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29.ロザリモンド嬢の本音

 狭い馬車から解放されたかと思えば、狭くはないけど旦那様に割り当てられている部屋にロザリモンド嬢と連れてこられた。

 いやー、ぜひお二人で話を付けて下さいと言いたいところだけど、旦那様が放してくれなかったのでわたしも一緒にお話を聞くことになる。

 三人だけになった部屋の中、沈黙が重い。

 うん、すごく重い。特に旦那様の纏っている空気がね。

 腕を組んで、ソファに背を預けて目をつぶっている旦那様は、しばらくするとゆっくりとその深紅の瞳をロザリモンド嬢に向けた。


「ロザリモンド、今までのあれは全部演技だったのか?」


 突然何を言い出すのかと思ったけど、ロザリモンド嬢を見ればいつもよりも口元が緩んでいる。

 まるで、正解だとでも言いたげに。


「お前の行動は一貫性がなさすぎる。お前なりの行動理由があると思ったが、それにしては共通点が無さ過ぎた。それが性格なのかとも思ったが、今日はっきりとした」


 二人の間ではすでにお互いを理解しているようだけど、わたしはさっぱり。


「お前、命を狙われているな。家族に」

「えっ?」


 またとんでもない発言。

 だから、どうしてこの家はこう殺伐としてるんですかね? 


 旦那様を邪魔に思う人間が大勢いるのはしかたがない。旦那様がいなくなれば、自分の所に継承権が転がり込んでくる可能性がある家門があるし、それに他国だって公爵家がお家騒動でごたついていれば、これ幸いと武力紛争を仕掛けることができる。


 公爵家が殺伐としていても、今は驚かないけど、ただの親族でしかも継承権のない女性のロザリモンド嬢がどうして命を狙われなければならないのかはすごく謎だ。

 もし、彼女が婿を取って家を継ぐとなるなら分からなくもないけど。


「全部演技――とまでは言わないが、扱いづらい頭の悪い人間と思わせていたんじゃないのか?」


 それに対し、ロザリモンド嬢は笑みを深めた。


「ふふ、そうですわね。わたくしから言えるのは、全く演技をしない女はきっと想像の世界の方だと思いますわ」


 つまりは肯定と言う事だ。

 演技をしない女はいない――というか社交界では猫被ってる女性ばかりだしね。


「わたくし、これでも結構がんばって生きてきたつもりです。どうすれば生きながらえられるのか考えて、そうやって生きて来たらいつの間にかこうなりました」

「私が死ねば、一番継承権に近づくのがお前の兄だ。そのために使えるものは何でも使う、そう言う事だろう? ロザリモンド自身が公爵夫人となって外戚で権力を握るだけでは満足できなかった」

「我が家にとってはどうやら権力というものはとても大事なモノらしいのです」

「この領地でお前が死ねば、責任追及ができる。上手く王都の人間や王族まで巻き込めれば、爵位剥奪もできるとふんでいたんだろうな」

「クロード様は、方々から嫌われておいでですから」


 ロザリモンド嬢はしみじみと言った。


「私が嫌われているのではなく、公爵家が嫌われているんだ。富が集中しているとな。確かに領地は広大なうえ、様々な資源もある。多くの富があると言われればそうだが、富の独占はしていない。何も知らない馬鹿どもが勝手に騒いで悪評を吹聴しているだけだ」

「知っていますよ。でも、それでも羨む人間は大勢いるという事です。クロード様は操り人形になるような方ではありませんから、周囲の人間を巻き込んで排除しようと思う人がいるのは当然ですね、わたくしの家族のように」

「殺す価値もない、そう思わせていればただ道具の様に切り捨てられないと思った訳か」


 今のところ、もし旦那様がいなくなれば前公爵であるお義父様が公爵になるけど、その後の跡継ぎの座は空席になる。

 そして一番近い血筋なのは、ロザリモンド嬢の家系だ。


「南に流れたのは偶然ではなかったという事だろう? はじめからそれを資金源にして王都にコネを作り、派閥を拡大させる狙いがあったんじゃないか?」

「皇女殿下が降嫁されれば話は変わったと思いますけど、今は皇室もクロード様には厳しいですから本当に色々とタイミングがいいみたいですね」


 本当に色々と面倒な家ですね。

 結婚の時厄介事の話をされましたけど、なんでこんなに厄介事を抱えてるんでしょうか?

 多少どころのはなしではないですよ。


「馬車を用意したのは、南の人間か。どうやって監視を欺いたのかはきっと今頃教えてもらえているだろうな」

「あら、お仕事が早いんですね」

「偶然にも、仕事を終えて逃げ出した奴らを見つけたんだ」


 果たして偶然なのかちょっと疑問だけど、荒事関係はそれだったんですね。

 炭鉱に関わった人を逃がさないとは言っていたけど、もしかしたらすでに見つけて監視でもしていたんでしょうか?


「クロード様は、わたくしの家族をどうしたいのでしょうか? 丸ごと葬りたいですか? それとも温情を見せますか?」

「そもそも、ロザリモンドはどうして私に何も言わなかった?」

「あら、申し上げたらクロード様の成長に繋がらないではないですか。答えを先に教えていては、警戒心が養われないかと思いまして」

 

 えーと……家族の思惑を知っていてわざと話さなかったと? 旦那様の成長を促すためって、ある意味嫌がらせじゃない?

 いやそれ以前に、知ってて黙っていたのならたちが悪いというか、ロザリモンド嬢だって連座で処分されてもおかしくないんだけど……。


「クロード様、わたくしの夢はご存じですか?」

「ああ、名を残す――というやつか?」

「そうです。あれは、まだほんの子供の頃の話ですけど、父と兄がわたくしを道具の様に扱うと知った時、有名になればいいんだと思いましたの」

「なぜ?」

「有名になれば、逆に殺せなくなるでしょう? もし不審死でもしようものならきっと世間がその死の謎を解明しようとするでしょうし、人の目がわたくしを守ってくれると思いました。そういう意味では、クロード様との結婚も悪くないかなと。個人的好みで言えば、クロード様はわたくしの好みではないんですが」


 公爵家くらいになると専属で誰か騎士がつくだろうし、簡単には排除できなくなる。

でもちょっと意外。一応旦那様は世間一般的には超美形に分類されるんだけど、ロザリモンド嬢は好みじゃないのか。

 わたしは、好きか嫌いかなら好ましいってなるけど、恋愛結婚じゃないし見た目で結婚決めたわけでもないから、タイプかどうかと問われると考えたことないんだよね。

 嫌いではないけどさ。


「個人の好みはどうでもいいが、ここまでされて黙っていれば公爵家の沽券にかかわる」

「特別父や兄の命乞いは致しませんわ。その代わり、母とわたくしには温情をかけて下さるとありがたいのですけど。一応色々お話しましたでしょう?」


 話したと言うか、旦那様が気付いてそれを肯定したって言うのが本当のところ。


「それで、できましたらあの村で暮らしたいなと」

「……どうしてあそこなんだ? 何もないし、貴族のお前には向かないだろう」

「それこそ見くびってもらっては困りますわ。わたくし、留学先で半年くらい農村部で暮らしていたんです。家畜のお世話も畑の手入れも、お料理だってできますわよ?」


 ふふふと笑うロザリモンド嬢。

 このお嬢様、ただのお嬢様じゃないと思っていたけど、ある意味すごい。貴族じゃいられなくなっても生きられるように学んでるってどうなの?

 わたしもラグナートに市井に下りても生きられるように色々教え込まされたけど、それは自発的じゃない。


「でも、どうしてかと問われれば、単純に気に入ったからとしか言えませんわ。長閑で閉塞的で、隠れるにはとても適していると思うんです」


 どれが本音かは分からないけど、たぶん全部本音なんだろうなぁ。

 褒めているのか貶しているのかいまいち分からないロザリモンド嬢の言葉に、旦那様が口を開いた。



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