1.帰宅した側から仕事の話
「お疲れ様でした、旦那様、リーシャ様」
「ただいま、ラグナート」
公爵領はリンドベルド公爵家の本拠地なんだけど、わたしにとっては敵地に近かった。
それはわたしがまだ完全に受け入れられていないからだけど、まあその原因は良く分かってるつもりだ。
当主が誰にも知らせずに結婚すれば、その相手であるわたしにだって思う所はあるよねって話。しかも噂だと、わたしはなかなか悪名高い存在だし。
でも、今回領地に行ってなんだかんだでロザリモンド嬢を味方? にした結果、少なくともお嬢様方からの悪意はなくなった。
ロザリモンド嬢は、ああ見えてお嬢様方の中心人物的な存在でもあったからね。
で、そのロザリモンド嬢だけど、実家には戻らずにこの皇都邸にやって来た。そういう約束だし、本人もこっちに来る気だった。
「初めまして、ロザリモンドと申しますわ」
「ようこそお越しくださいました。ラグナートと申します。何か不自由がありましたら気兼ねなくおっしゃってください」
「まあ、ありがとうございます」
出迎えはラグナートの他にディエゴもいる。ディエゴの顔を見るとほっとするのはなんでだろう?
「ディエゴ、留守中は問題なかったか?」
「なんで僕に聞くんですか? 普通ラグナートさんに聞きません?」
「ラグナートは問題なかったとしか言わないだろうが。むしろお前の方が心配だ。仕事は終わってるのか?」
出かける前に大量の仕事を割り振っていたのをわたしは知っている。忘れかけるけど、ディエゴは秘書官だから一緒に行くのかと思いきや、実は今回はお留守番メンバー。
この機会に休暇を取るように言ってたけど、言葉通りとれたのか心配になった。
「ところで、こちらは新しい執事ですか?」
ラグナートが穏やかに旦那様に話しかけた。
そう、今回の目的は高齢のラグナートの代わりになるような人材を見つける事もあった。実際は、ラグナートに教育してもらうんだけど。
で、後ろの馬車から降りたのは、なんとあのイリーガル。
しっかり髪を整えて、しわ一つない執事服を着ている。意外と似合っていると思う。
「一応、分家の人間だ。使えそうだから連れ帰ってきた」
彼は一応犯罪に加担していた人間だ。
その罪をなくす代わりに、旦那様に仕える事を強要――いや説得? していた。もともと罪を明らかにするつもりがないくせに、それはそれ、これはこれらしい。
ちなみに、イリーガルのやっていた店は今はマードックがやっている。旦那様からの支援もあるし、なんとかなるみたいだ。
「初めまして、イリーガルと申します。これからよろしくお願いします」
好々爺の笑みを浮かべながら、じっくりとイリーガルを見定めるラグナート。
この顔怖いんだよなぁ……。
「前任のご兄弟とは思えない方の様ですね。なかなか良い方を見つけてきたものです」
あ、合格した。
結構見る目は厳しいラグナートだけど、その分お眼鏡にかなった人はみんな優秀だ。
「ぜひこれから頑張っていただこうと思います」
「ご指導よろしくお願いします」
「ああ、ご家族の住まいも手配しておりますので、いつでもお越しいただいてよろしいですよ」
「ご配慮感謝します」
イリーガルは結婚していて、奥様とお子さんが一人いる。
今回こちらに来るにあたって、イリーガルの家族も一緒にお引越しだ。先に彼だけがこちらに来て、生活が安定してきたらこちらに呼ぶらしい。
なにせ、イリーガル自身この先どうなるか分からないのだから、簡単にこちらに呼ぶのもためらわれる様だ。
村にいれば、奥様のご実家があるので何かあってもそっちを頼れるからね。
「留守中の報告は執務室で聞く」
旦那様はやっぱり仕事人間だった。
帰ってきたところなんだから、一日くらいゆっくりしたっていいじゃない。早速と言わんばかりに報告聞いて、聞いただけで終われるわけないじゃないの! 報告自体はわたしが聞かなくてもいいんだろうから、わたしはゆっくり休みたい。
でも、それをさせてくれなかったのはラグナート。
「申し訳ありません、リーシャ様。旦那様と共に聞いていただきたいことがございます」
「珍しいな。あえて何かあったか聞かなかったが、お前でも対処できないことがおきたか?」
「さようにございます。正確には判断に困っていると言ったところでしょうか。旦那様とリーシャ様のご意見を伺いたく思います」
わたしの意見まで?
邸宅内の事ならラグナートで事足りるし、他のことでも旦那様に相談すればいい事なのに、わたしにまで意見を聞きたいとは何だろうかと首を捻る。
「わたくしも一緒に拝聴してもよろしいのでしょうか?」
楽しそうにロザリモンド嬢が口を挟む。
「私は構いませんが、旦那様次第でしょう」
「ラグナートが問題ないと判断するのなら……まあ、いいか」
あ、これ絶対断ると面倒になるから許可出したな。
「あのー……とりあえず着替えてもいいですか?」
このまま執務室に直行しそうな雰囲気を感じ取ってせめて着替えたいなーっと希望を口に出す。
「そうですわね。わたくしたち旅装束のままですもの。汗ぐらい流しても罰は当たらないと思いますわ」
やった! ロザリモンド嬢が味方に付いてくれた。
「仕方ない、後程執務室で話を聞く」
旦那様も同意して、自分も着替えに行くようだ。
楽な恰好になりたいよね。
「では、後程お伺いいたします。彼はこちらで引き受けて問題ないでしょうか?」
「ああ、頼む」
「畏まりました」
イリーガルの教育を引き受けて、旦那様が脱いだ外套を受け取りながら頭を下げるラグナートは、邸宅内で旦那様と別れてイリーガルを連れて行く。
「わたくしも少しの間失礼いたしますわ」
ロザリモンド嬢は邸宅内の侍女に案内されて、背を向けて歩き出す。
「行くぞ」
旦那様が自然とわたしをエスコートして階段を上って行く。
「一体、なんのお話でしょうか?」
「後で分かるだろう」
興味がないのか、ラグナートが話したいことについて聞いても返事がそっけない。
いや、興味がないと言うかなんとなく機嫌が悪い?
ちらちらと旦那様を見ても良く分からない。
でもそれを指摘して、本当に機嫌が悪かったら何を言われるかわからないので、わたしは沈黙を守って旦那様のエスコートに身を任せた。
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