3.薄情と言われようとも決意は固い
ラグナートから手紙を受け取ると、旦那様はそっくりそのままわたしに渡して来た。
「なんですか?」
「読みたいかと思って」
「一応言っておきますけど、わたしじゃなくて旦那様に来た手紙ですけど?」
それに、読まなくても書いてある内容が何かは分かる。一応わたしの家族の――父親の考えそうな事ぐらいは理解してますので。
おそらく旦那様も分かってるんだろうけど。
だからなのか、旦那様も面倒そうにしながら中身を取り出して読んでいく。
「思った通りだ」
「そうでしょうね」
二人で分かりあってると、正面に座っているロザリモンド嬢が困ったようにわたしたちに言った。
「申し訳ないんですけど、二人で分かりあわないでいただいてもよろしいでしょうか? 仲が良い事は喜ばしい事だと思いますけど」
「べ、別に仲が良いわけでは――!」
慌てて否定しようとするとミシェルが言葉を遮るように微笑ましそうな声音で言った。
「うんうん、リーシャ様がちょっとややこしい性格なのは分かってますけど、この際お二人の仲はおいておくとして、こっちにも説明していただいても? 何せ、リーシャ様のご実家については多少知ってる程度なので」
「私は、全く知らないですね」
「あら、わたくしもよ。不勉強で申し訳ないんですけど、田舎の領地って事くらいしか知りませんもの」
ロザリモンド嬢、確かにその通りだけど一応目の前に元領主一族の娘がいるんですけど。事実だけど、傷つく人はいますからね? わたしは別に傷つかないけど。
でも、どうやって説明すればいいんだろうか。わたしが自分で説明するとなんだかちょっと自慢? っていうか憐れみを誘ってる? みたいに感じるのよね。
うーん、と悩んでいると隣に座っている旦那様がサクッと事情を分かっていない面々に説明した。当然、この結婚の事情も。
「つまり、リーシャ様とラグナートさんが領地経営してなんとかなっていたけれど、二人がいなくなってあっさりと経営が傾いて今に至ると?」
「そう言う事だな」
ミシェルが簡潔にまとめる側で、なんとも言えない笑みが深まるロザリモンド嬢と視線が合った。
「リーシャ様もご家族で苦労なさっているんですね……、でもクロード様が冷遇されているリーシャ様を見初めたなんてまるで小説の中の話の様ですわ」
「いや、ロザリモンド嬢……、別に見初められてはいないんですけど。ただ都合が良かっただけで……」
「まあ! 都合が良かっただけなんてそんな事はありませんわ。クロード様だったら、もっとよりよい条件の方がいらっしゃったはずですもの。それなのにリーシャ様を選ばれたのは、きっとリーシャ様にお心を寄せていたからですよ」
「少なからず想いが無ければ結婚などしない。一生の問題なんだからな」
とは言っても旦那様。その好きの感情は人間として好きって感情でしたよね? 今はちょっと違う意味合いだって言うのは理解してますけど、はじめからそうだったなんて誤解のあるような説明はしないで下さいませんか?……そして、話がそれてますから!
「ごほん! いいですか、話を戻しますけど!」
「あら、わたくしはお二人のなれそめを詳しくお聞きしてもよろしくてよ?」
「よろしくありません! 話はわたしの実家の事だったはずですよ。ええと、簡単に言えばミシェルのまとめたことで大筋はあってますよ。まさか破綻寸前にまでなってるなんて知りもしなかったし、もう少し緩やかだと思ってたんですけど……」
これは本当にそう思ってた。
それに、一応ロックデルを送り込んだからそれなりになんとかなるんじゃないかなぁとも。
「手紙の内容をお聞きしても?」
「聞かなくても大体みんな予想していそうだけど」
肩をすくめながら手紙の内容を話す。
言われなくても分かると言った通り、全員がやっぱりねという顔だ。
「想定内だろう?」
旦那様が手紙をラグナートに手渡し、処分する様に命ずる。
「そうですけど……でも、旦那様的にどうするつもりなんですか?」
「それを聞くのは私の方だが? リーシャがどうしたいかによるな」
わたしへ丸投げかと思いきや、違う様だ。本当にわたしの意志如何で旦那様の取るべき対応が変わるらしい。
でも、わたしの答えなど一つしかない。
「無視しましょう」
今さらなぜ助けなければならないのか分からない。
わたしを見限ったのだから、こちらを頼るのはお門違いだ。父からしたらわたしに頼ると言うよりも旦那様に頼ろうとしてるんだろうけど、同じようなものだ。
薄情と言われても、わたしには彼らを助ける義理はないと思っている。
領民だって、わたしの事をよく知りもしないのに。散々わたしを悪女の様に噂してくれた。まあ、それは継母や異母姉のせいだと言えるけど。
そう考えると、確かに領民も被害者と言えなくもないけど……でもね……。
「罪悪感を持つ必要はない。君はもうリンドベルド公爵家の一員だ。実家にされた仕打ちを考えれば、見捨てたとしても理解できる」
「別にわたしは見捨てても後悔はしませんよ……」
ベルディゴ伯爵家から嫁に出て、未練はないと言えばうそになる。あの地はずっとわたしの血族が守ってきた土地なのだから。
特産品も何もない北の大地ですごい田舎だけど、過労とストレスで倒れそうになりながらも守ったのは、やはりわたし自身が失いたくない思いがあったからだ。ただし、その思いもだいぶ薄れているけど。
実はその話を聞いている時、わたしよりもずっとあの地に思い出があるラグナートはどう思っていたのか気になった。
「わたしよりも、ラグナートはどう思っているのか知りたいんだけど」
きっとわたしが見捨てたら、領地を売るだろうことは想像がつく。それしか売れるものがないのはわたしが一番知っている。
他人にその土地が渡る可能性があるけど、ラグナートはそれを許せるのかどうか。
「私はすでにリンドベルド公爵家の人間です。たとえ他人の手にあの地が渡ろうとも、思う事はございません」
感情を隠すのが上手いラグナートの嘘を見抜くのは難しい。言葉通り信じていいか判断に迷う。
「では、結論は出たな。援助はしない、いいな?」
確認の様にわたしに問う旦那様に、頷いて返した。
「ほかに報告はあるか?」
「特にございません」
ラグナートがそう答えると、この話し合いの場は解散となった。
ゆっくり休めと旦那様に言われ、なんとなくもやもやするわたしは遠慮なくベッドにもぐりこんだ。
気にする必要はない。だって、ベルディゴ伯爵家からわたしがいなくなる事をみんなは望んだのだから。
だからわたしもベルディゴ伯爵家を捨てる様に旦那様と結婚した。
お互い様だと思う。
もう関わり合いになりたくないなと思いながら、ベッドの中でゴロゴロする。
なかなか寝付けずにいたけど、やはり体は疲れていたのかいつの間にかうとうとして瞼が重くなっていった。
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