必死の訴えでも信じてもらえなかったあたり、彼らが“働かなくていい”という状況を想像できない環境で生きてきたのだと思う。
私はめんどくさがらずに、先ほどタマさんに伝えたのと同じ内容をみんなにも話した。
「……タマの話は本当だったのか」
「絶対に嘘だと思っていました……」
「だから、何度も言ったのニャ! でも、信じられないのも分かるニャ!」
「というわけですので、冬季休暇を楽しんでいただければ幸いです」
故郷がないのかもしれないけれど、体を休めることはできる。
これまで酷使してきただろうし、しっかりと休みを満喫してほしい。
「佐藤さん、本当にありがとう。ただでさえ良い環境で暮らせているのに……俺たちは幸せ者だ」
「いえいえ。私も助かっていますし、win-winですよ」
「この冬季期間にできることを見つけて、必ず役に立ってみせます」
「それはいいですね。良い休暇の使い方だと思います」
「いや、ちゃんと休んでくださ――」
私がそう言い終える前に、ワルフさんを先頭にみんなは帰ってしまった。
ちゃんと休んでくれるかは少し心配だけど……流石に働き詰めにはならないはず。





