21.ものは言いよう
「話自体はそこまで大した話ではなかった。基本運営や財政の話だな。炭鉱村の事は気にかけていても、それだけが彼の仕事ではない」
問題ではあるけど、旦那様の言う通りでもある。
この辺り一帯を取りまとめているのだから、一つの問題に掛かり切りという事は出来ない。
「それなら旦那様は独自に色々調べていそうですけど、その辺りはどうなんでしょう?」
「難しいところだ。行ってみて分かったと思うが、かなり閉鎖的な村だ。調べるにしても、人を送り込むのは得策ではない。逆に警戒させる」
「商人とか――」
「決まった人物しかほとんど行かないようなところだ。急に現れれば、どちらにしても警戒するに決まっている」
それもそうかと納得。
調べてほしい事はあったけど、現状難しいとはっきりと言われてしまった。
「とはいえ、何も情報がないままでは何もできないからな」
と言って、取り出してきたのは別の書類。
なんだかかんだ言いながらも、それなりに調べてきているらしい。
出し惜しみはなしでお願いしたいところですが。
「村の内情に関して言えば、中で調べられない分時間もかかるが、周辺の村や町とも多少関りがあるから、少なからず情報は集まった。ここ十年の間でがらりと生活水準が変わったのは間違いないだろうな」
「確かに……」
事は十年前にさかのぼる事であったので詳細な事は分かっていなかったけど、関りがありそうなところに話を聞けば、今まで特別渋るようなことがなかった嗜好品の類が買われなくなっていた。
もちろん、一世帯であるなら家庭内で何かあったのかくらいにしか感じないけど、村全体がそういう流れだと流石に不信に思う。
「酒の類は一括して酒場に卸している様だ。もちろんそれだけじゃない。食料品に関してもそうだ。酒場であり、唯一の店という訳だ」
そこまでは分からなかった。
「でも、なぜ?」
「なぜとは?」
「どうして一括して酒場になのかと思いまして。大量買いは確かに費用を押さえられますけど、別に酒場に卸す必要性はないですよね? だって、酒場に卸せば仲介を挟むということになって商人から直接買うよりも割高になりますし、それは流石に村の人たちだってわかりそうなものですけど。そこまでして、これではまるで外に人を出したくないような、そんな感じですよね?」
「まさしくそうなのではないかと思った。正確には違うかもしれないが、外に知られては困る情報はたくさんあるだろうからな」
犯罪行為をさせているわけだから、外に人を出すの機会を減らすというのは、確かにあり得そうだ。
「まるで組織犯罪ですね」
そうでなければ、ここまで情報が外に出ないという事はありえない。
疫病の話から始まって、借金、強制労働の様な仕事斡旋。
「どんどん話が拡大していますけど、どうするおつもりなんですか?」
「領主権限で、まっさらな状態にする事が一番楽な道だと知ってるか?」
口角を持ち上げ笑う旦那様と冗談だと思いたい言葉に流石に口元が引きつれた。
分かりますけど、旦那様にそんな顔で言われると怖いんですよ! 顔良すぎると、邪悪な言葉が更に増強されるって知ってます!?
「なんでそんな顔をしている。そもそも、中身が綺麗な領地があるのならぜひとも知りたいな。犯罪の温床になっているのなら、消す方が楽だろう。しかも、今回はかなり限定的だし、難しくはない。君とて、実家の領地が健全だったといえるのか?」
「……そこは発言を控えたいところなんですけど」
その発言自体が答えの様なものなのは、たぶん旦那様も分かっている。
旦那様に言われなくても、良く分かっていますとも。自分の実家の領地のことくらい。それに、他領だって似たようなものだって事も。
犯罪のない領地なんてないと思っている。少なくとも我が実家の領地内でも少なからず犯罪はあるのだ。
でも、そのままにしておけば巡り巡って問題に発展する。
一番手っ取り早いのは、一気に摘発して領地内のもめごとで留めておくことだ。外に漏れれば、かなり面倒な事になりかねない。貴族は少しの失態で一気に評判が落ちるのだから。
だからこそ、旦那様の発言は間違ってはいない。
いないけど――……。
「少しは穏便にすませていただけるとありがたいです」
「一番手っ取り早いと言うだけだ。然るべき手段で話し合いが持てない場合は、少し手荒になるのは仕方がないが」
肩をすくめる旦那様にわたしは軽く息を吐く。
「リーシャの印象的には、話し合いすら持てない可能性はないだろう。犯罪に手を染めているのか、本気で分かっていなかったのかは知らないが、逃げるような雰囲気ではなさそうだ」
「そうですね……逃げると言えば、上役はごっそりいなくなっているらしいですよ」
「逃がすと思うか?」
今度こそ本気で悪の根源のような笑みでわたしに返す。
こわっ! 敵に回すと本気で怖いんだよね、この人。わたしに対してじゃないけど、背筋がゾクッとなったわ。
「ロックデルもいなくなり、公爵位も代替わりしたのを分かっていてやっていたのだから、私も舐められたものだ。この辺りで一度しっかり教え込んでおかないと、と思っていたところだ」
うん、それ誰に対する言葉なんだろうね? 深く突っ込んじゃいけないのは分かってますよ。わたしは何も聞いていない。だから、旦那様……わたしを共犯者の様に扱わないでいただきたいんですが……
わたしは手に持つ書類で聞かなかった様に見せかけて顔を隠し、再び書類を読み始める。
そんなわたしの姿をどんな顔で見ているのか気になったけど、顔を上げる方が怖い。
「あ、一応住人の管理はされているんですね」
「それは管理者の仕事の一部で税に関してはよくある方式だ。世帯ごとで徴集するのではなく、村全体での徴集となっている。その辺りはほぼ正確だとは思う」
小さい村なんかは、世帯ごとの収入が把握しきれない。
それに村全体で共同事業なんかを行っている可能性も高いため、こういう取り決めの所が時々ある。
「ずっと変わりないようですね」
「それもおかしな話だろう? 何事もないまま十年以上続いている時点でおかしいんだ」
税に関して言えば毎年違う。
稼げる年もあれば稼げない年もある。それが普通だ。
「横やりが入るのだから、やりにくい事この上なかっただろうな」
旦那様も把握していただろうけど、それどころでない状況だったのは知っている。だけど、色々と落ち着いたからこの度領地の引き締めに帰ってきたわけだ。
やはり、この地を統べる主がいるのといないのとじゃあかなり違う。
「酒場の店主の事も随分詳しく調べてありますね。これが事実なのだとしたら、どうして先に教えて頂けなかったのか知りたいところですけど?」
書類から目を離し旦那様を不機嫌になりながら見返すも、全く悪びれた様子もないようにこう言った。
「先入観がない方がいいかと思ってな」
ものはいいようですね、旦那様!
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