10.会いたくない人物
「あれ、クロード様?」
三人で話しながら馬車が待つ場所まで来ると、ちょうど旦那様が待っていた。一番初めにミシェルが旦那様の姿に気づき、不思議そうにその姿を見ている。
「どうしてこちらに? 侍従に途中で会いましたか?」
「会ったな。そこでお前からの伝言を聞いた。後を追うよりも、こちらに直接来た方が早いと判断しただけだ」
ミシェルが納得する様に頷く。
「お邪魔ではなかったですか?」
「ちょうど伯爵との話は終わって、リーシャを探していたところだったから問題ない」
「わたしを探していた?」
「どうせ聞きたい事だけ聞いたら早々と帰るだろうと思っていたから、そろそろいい時間だと思ってな」
さすが旦那様。わたしの事を良く分かっていらっしゃる。
予定外の出来事が起きたので帰ろうという事になったけど、もともと話を聞いて挨拶したらさっさと帰宅する予定だった。
なにせ、社交は面倒くさい。しなくていいならしたくない。
もちろん友達作りはした方が良いけど、今日の目的は友達作りではないのでそれは後日だ。
まあ、やるかどうかはその時のやる気次第なところもあるけど。
「そういえば、アンドレット侯爵夫人を見かけたが、何か話したか? 遠目に見かけた程度だが、あまり機嫌がいいようには思えなかったが」
ミシェルは扇を手で弄びながら、視線をそらせた。
「話はしてませんよ。すれ違っただけです。その時リーシャ様と歩いているところだったので説教は遠慮して下さったみたいですけど」
「なるほど? その恰好について何か言いたかったようだな」
男に戻ると言って公爵家の保護下に入ったというか、騎士として雇われたのに女装してお茶会を楽しんでいる姿を見られたら、物申したくなるよねって話だ。
一応ミシェルを庇うなら、男の姿よりも女装の方が近くで護衛もしやすいっていうのは本当だ。だけど、ミシェル自身仕事中に半分遊び気分で楽しんでいたのは否定できないだろうから、アンドレット侯爵夫人とは話をしたくないだろうね。
「ミシェル、久しぶりに会ったんだろう? せっかくだから少し話してきてもいいぞ?」
「それは別にいいですよ、クロード様。気を使っていただきありがとうございます」
「命令だ、あいさつに行って来い」
満面の笑みでミシェルが返すと、意地の悪そうな顔で再度促す。しかも今度はしっかりと命令付きだ。
いやぁ、ミシェル絶対行きたくないって思ってたの分かって言ってるだろうなぁ。かわいそうに。
「ほら、もうお帰りになりますし、待たせるのも申し訳ないですから」
「馬車は二台。一台はお前のために残しておいてやる。ロザリモンド、同じ馬車でいいな?」
「ええ、もちろんですわ。折角会えたご親族の方ですもの。たまにはゆっくり話でもされたらいかがでしょうか?」
ロザリモンド嬢ははたしてどちらの味方なのでしょうかね? ミシェルのためを思って善意で言っているのか、はたまた旦那様の味方となっているのか。
この人に空気読んでって言葉は通じない。
自分の思った事を口に出す自由な人だから。そう考えれば、善意の言葉なんだろうなぁ。さっきも侯爵夫人とすれ違った時もミシェルに会いに来たのではないかと言っていたし。
掴み切れないところがあるから時には相手にとって嫌がらせな行動に思えてしまうけど、自分がされて嫌な事は絶対にしないというのは一貫してると思う。
ただし、その嫌な事にはどれが入るのか分からないだけで。
結局ミシェルは嫌々ながら、踵を返して戻っていく。
待っててあげるから! と声をかけると、ミシェルは力なく笑ってはぁとため息をついた。珍しいミシェルの態度に、大丈夫かなと心配になる。
「死にそうな顔でしたけど、大丈夫でしょうか?」
「たまにはしっかり叱られた方が奴のためだろう」
はっと口の端で笑う旦那様は、ロザリモンド嬢とは違って絶対善意ではなく、ミシェルに対する嫌がらせの一貫だろうなと思ってしまった。
一体、何かあったのだろうか。この二人の間に。
でも、雇い主という立場は強力なので、結局最後はミシェルが負ける。
「ほどほどにしてあげてくださいね」
「あの愉快犯にはたまにはいい薬だ」
やっぱり何かあったのかな? なんか棘がありますけど。
「ところで、クロード様は伯爵様とどんなお話があったのですか?」
ロザリモンド嬢が話を変える様に旦那様に質問する。
旦那様は、じっとわたしを見下ろした。
「え? わたしに何か?」
「いや、くぎを刺しておいただけだ」
「くぎですか?」
「そう、余計な事には首を突っ込むなと。まあ、聞くかどうかは分からないが、少なくとも伯爵は自ら争いごとに突き進む気はないようだ」
「一体、何のお話ですか?」
ロザリモンド嬢も何の話か分からず、首を傾げた。
もちろん、わたしも分からない。
一体何のことか聞こうとすると、先に旦那様がふいに顔を上げ面倒そうに眉を寄せつぶやいた。
「どうやら、一足遅かったらしいがな」
「えっ?」
その様子は若干不機嫌そうで、旦那様がわたしの腕をぐっと引く。
「きゃ!」
驚きで、短い悲鳴がわたしの口から漏れた。あまりにも予想外の動作に、腕を引かれたわたしは転びそうになる。
わたしの腕を引いた旦那様は一歩前に出てわたしを自分の背の後ろに隠すようにして立つ。
「ちょ、ちょっと、いきなりなんですか!」
旦那様に抗議するように睨むと、旦那様は視線だけ動かしてわたしに命令した。
「静かにしてろ」
ムッとしながらも、視界に移る旦那様の横顔を見上げると、旦那様はまっすぐ視界の先に何かを捕らえている。
感情が削ぎ落されたように無表情だ。
「お知り合いですか?」
ロザリモンド嬢が旦那様に尋ねる。
誰かがいるようだけど、旦那様の背に隠れるようにしているわたしは見えない。若干見えているのは旦那様の横顔だけだけど、あまりいい雰囲気ではないことは分かる。
「知り合いと言えばそうかもな」
知り合いじゃないと言えばそれも正しいと? 一体どっちなんですか、旦那様。
「目を輝かせておりますよ、あちらのお方。わたくし、今睨まれませんでした?」
「さぁな」
いや、あの。二人で分かり合っていないで、わたしにも教えてほしいんですけど。特に旦那様、お知り合いのようですけど?
「ミシェルを待つんじゃなかったな。さっさと帰るべきだった」
「そんなに厄介なお方なのですか? わたくしにはそう見えませんけど」
「厄介と言えば、厄介だな。話の通じない相手というのは、厄介以外の何物でもない」
それ、ロザリモンド嬢を皮肉っているんでしょうか旦那様。
「あら、近づいてまいりますけどやはりお知り合いなのですか?」
「たとえ私が知らなくても相手が私を知っている事は良くある」
それはそうでしょうね。その特徴的な深紅の髪と深紅の瞳をこの国で知らない人はいない。それこそ、貴族以外の国民だって知っているし、なんなら国外の人だって知ってる人は大勢いる。
そうこうしているうちに、コツコツと足取り軽いヒールの音が耳に入って来た。
相手が女性だという事は、ロザリモンド嬢の言葉で分かったけど、一体誰だろうと思っていると、相手の第一声にわたしは肩がびくりと震えた。
先ほどの突然の旦那様の行動の意味を理解して、心の中でそっと感謝する。
「お久しぶりでございます、クロード様! このようなところでお会いできるなんて、わたくしとクロード様はきっと素晴らしいご縁があるんですわ!」
その声は、この中の誰よりも聞き覚えのある声で、最も会いたくない人物。
わたしは思わず旦那様の背に縋りつくように手で服を握る。旦那様は分かっているとでも言うように、わたしを背に庇ったまま冷たく言葉を放った。
「久しぶりだな、ベルディゴ伯爵令嬢」
旦那様と言葉を交わしている相手。
それはわたしの異母姉であるアグネストだった。
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