6.実家との距離
本日二話目
「アマンダ、少し落ち着きなさい。リーシャ様が困っているわ」
リース嬢がアマンダ嬢の肩に手を乗せ、彼女の勢いを押さえてくれた。
アマンダ嬢はその言葉にはっとして、わたしが若干引き気味になっていることに気付くと、恥ずかしそうに両手で頬を包みこんだ。
「申し訳ありません、リーシャ様。少しはしたなかったようです」
「いえ、それだけお好きなのだという事が分かりました」
アマンダ嬢が興奮する理由も分かるので、わたしは苦笑しかなかった。
だって、一日中撫で繰り回したいって思うもの。わたしも。
「もしかして、リーシャ様は隣国に何か伝手でもあるんですか? それで公爵領まで行かれていたとか?」
「そうではないんですけど、少しヴァンクーリの毛が手に入りそうだったので、どうやって使うのがいいのかと悩んでいまして」
本当に困ってるんだよね。
慣れていないものを扱うとなると失敗の事も考えて、そうすると実際に流通させることになるのは少ないかもしれない。
旦那様はこれは公爵領の領主主導の事業として大々的に行うつもりはないと言っている。つまり、利益としては元が取れてこの事業の中枢である村にお金が流れる様になればいいと思っている。
それがあの村で事業を行おうとしている理由だし。
「少し考えてみますね。貴重なお話ありがとうございます」
にこりと微笑むと、それとは逆にリース嬢とマチルダ嬢がお互いに視線を交わし合い困ったように微笑んだ。
「あの、リーシャ様これは差し出がましい事かも知れませんが、もしリーシャ様か公爵家主導で事業でも立ち上げるおつもりなら、しばらくは様子を見た方がよろしいかと思います」
「……なぜでしょう?」
マチルダ嬢の様子からあまりいい話ではないようだ。
「その、これはリーシャ様に言うのはためらわれる事なんですけど、最近ご実家の事をお聞きになられませんでしたか?」
言いにくそうに声をひそめてリース嬢が窺ってくる。
「それは……」
聞きましたともつい最近。わたしの実家の現状が社交界でも結構広まっているらしいことも。
わたしの反応で知っていると理解したリース嬢が扇で口元を隠しさらに声をひそめた。
「ご実家をお助けにならないのでしたら、新しい富を築くのはしばらく様子をみるか、もしくはどなたかに仲介してもらったほうが悪評に繋がりにくいかと思います」
なるほど。リース嬢が何を言いたいのか理解した。
公爵家はもともと相当裕福な家柄で、新しい事業を起こして成功すれば富の独占だと言い出す貴族が一定数以上いる。それはなんとなく知っていたけど、今回はさらに厄介な問題に発展する可能性があると。
困窮している嫁の実家を援助することなく新しい事業を立ち上げて、富を得れば余計に何か言ってくる貴族がいるはず。
完全にやっかみではあるけど、それが人の性。さらに公爵家の名誉を少しでも落としたい貴族もいるので、そういう人たちが徒党を組んで公爵家の悪評を広げるという事だ。
さっきから少し視線を感じていたのは、わたしがリンドベルド公爵夫人だからという理由もあるけど、それ以外にも実家の事があるからなんだろうなとは思っていた。
「ご助言ありがとうございます。公爵様とも相談して色々決めたいと思います」
二人に礼を言って、これはわたしだけでは解決できない問題だなぁと思い旦那様に丸投げしようかなと考えていると、今日の主催である伯爵夫人が近づいてきた。
招待客へのあいさつがすんだようで、今回最も身分の高いわたしへ再び声をかけに来てくれた。
「本日はお越しくださりありがとうございます、リンドベルド公爵夫人」
「いえ、こちらこそご招待してくださりありがとうございます。素晴らしい庭園ですね。こうして花を眺めていると心が安らぐ思いです」
社交辞令ではなく、本当に見事な庭園だと思う。
伯爵夫人はわたしとその周りにいるお友達を見て微笑んだ。
「お若い方にはただ花を眺めて歓談するなんてつまらないお茶会でしょうが、楽しんでいただけているようで何よりです」
社交は好きじゃないけど、こうしてお友達に会えるのならたまには社交もいいかなとは思う。わたしが社交嫌いなのは、お友達がいなかったせいも大いにある。悪意ある嘲笑の的にされていたら好きになれるはずもないけど。
「リンドベルド公爵家も庭園がありますが、こちらは華があってとても楽しめます」
公爵家の皇都邸にもそれはそれは素晴らしい庭園があるけど、華があると言うよりは落ち着いていると言った方が良いかも知れない。旦那様の好みが反映されているけど、庭園を眺めているともう少し華やかにしてもいいのかなと思う。
今度聞いてみようと心の中で決めた。
「わたくしは実家の庭園も好きなんですよ。こちらに比べたらささやかなものでしょうが、思い出がつまっていますもの」
いきなり伯爵夫人の実家の話になり、話題がタイミングよすぎて警戒心がわいた。
でも一つ言えることは、全く共感できない。実家は色んな意味で思い出の地ではあるけど、好きか嫌いかで言われると嫌いに属する。
「そうなんですね」
答えに困って微笑みながら無難に答えると、伯爵夫人が困った子を見るかのような目でわたしを見た。
爵位的にはわたしが上だけど、社交界の上層部にいるようなご夫人を積極的に敵に回すつもりもないので、無礼な視線は気にしないことにする。
「ところで夫人……あまりわたくしのような者が口を挟むのはよろしくないと思いますが老婆心ながら一つ助言を」
「なんでしょうか?」
「確かに夫人はすでに結婚して他家の者ではありますが、だからといってご実家を大切になさらないのは間違っていると思います」
やっぱりか。なんか分かってたんだよね、実家の話を持ち出された時から。この人わたしの中で優しそうな人から面倒くさい人になったわ。
言っている事はもっともな事でも、事情を知らない外野がとやかく言う問題ではない。
しかも、どうして実家を大切にしていないって話になるのかな? もしかしたらすでに援助してるかもしれないじゃない。いや、していないから伯爵夫人の言っている事は正しいけど、そういう問題ではない。
彼女のしている事は不確かな情報で相手を非難しているという事。それが自分よりも身分が下ならばともかく、わたしは一応伯爵夫人よりも身分的には上の公爵夫人だ。
たとい年齢が上であって人生経験豊富であろうとも、はっきりと間違っていると口にするのは身分的にはマナー違反ともとれる。
それこそ、親しい親族とかならまだ分かるけど、わたしと伯爵夫人は初対面だ。
彼女の言葉にわたしの周りで聞いていた面々もおかしいと思っている様だけど、明らかに上位者である伯爵夫人に意見するのは躊躇われるようだ。
「夫人、公爵夫人が間違っていると非難するという事は、何か確信があっての事なんでしょうか?」
侯爵家とは没交渉だけど、一応侯爵令嬢としてこの場にいるミシェルが伯爵夫人に眉をひそめながら問う。
でも確信がなければ言わないよね。一応上位貴族として長い年月過ごしてきたんだから、自分の発言がいかに非礼であるかはわかっているはず。
それでも口に出すという事は確信に近い何かがあるという事。
しかし、次に伯爵夫人が口にした言葉でわたしは盛大にため息をつきたい気持ちになった。
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