7.箱入りは時として迷惑しかない
「わたくしはベルディゴ伯爵家と少し親交がありまして、その縁でアグネスト嬢と話す機会がありましたの。本当に困っていらして、このままでは望まぬ結婚をすることになるでしょうね」
どうやら、本当にお優しい方らしい。
そんな性格でよく社交界でやっていけるなぁと思うけど、彼女はきっと本物のお嬢様育ちなんだろうと思った。何一つ苦労することなく育ち、上の者が下の者を守る事は当然と考え実践する。
それは周りを支えている人が、一番苦労していそうだ。
正直、伯爵夫人と比べてまだ皇女殿下の方がましなのかもと思う。皇女殿下の場合は悪意をはっきりと感じたからわたしも対応しやすかった。
でも伯爵夫人は違う。悪意はなく、純粋な親切。ありがた迷惑だけど、こういう人は悪意を持って近づく人に食い物にされる。
そして、それに気づかないように周りが守ってきたんだろう。
傷つくことなく自分の望むとおりになってきたのなら、自分が正義だと思っても仕方ない。
だけど、一応良識ある方なのだからわたしに直接言ってくることはないと思っていた。
つまり、彼女にとってわたしは公爵夫人ではあるものの、自分より下の人間だと思っている証拠だ。
これ、正論で返したらどうなるんだろう? 面倒な事になるかなぁ? 彼女の旦那様である伯爵に旦那様が一言もらう羽目になるかな……。
面倒くさい事になりそうで、どうしようかと思っているとロザリモンド嬢が不愉快そうに口を挟んだ。
「伯爵夫人、あなたがリーシャ様におっしゃった事はまるで上の人間が下の人間に注意するかのような言い方ですわ。いいですか? 親しい親族ならともかく血族でもない方が他領の事に口を挟むのはおかしいです」
ロザリモンド嬢……あなたも他領の人間ですけど、散々リンドベルド公爵家の事に口出していましたよね? あ、親族だから自分はいいって事ですか?
ミシェルもロザリモンド嬢の言い分が何かおかしい事に気付いたけど、ここで横やりを入れない方が良いことくらいは分かっているので口元を隠しながら様子を窺っていた。
おそらく、ロザリモンド嬢が言わなければミシェルあたりが言い返していそうだ。いや、好戦派のミシェル派閥も黙っていないかも。
そうなったら収拾つかなくなりそうだわ。あー、なんか嫌な予感が的中って感じなんですけど!
「まあ、あなた! 失礼なのはどちらなのかしら? 公爵夫人と話している最中に横から話の腰を折るなんて……」
「あら、そのお言葉、お返しいたしますわ。わたくし、礼儀を弁えていらっしゃらない方って好きになれません。もちろん、リーシャ様もきっとそう考えていらっしゃるわ」
えぇ……、そこでわたしを巻き込むの? いや、はじめから巻き込まれていますけど……というか当事者ですけど。
「リンドベルド公爵夫人、このような令嬢とのお付き合いは少し考えた方がよろしいかと存じ上げます。上位者同士の話に口を挟むなどマナー違反ですよ」
ロザリモンド嬢も自分が正しいと思っているから、伯爵夫人と意見がぶつかる。明らかに気分を害しましたと顔に出ている伯爵夫人にとって、ここまであからさまに注意を受けるのは初めてなのではなかろうか。
個人的に言えば、ロザリモンド嬢がんばれ! だけど、ここは一応主催者の顔を立てておいた方が後々楽そうだ。
なんだかんだ言っても長年社交界で生きてきた長老格のお方。
悪し様に罵るようなことは無くても、少しの苦言である事ない事広がっていくのが社交界というか貴族。
できれば、伯爵夫人とは相いれないから今後お付き合いしたくないけど、丸く収めるためにこちらが多少譲歩しようじゃないか。
もちろん、全部譲歩する気はないけど。
「伯爵夫人、わたくしのお友達の非礼をお詫び致します。彼女はまっすぐな性格ですので間違った事が嫌いなんです」
そうそう、間違ってないよ? ロザリモンド嬢はまっすぐで自分の好きなように生きている自由人だからね。
「わたくしが間違っているとおっしゃられるの?」
「それに関してはそう言わざるを得ません。なぜ一方の意見だけでわたくしが非難されなくてはいけないのですか? 実家の人間が嘘をついているとなぜ考えないのでしょうか? 親交があるから? 裁判でもそのような判決は下されません。きちんとお互いの主張を聞いてから判断してくださいます」
凝り固まった正義感を正すのは一苦労だ。
こんな風に絡まれることがあるから、社交は好きじゃない。せめて両方の意見を聞いてほしいものだと思う。
二つの意見を聞いてそれでも批難すると言うのなら別に構わない。単純にわたしと伯爵夫人の考えが合わないという事だから。
「でも公爵夫人、あなたが伯爵家の資産を食いつぶしていたからご実家が困る事になっているんですよ。それについては申し訳ないとお思いにはならないのですか? ご結婚なされたから関係ないということでしょうか?」
朗らかに微笑みながらも、批難の言葉は止まらない。機嫌の悪さを隠すように微笑む姿はさすがだ。でも、一瞬でも表に出ているあたりはなんとも。
だから、どうして片方の言葉しか信じないんですかね? まあ、そうやって生まれて生きてきたらしょうがないけどさぁ!
真綿に包まれるように育ったんだろうなぁ。うらやまし――くはない。
「それこそ夫人には関係のない事です。これはわたくしからの忠告ですが、他人の家に口を出すのはおやめになられた方がよろしいかと」
外野が口を挟んでいい方向にいくとは思えない。
彼女はベルディゴ伯爵家と親交があると言っていたけど、少なくともわたしは知らなかった。
「わたくしは、アグネスト嬢を気の毒に思っているだけなのです。若いご令嬢が望まぬ結婚を強要されるなど、あってはならないでしょう。わたくしのお友達もみなそう考えておりますのよ」
じゃあその正義感をもっと下に向けようよ。
下級貴族の間では売られるようにして結婚するなんてざらにありますけどね?
「アグネスト嬢も妹君に嫌われていてお辛いのよ。異母姉という立場ですから多少あなたにも思うところがあるでしょうし、仕方がない事もあるでしょう。それでもあなたから歩み寄って行かなければ、愛人の娘として産まれた彼女は肩身が狭い思いをしているはずです」
肩身が狭かったのはむしろわたしの方だ。
見るからに父親から大事にされていたのは異母姉の方だって、普通分かるでしょう?
「とにかく公爵夫人、少しご実家の方とお話しをされた方がよろしいとかと存じ上げます。お互いに誤解し合っているという事も考えられますし。実は公爵様から本日のお茶会のご出席のお返事をいただいた際に、わたくし、公爵夫人がご実家の方々とお話できるようにとご実家の方もお呼びしましたの。内密にお話しをされたいという事でしたので、邸宅の一室にてお待ちいただいておりますわ」
「え?」
いや待って? ちょっと待って? 無駄に行動力ありすぎでないの?
箱入りって時として大胆すぎるから怖い。自分の妻がそんな事してるって、伯爵はご存じなんだろうか……。
どうでもいい話ですが、今日はポッキーの日。
最近ではポッキー&プリッツの日と呼ばれるらしいけど、わたしは完全にポッキー派。
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