1.最低限の生活のはじまり
よし、殺そう――……
目の下の隈が消えた結婚七日目。
隈の代わりに目が死んだ動物になったわたしはそう決意した。
そうだ、殺せば万事解決だ。
なに、難しい事じゃない。
ちょっと事故に見せかけて、突き落とすだけだ。
問題なのは、向こうが恐ろしく勘もよければ、身体も鍛えていて、わたし如きの浅はかな考えなどすぐに見破られるという事だ。
でも、大丈夫!
この世には裏に属する数々のお歴々がいらっしゃる!
そう、だからきっと上手くいく。
なにせ、奴が死ねば、わたしは彼の全財産を相続出来て、跡継ぎ問題は、未だに現役ではげんでいる奴の実父がいる。
頼まなくても子供一人や二人などあっと言う間さ!
そうすれば、この三食スープ生活どころか、家畜の餌なんじゃないのかという食事ともお別れできる。
一人の犠牲でわたしが幸せ!
なんて素晴らしい世界なんだ……
なんて、考えるほどわたしはこの七日で荒んだ。
荒みまくった。
冷たく食べられたものじゃない、一日三食出てくる激マズ、家畜飯を七日も連続で食べさせられたら、そうなるわ!
いや、正確には六日と一食だけど。
さて、なぜわたしがこんな目に遭っているのかと言うと、もちろん、あの男のせいだ。
そう、現在わたしが最も殺したい男ナンバーツーに躍り出た、結婚相手であり、旦那様のクロード・リンドベルド公爵様のせいである。
たった七日でわたしにここまで決意させるとは、さすが権力者の考えることは違うわー。
ことの起こりは七日前、不可抗力的に権限持ちの権力者に喧嘩を売る羽目になっていたという事だった。
確かに、旦那様は言っていましたよ。
多少の厄介事に巻き込まれる的な事を。
聞いていましたとも。
でもまさか、外的要因ではないなんて、誰が想像できますか?
敵が内に潜んでいるとなぜ教えてくれなかった?
答えは簡単。
敵が内に潜んでいると分かると結婚をしり込みされると分かっていたから。
さすがは貴族の勢力図でもトップに位置する公爵様。
若いのに、よくよく分かっていらっしゃる。
駆け引きと言うものを。
まず、一番敵に回してはいけないお方が、敵だった。
その人は、家政の人事権に対して絶対的権力を持っているお方で、もちろん、わたしにつけられる侍女の任命権も持っている。
派遣された侍女は、もう明らかにやる気なしなの丸わかりだった。
まず、何もしない。
具体的に言えば、起きた時の洗面の準備もしなければ、支度の手伝いもしない。
掃除もしなければ、洗濯もしない。
掃除をしないのは別にいいけど、洗濯は困った。
さすがに一日中履いた下着や肌着を次の日もそのまま着けるのは嫌だ。
伯爵家でも冷遇されていた方だったけど、さすがにそれぐらいはやってくれていた。
もちろん、実質的な力を持っていた執事がわたしの味方だったのもある。
結果、こっそり下女の使う洗濯場で一緒にお洗濯することになった。
なぜここで下女のやるような仕事が出来るのかと言うと、ベルディゴ伯爵家の現状を憂いた執事に教え込まれた。
市井に追放されても生きて行けるようにと。
その時はこんなことになるとは思っていませんでしたけどね。
何が悲しくて公爵家に嫁いで下女のまねごとをしているのか。
下女の仕事を馬鹿にするわけではない。洗濯は冬は冷たい水で洗うので手が荒れるし、大変な事は分かっている。
でもですよ? 今はこんな事をするくらいなら、寝させてください。
そして、悲しいことに姿が姿だけに、バレる事は無かった。
下女は人の目のつくところで働くことがないので、わたしの姿を知らないという事も大きかったけど。
なんでかここの下女は、わたしが言うのもなんだけど、顔で選ばれたんじゃないのかってくらいみんな綺麗だ。
もちろん、それをみなさん自覚しているので、逆にわたしがかわいそうな目で見られた。
おかげで憐れみを持ってちやほやしてくれました。
いい人ばかりだ。
権力持ちの侍女様と違って。
そして、一番堪えたのは、食事。
初日の朝、昼は旦那様が一緒だったおかげか、すごく豪勢だった。
ものすごく美味だった。
だから、夕食だって期待するでしょ?
でも、旦那様が急遽仕事に行く事になった瞬間、全てが音を立てて変わりました。
本当にがしゃーん! って音立ててたな。
びっくり。
言い訳もすごかった。
給仕がヘマやらかしたので、これしかお出しできませんだって。
出されたのが家畜に出すのではないかと思うほどの粗末な食事。
それが、栄養価だけは高い穀物の粥。
言っておくけど、我が伯爵家だってここまでひどいものは出さない。
せめてパンの一つくらいは出てくる。
でも他人様の家だし、まだ詳しい方針も分からないのにケチ付けるのも何だし、と我慢してすすってみた。
見た目だけあれだけど、実際はおいしい味付けかも知れないしと思っていたのは、一口口をつけるまで。
最低限塩で味付けされているだけでした。
分かっていましたけどね。
その穀物は家畜のために開発されたものだけど、一応人も食べられる。栄養価が高いので我慢すればそれだけで生きてもいける。
ただし、それだけで生きている人見たら、味覚障害を疑いますけどね。
貧民街ではそれさえも口にできないと思うと、食事を出してもらえるだけましなのかもしれないが、これはない。
後ろに控えている給仕がいやらしい笑みを口元に浮かべているのが見えた瞬間悟った。
この仕打ちが誰の仕業かを。
今後待ち受けるであろう、受難を。
そして、本当に三食昼寝付きの最低限の生活が始まることに。
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