25.どちらをとるか
「どうして、いつも――」
「大丈夫だ、カルナーク」
「どうして、いつもそうなんだよ! 何が大丈夫なんだよ! 閉じこめられたのはマードックさんなのに!」
「カルナーク、落ち着け。動揺してるのは分かるが」
詳しい説明を求める様に、縋りつくような腕を取ると同時に、思い切り腕を振り払われた。
その行動にイリーガルの方が驚く。
「いつもいつも、大丈夫って。なんとかなる、どうにかするって……今回もそれ? それでマードックさんは無事に戻って来るのかよ?」
「カルナーク」
「そいつらのせいだろ」
カルナークの視線がまるで仇をみるような目でわたしと旦那様に向かってきた。
「……どうして好き勝手やらせてんだよ。あんたたちに何の権限があるんだよ!」
怒りの籠った拳を振るわせて、しっかりとした足取りでわたしたちの方に歩いてくる。
旦那様がわたしを庇うように立ちはだかった。
「何が言いたい」
「何が言いたい!? 俺が言いたいのは部外者は出てけって事だよ! あの女が勝手に中に入って行ったんだよ。いきなり来て、マードックさんに話しかけて! 巻き込まれたんだよ、マードックさんは!!」
わたしがはっとしたのと頭上から小さな舌打ちが聞こえて来たのはほぼ同時。
見上げると、旦那様の目の色が燃える様に輝いている。
「何をやってるんだ、無能が」
呟かれた言葉が、全てを語っていた。若干苛立っている様子の旦那様。
ロザリモンド嬢が来ていたのだ。
ただし、旦那様は出発前に監視するように伝えていたはず。
どうやってその監視をかいくぐったのかはこの際後回しだ。今は、この状況をどうするか。
「行くぞ」
わたしの手を取って歩き出した旦那様の前にカルナークが阻むように立った。
「待てよ! あんたたちが引っ掻き回すからこんな事になってんだぞ!!」
「カルナーク、この二人は関係ない!」
イリーガルが腕を取って、カルナークを一喝した。
「どうしてそれが分かるんだよ! どう見たってあいつの仲間なのに!!」
「先に言っておくが、関係性は皆無だ」
仲間という言葉に即座に否定する旦那様。
確かに仲間かどうかと問われると、違うって否定したくなるよね。旦那様は特に。
実際領地民でもないし部下という訳でもない他領の人間だし……。
でも、仲間かどうかはともかくとして、知り合いかどうかならば知り合いだし、関係性があるとも言えるんだよね。
「カルナーク、この人の言っている事は間違ってない。噛みつくのはやめろ」
旦那様の言葉を肯定したのはイリーガルだった。
彼は流石この領地の人間。
しかも、一応分家という家柄だったためなのか、おそらくロザリモンド嬢の事も知っているだろうし、旦那様との関係性も知っていると思われる。
「確かに、知り合いかと言われればその通りだが、こちらも迷惑している相手だ」
その迷惑相手の世話をしれっとわたしに押し付けた旦那様を思わず睨んでしまうのはご愛嬌というものだ。
どういうことだよ、という視線でわたしを見るカルナークに、ため息一つ零しながらわたしが説明する。
「確かに昨日一緒に行動しておりましたが、わたしたちはそこまで親しいわけではないんです。でも、ロザリモンド嬢が原因でおこったのなら、こちらにも非があります。そうですよね、旦那様?」
ふんと、鼻息一つと片眉を上げてわたしを見下ろすその瞳は、確実に不愉快そうだったけど、わたしの言葉を否定しないところをみると、分かっている様だ。
「ところで、お前は何のためにここに来たんだ? 私たちに向かってわめきたてる前に、するべきことがあるんじゃないのか?」
「お前に指図される覚えはない!」
「ではこちらも指図される謂れはない、待つ必要性も感じない」
冷たい言い方にカルナークがまた何か言う前に、わたしが今度は旦那様の腕を取って歩き出した。
これ以上ここで言い争いをしていても無駄な時間が過ぎていく。
カルナークの方はイリーガルが押さえていてくれた。
「子供に喧嘩売らないでください」
「リーシャとそう年は変わらないのではないか?」
「わたしと彼とでは育ってきた環境が違います。旦那様だって年のわりには落ち着いていると思いますけど? 老成してますと言ってほしいですか?」
「やめてくれ、そこまでの年じゃない」
外に出ると、旦那様が即座に指示を出して動き出した。
詳しくカルナークから聞き出せなかったけど、すでにミシェルが情報を集めていたようだった。
いつも思うけど、ミシェル何者なんでしょうね。
色々知ってるけど、どうやって情報集めているのか気になる。
「ちょっとクロード様にご報告。ロザリモンド嬢のことだけど、どうも手引きしたやつがいるみたい。さすがに他領の人間をそこまで監禁できないから、そこをつかれました」
「言い訳はいい、崩落の原因がロザリモンドだというのは?」
「まだ事実確認できてないけど、中に入っていたのは確かみたいです。早くなんとかしないと責任問題になりますよ」
他領の貴族が事件事故に巻き込まれたら、その土地の領主にも責めが来る場合がある。
今回の場合、どちらともいえないけど、外に知られたらこの領地というか旦那様の足をひっぱりたい人間がここぞとばかりに何か言ってくるかも知れない。
それにロザリモンド嬢の親族も。
「時間がかかればかかる程、生存率は下がる。他に巻き込まれた人間がいないかも調べてくれ。本当は直接行ったほうが早いが……」
「許可できませんからね、まだ地盤が不安定なところに領主が行くなんて。分かっていると思いますけど。それに、誰か代表で残った方がいいのも事実です」
「ちなみに、リーシャ様も許可できませんからね。クロード様の代わりにとか考えているのならやめて下さいよ」
ミシェルが先回りして言う。
「何も分からない人間が行ったところで邪魔ですからね」
正論もプラスして言われると、引き下がるしかない。
でも誰かは残った方が伝達が上手くいくだろうし。
やっぱりロザリモンド嬢が気になるし。
「とりあえず、クロード様は一度戻って体制を整えてくれるとありがたいですね。こっちだけでは人手が足りないだろうし、人材を派遣するのに領主様が戻った方が良いでしょう。助けるつもりがあるのならと付け加えますが」
「今のところまだ領民だからな。知っていて助けないのは領主としても問題がある」
もう、理由なく動けないからって一々理由付けしないでくれます? 大事なのは分かるけど、今は一刻を争う状況でしょうに。
「ミシェルはこの場に残って指揮を――」
「それが無理だって分かってますよね? 一応リーシャ様の専属なんで、リーシャ様が戻るなら一緒に行かないと」
その主張に、わたしはようやくミシェルが何を言いたいのか気づいた。
当然旦那様も。
ミシェル! さすがわたしのお友達!!
「でも情報収集やこの場の指揮では身分的には僕が一番なのはクロード様も分かってると思いますけど、どうします?」
「はじめからそれが狙いか?」
「どっちでもいいんですけど」
わたしをこの場に残すかミシェルも一緒に引き上げるか、考えてミシェルを取ったようだ。
「危険な事は絶対にさせるな」
「それは当然分かってます」
ミシェルが強く頷き、わたしに言った。
「もし何かあったら責任問題になりますので、僕を殺したくなければ勝手な事はしないでくださいね、リーシャ様」
大きい釘をさされて、わたしは神妙に頷いた。
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