第10話 バ美肉おじさんと戦闘準備
第10話 バ美肉おじさんと戦闘準備
エリアスさんからオークキングを討伐する許可を得た私たちは、さっそく戦いの準備を整えることにした。
これから軍隊を相手にするのだから、なりふりなど構っていられない。
輸送手段はインベントリがあるし、使えそうなものは何でも持っていく所存である。
「まずは服と食料をありったけ。それから武器になりそうなものと……防具も欲しいわね」
次々と物に触れてインベントリへと消していくルジェの横で、見学していたアイラが首を傾げた。
「……ナイフや包丁はともかく、鍋の蓋なんて何に使うんだ?」
「装備すれば防具になるでしょ?」
「ならんわっ!」
他にも野営に必要なベッドや食器棚を丸ごと入れたり、水瓶を入れたりしているうちに、めんどくさくなったルジェは天才的な閃きを得る。
「……もういっそ、家ごと持っていけないかしら?」
「そんなことできるわけが……」
ルジェはペタリと家の内壁に触れてみる。
「流石に地面に根差した家を収納するのは無理か」
しかしそこで、今度は私が閃いた。
『ふむ……ならば地面との間に境界を引けばどうだろう?』
思いついたら実験あるのみ。
まずはアイラを連れて家の外に出て、インベントリから出した血液を地面に染みこませ、家の地下1メートルくらいの高さで薄く広げる。
そうして血液の風呂敷で家の基部を包み込んでからインベントリへと収納してみれば、包んだ地面ごと家を収納できてしまった。
「よし……これなら野営の心配をしなくていいわね」
自分でも少し驚きながら、ルジェは胸を張る。
先ほどまで家があった場所には縦横20メートル、深さ1メートルくらいの四角い穴があいており、それをアイラが唖然と覗き込んでいた。
「……お、お前の【血怪秘術】はここまで非常識だったのか」
再び謎の厨二ワードを呟くアイラに、気になったルジェは質問してみる。
「【血怪秘術】ってなに?」
「ああ……お前はそれも忘れているのか……【血怪秘術】は高貴な吸血種の血脈に宿る異能の力だ。私も詳しくは知らないのだが、なんでも血液を介して【始祖】の力が受け継がれているらしい」
「ふーん……」
ルジェの力はまったく別物だとは思うけれど、カモフラージュとして【血怪秘術】を利用するのはありかもしれない。
女神様からもらった能力はチートっぽいし、秘密にしておいたほうがいいと思うのだ。
なにより【血怪秘術】とか、名前の響きがかっこいいし、必殺技に憧れるおじさんの少年ハートが疼いている。
これにはルジェも同感のようで、さっそく胸元で印を組んだ。
「――【血怪秘術・血精闘衣】」
そしてルジェが適当に考えた技名に合わせて、私はインベントリから取り出した血液を舞い踊らせる。
虚空から現れた鮮血はルジェの衣装へと吸い込まれ、その形をより洗練されたものへと変化させた。
下着はレース状に編み込まれ、ドレスはフリフリの豪奢なものへと変わり、足元の靴はロッキンホースバレリーナへと進化する。
……いや、まあ、アイラの家にルジェに合う服がなかったから、血液の衣装を更新しただけなんだけどね。
『今回はゴスロリチックにしてみました』
我ながら会心の出来である。
素材が赤一色だからどうしても単調なデザインになってしまうが、並列思考スキルで増加した思考回路のおかげで、形だけはお姫様っぽい仕上がりになった。
〈――行動経験により【操血・中級】が【操血・上級】へと成長しました〉
「……こだわりすぎでしょ」
あまりにも細部までこだわりすぎたせいでスキルレベルが上昇してしまったが、バ美肉おじさんは衣装にこだわる生物なのだから仕方ない。
『うーん……もっと操血スキルを極めたら、光の吸収率とかを変化させて、発色とかまで変えられないだろうか?』
日本人らしく、私は凝り性なのだ。
『あとで対応するスキルがないか探してみよう』
なんてことを考えていると、背後から驚愕の声が響いてくる。
「……ふ、2つも秘術を……っ!?」
そこではアイラが尻もちを突いて、早着替えしたルジェを呆然と眺めていた。
『いや……今ので秘術認定されるなら、いくらでもパターンを増やせるのだが……』
並列思考と操血のコンボだけでも、かなりの数を用意できるだろう。
アイラの中で秘術のハードルが低いことに、ルジェの口角がニヤリと上がる。
そして全力全開のドヤ顔で、吸血姫はアイラへと宣言した。
「――いいえ、あたしの身体には、四十八呪の【血怪秘術】が秘められているわ!」
電光石火で厨二な設定を創り出したルジェ様を前に、
「よよよ、48って!?」
アイラはガタガタと震え出す。
「ま、まさかルジェは伝説の……【皇種】だったのかっ!!??」
「あんたってさ……ほんとにリアクションがいいわよね…………」
●◇●◇●
冒険の準備を整えたルジェとアイラが村の外に向かうと、道中にある広場にエルフたちが集まっていた。
彼らは旅支度を整えたアイラを見つけると、すぐに群れをなして駆け寄ってくる。
「おっと」
彼らはアイラしか見ておらず、ルジェのことが目に入っていない様子だったので、モミクチャにされる前にルジェは影に潜って距離を取った。
「アイラちゃん……オークキングの討伐について行くって本当かい? アイラちゃんは弱いから、あたしゃ心配だよ……」
「そうだぞ! ケガでもしたら大変じゃないか、いくら吸血種の武人様がいっしょとはいえ……まだ嫁入り前の身なのに……」
「ここに居ればいいじゃないか! お前は本当に弱いんだから!」
アイラは弱いというのが村人の共通認識なのか、口々に彼女を心配する声が上がる。
「アイラお姉ちゃん、クソ雑魚なのにオークキングを倒しにいくとか正気なの?」
特に最後に発せられた幼女の言葉が純粋すぎて、出発前からアイラは心に大きなダメージを受けていた。
「私はそこまで弱くないっ!」
村中のエルフがアイラを心配して駆けつけたらしい。
「愛されてるわねぇ……」
エルフは老いることがないのか、広場には美男美女が揃っている。
浅黒い肌をしたシャドウエルフに、エリアスさんみたいな金髪と純白の肌を持つライトエルフ、茶髪で穏やかな顔立ちのウッドエルフ。
アイラに聞いた話によれば、エルフという種族は主にその身に宿す精霊によって区別されるらしく、シャドウエルフは闇の精霊、ライトエルフは光の精霊、ウッドエルフは森の精霊といった具合に、生まれた時から精霊を肉体に宿しているのだとか。
この村にいるエルフはこの3種だが、東の迷宮都市には自由を愛するウィンドエルフが数多く暮らしており、アルカディア共和国に行けば雷や氷などの特別な精霊を宿したエルフも存在しているそうだ。
「羨ましいわぁ……あたしの中にいるのなんて、美しさとは無縁の精霊だし」
『失礼な!』
ワチャワチャとアイラに群がるエルフたちを眺めながら、ルジェは手ごろな木の幹に寄りかかって強者のポーズを取った。
村人たちにはオークキングを小指の先で屠れるルジェがアイラに実地指導を与えると説明されているはずだから、ここでの強者アピールは必須なのだ。
というか中にはルジェのことを疑わし気に見ているエルフもいるし、ここは下手に近づかないほうがいいだろう。
そうしてルジェが見送りの輪に入れてもらえない寂しさを押し殺していると、
「へぇ……貴女の中にいるのがどのような精霊なのか……とても気になります」
いつの間にか近くにきていたエリアスさんから話しかけられた。
「私にはどうしても、貴女の中にいる精霊の気配を感じられないのですが?」
痛いところを突いてくる問いかけに、並列思考で別人格を作ってイチャイチャしています、なんて説明するわけにもいかず、
「あたしの中にいるのは異界の精霊だからね……この世界の精霊とは、存在の相が違うんじゃない?」
ルジェはミステリアス路線で対応することにしたらしい。
バ美肉おじさんは精霊みたいなものだから、嘘は言っていないだろう。
「ふむ……そこまで特殊な精霊なのですか…………」
顎に手を当てて考え込むエリアスさんに、ルジェは軽く肩をすくめる。
「悪い奴ではないんだけどさ……私自身のことといい……わからない部分が多いのよ」
実際、まだ異世界転生して二日目で、わからないことだらけだし。
「……そんな状況でアイラの手助けをするなんて……ルジェさんは相当なお人好しなのですね」
「それは違うわ」
エリアスさんの微妙にトゲのある言葉を、ルジェはきっぱりと否定する。
「あたしはただ、自分の欲望に従っているだけよ」
「欲望……ですか?」
「ええ、デカ乳を心置きなく揉み揉みしたいという欲望に」
「…………」
それを聞いたエリアスさんはしばし固まり、体を腕で隠しながら恐る恐る訪ねてきた。
「いちおう訊いておきたいのですが……もしもオークキングを倒した暁には、私になにを求めるつもりなのでしょうか?」
ルジェはエリアスさんをしばし眺め、
「あんたはプリケツがキュートだから、お尻を好きにする権利をもらおうかしら」
プリッとした臀部に狙いを定める。
「……アイラが生還して、ルジェさんが生還しないことを……私は心より願っております」
そして青褪めたエリアスさんと大勢のエルフたちに見送られて、ルジェとアイラはオークキング討伐へと旅立った。
●◇●◇●
《取得スキル一覧》
◆職業
【体術・初級】【軽業・中級】
◆種族
【吸血・基礎】【再生・初級】【操血・上級(UP!)】
【並列思考・中級】【潜影・基礎】【鋭爪・基礎】
【聖邪吸収】
◆固有
【金月神の祝福】




