2.お約束な出来事
疲れた身体に染みわたるぅ!
部屋に入ると、皇都邸にお留守番だった侍女二人が待機していた。
そしてお風呂の準備がされていて、お湯に身体を浸けると一気にリラックスモードに突入。
二人もせかさないから結構のんびりしていた。
いいのかぁ? なんて思ったけど、まあ女性の身支度に時間がかかるのは世の常だしね! それぐらい待つ度量は男側に求められるものだ。
と、まあお風呂でリラックスして着替えると、このままベッドにダイブしたい気持ちがむくむくと湧き上がる。
なにせ公爵領ではゆっくり休めなかったし。
だって、旦那様と寝室同じだし、相手は仕事してるのにわたしが寝てるとかなんか気まずくない? いや、それが契約だったから別に気兼ねなんてしませんでしたけど? でもやっぱりゆっくり休めないんだよ!
そもそも、色々あってその後始末に追われてたら、意外とお昼寝ってできなかったし。
わたしの堕落生活はどこ行ったんでしょうね? と疑問に思いつつも、旦那様の言葉は正解だったと再確認。
もともと仕事したくてしてたわけじゃないけど、何もしないと身体がむずむずする。
堕落生活なんてすぐに飽きるものだって今なら分かる。
わたしの家族の様に骨の髄まで堕落しきってるのなら別に何も思わないんだろうけど、ラグナートに仕込まれたわたしは立派な仕事人間に成長した結果、堕落を楽しめない。
なんとなく、公爵家の資産を使いまくって遊ぶのには躊躇しちゃうんだよなぁ。
全く、どうしてくれようこの体質。
「遅かったな」
執務室に入るとすでに全員がそろっていて、わたしが一番最後だった。ロザリモンド嬢もすでに着替えてソファに座ってお茶を飲んでいる。
なんか少し気まずい。
「これでも頑張りました」
ベッドにダイブという誘惑に耐えてがんばったんだよ、と言い訳は言えるはずない。
ロザリモンド嬢の正面に旦那様が座っているので、わたしは旦那様の横に腰かけた。
「さて、それじゃあ報告を聞こうか?」
ここに居るのは旦那様を筆頭に、その秘書官のディエゴ、わたしの護衛であるミシェル、総括執事のラグナートにさっき連れて行かれたイリーガル、それにロザリモンド嬢とわたし。
お茶を淹れて配っているのはイリーガルで、なかなかの味だ。
わたしに配られたお茶を口に含んでいると、旦那様が早速とばかりにラグナートを促す。
「まず、皇都邸では特別な事はありませんでした。しかしながら社交界では、現在ある噂が流れています」
「それは?」
一瞬ラグナートがわたしをちらりと見て、すぐに旦那様に向き直る。
「リーシャ様のご実家が破産の状態であると」
しーんと静まり返って、全員の視線を感じた。
「意外と早かったな」
旦那様の静かな声が執務室に響く。あえて言わなかったが、分かりきっていた事だと続きそうだ。
「まあ、あの経営状態を立て直すのはロックデルでは難しかったという事か」
「一つ、付け加えますと……そのロックデルは亡くなりました」
「はい?」
思わず、本当に思わず口から疑問符が飛び出た。いや、冗談かって本気で思った。
だけど、それは間違いでも何でもない様で。
親族のイリーガルも驚いたようにラグナートを見てるし、ディエゴに至ってはぎょっとしてる。しかし、わたしが現実味を帯びないその話を信じ切れずにいるのに対し、旦那様は平然としていた。
そのあまりにも落ち着いた様は、まるで知ってましたと言わんばかりで、疑惑の目が何対も旦那様に向かった。
「……なぜ私を見る」
不機嫌そうに旦那様が眉を寄せた。
いや、だってねぇ? 誰か言ってあげてくださいよ。旦那様ならやりかねないって。ほらミシェル! ここでいつものように空気を読まずにぜひどうぞ!
「いえ、クロード様なら暗殺くらいやりかねないと思いまして」
と思ったら、ロザリモンド嬢の方が早かった。
彼女は口元を手で隠しながらころころと笑う。
いや、笑いどころじゃないし! でも全員の気持ちを代弁してくれてありがとうございます! これ言えるのロザリモンド嬢かミシェルくらいだよ。でもそのミシェルよりも早く空気をぶった切るように言えるのはやっぱりロザリモンド嬢くらいかな?
わたしはロザリモンド嬢に変な感心を送った。
「私でも時と場合で考える。あれは殺す価値もない」
えーと、一応イリーガルのお兄様なんだけどね。いいのかなぁ? あ、いいのね? イリーガルは気にしてなさそうだわ。むしろ、殺しておいてくれたらよかったのにって顔してない?
「言葉足らずで申し訳ありませんが、完全に事故かと」
川の氾濫で農地がやられてその視察中に、土砂がなだれ込んできたんだとか。
それは、確かに運の悪い事故……と言ってもいいかも。
「時系列でお話しますと、私がベルディゴ伯爵家を辞する時、新しく総括執事についたのは伯爵の側近です。ただし、あまりにも仕事ができないので後からいらしたロックデルにその座を奪われました」
父の側近は一応分家出身だ。
普通は総括執事を辞する前に徐々に仕事を教えていくのだけど、ラグナートとは当然の事ながら馬が合わなかったので、全く引継ぎがなされることはなかった。
おかげで、仕事が滞ったようだ。
その後、なんだかんだで公爵家の総括執事をやっていたロックデルがやってきたので、全く仕事のできない分家の人間よりも父は重用したらしい。
まずそもそも、他家の人間をそんな地位に重用することこそがおかしいけど、この際それは措いておく。
とにかくロックデルはまずまずの仕事をしながら、伯爵領の管理にまで乗り出して……うん、きっと愕然としたに違いない。
赤字だらけの帳簿を見れば、きっと公爵領との違いが良く分かるはず!
公爵領はなんだかんだでお金はたんまり、自分のものにするだけの価値があっただろうけど、我が実家にはこれっぽっちも価値ないからね。
「それでも一応はがんばっていたようですが、残念です」
うーんラグナート。全然残念って口調じゃないんですけど。
むしろ、ラグナートが全部企んでその死にも関与してるなんて言っても驚かないよ。
「これ以上は聞かなくても簡単に想像できるな。領地を管理する人間が誰もおらず、それなのに伯爵一家は湯水のごとく金を使い、なくなれば税金を上げ、なんてことをしたんだろうな」
わたしが結婚してまだ数か月。
いつかは破綻する時が来るかなぁって思ってたけど、まさかこんなに早いとは思わなかった。
「もともとリーシャ様が保たせていたようなところです。有能な人間は未来がないことくらい分かりますからさっさと逃げ出しているでしょうね」
「だろうな」
ある意味わたしも逃げ出したうちの一人だ。
「それで、破産しかかっているベルディゴ伯爵家はどうするつもりなんだ?」
「実は、こちらを受けとっております」
旦那様が渡されたのは、ベルディゴ伯爵家の印の押された手紙だった。
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