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19.馬車の中で

「それ、どういう意味だよ……マードックさん」

「言葉通りの意味だ。この炭鉱ではもう難しい。他の場所でなければ崩落はまぬがれないだろう」

「そ、そんな事――、だって! まだまだ採掘できるのに!?」

「カーク、これ以上は無理だ。これが結論だ。今日はその話もしたかったんだが……客のせいでできなかったがな」


 客というのはわたしたちの事だ。

 どうやら本当に重要な話を控えていた様だった。


「でも、じゃあ……借金が!」

「カーク、落ち着け。大丈夫だから」

「借金とは一体どういうことですか?」


 蒼褪めて混乱しているカルナークをマードックが落ち着かせようとしている。さすがにそんな二人に聞くのは躊躇われたのか、ロザリモンド嬢がわたしに聞いてきた。

 わたしは今ここで話すような事ではないので、首を横に振る。

 彼女は若干納得いかなそうだったが、とりあえず何も言わずに二人の様子を眺めていた。


「お前は少し勘違いしている。当時お前はまだ子供だったから仕方がなかったとはいえ、ちゃんと話をしなかった我々の落ち度だな」

「マードックさん――……」

「悪いが、今日はここまでにしてほしい。少し、話をしなければならないことができた」

「わかりました。むしろ、今日はお邪魔して申し訳ありませんでした」


 こちらも、少し情報整理をしなければいけないので助かります。

 ロザリモンド嬢が色々とマードックに聞いた情報と、わたしがカルナークから聞いた情報で、どれほど話がまとまるかは謎だけど。


「ロザリモンド嬢、今日は失礼しましょう」

「そうですわね。どうやら重要なお話のようですし、わたくしも重要な話をするときは邪魔されたくはないですわ」


 少し意外に思いながらロザリモンド嬢を見る。

 自分と置き換えて考えることが出来るのに、空気を読めないと感じるのは、ロザリモンド嬢自身が同じことをやられても苦痛だと思わない事が多いからだと知った。

 普通の人にとって嫌な事でも、彼女にとって嫌ではないのなら理解してくれない。他者の気持ちに鈍感なのだ。

 つまり、根本的に彼女は自分本位な人間なのは変わりない。


 本当は、村で一泊する予定だったけど、流石にそんな厚かましいことは出来ない。

 そもそも、村の宿泊施設と言えばイリーガルが店主の酒場併設の宿か村長宅くらいしかないけど、どちらにも頼むのは躊躇われた。

 何事も無ければ、すんなりと宿に泊まっていたけど、今回は色々ありすぎて出直すことになった。

 少し行けば、この周辺を統括している人の屋敷がある。

 ちなみに、旦那様はそこで話を聞いている。

 戻ってきたわたしたちを見てどう思うか。

 馬車の中で、ロザリモンド嬢は少し眠っているようだった。

 馬車に乗った直後は話したいことを延々と話していたのだけど、さすがにお疲れのようだ。

 正面に座っているミシェルも多少お疲れ気味のようだったけど、今わたしが頼れる人がミシェルしかいないので、ミシェルに話しかけた。


「ミシェル――、ちょっと色々調べてほしいんだけど」

「いやー、それ僕の仕事じゃないんだけどね、リーシャ様」

「ほかに誰に頼めと?」

「ラグナートさんがいれば適任なんだけど、今はお休み中だからなぁ……」


 実は、今回領地に行く際にラグナートは一緒に来ていない。

 色々無理させすぎたせいなのか、年もあって体調を崩してしまった。本当は、こんな高齢なラグナートを大領主貴族の旦那様付きの総括執事に紹介するのは躊躇われたけど、すでに旦那様と裏取引していたのはラグナートが先だった。

 そのため、今回領地でラグナートに付きながら、総括執事として学べるような人材を探すことも旦那様は考えていた。

 もともと、ラグナートは期間限定――正確に言えば、ラグナートの後任が見つかるまでのつなぎでしかなかった。

 むしろ、総括執事として働くと言うよりも、その後任を育てるという意味合いが強い。

 歳より若く見えても、若者ではないのだ。


「いっその事、ラグナートさんの推薦で決めちゃっても良くない? 領地の人間が好ましいのは分かるけど、独身ならその辺なんとかなるし」


 まあ、結婚とかね。

 重臣の娘や孫娘と政略結婚とかだけど……できればそういうのはしたくなかった。

 それに、こういう大領地貴族の場合、あまり好ましいとは言えない。


「ラグナートは、他から引き抜くよりも領地の人間を選ぶべきだって考えだから。それはわたしも同意見だけど」

「僕だって、元侯爵家の一員としては分かりますけどね……、そんな時間あるのかってところですけど?」


 ラグナートが本格的に療養生活に入ってしまっても最低限は回るけど、やはり総括執事の役割は大きい。

 旦那様が肩代わりできるところはするつもりではいるし、協力はするけど、限界があるのも確かだ。


「旦那様がきっと何か考えてると思う」


 そもそもわたしは公爵夫人で旦那様の正妻ではあるけど、領地の事に関しては無知同然だ。

 表面上の事は分かっても、内部情報までは深く知らない。

 それに領民の事に関しても同じだ。

 古くからリンドベルド公爵家に仕えている人に関しても疎いわたしが口出ししてもいい事は無い。

 あえて言うのなら、ラグナートと上手くやれる人がいいというところだけど。


「で、話を戻しますけど。専門外の僕がやるよりはクロード様に相談したほうがいいかと。あの人、一応この領地の領主だし。専門機関とか持っていそうだし」

「いきなり領主を頼るってどうなのかなぁって」

「領主の前に、リーシャ様の旦那様でしょ。報告、連絡、相談してほしいってクロード様に頼んだんだから、リーシャ様だってそこはきちんとしないと不公平だと思いますけど?」

「それ、誰が言ったの?」


 報告云々は、旦那様と二人きりの時に出た話だ。


「クロード様から。リーシャ様に文句言われたって言っていましたけど、そりゃあ文句の一つや二つ出るでしょうね。僕が聞いた限りでもクロード様が完全悪だし。リーシャ様には同情しましたよ」


 ああ、結婚当初の話から皇女殿下の件までね。

 今思い出しても、旦那様にはちょっと物申したいことが色々あるわ。


「でも、確かにリーシャ様の言った事は正しいと思いますよ。だからこそ、リーシャ様もきちんとクロード様に報告することをお薦めします」

「それは、分かっているけれど……」

「じゃあ、戻ったら今日知り得たことを報告しましょうね。いやー、なかなか有意義な視察でしたね」


 視察というのはでまかせなところが大きかったけど。

 ミシェルが目を閉じているロザリモンド嬢をちらりと見る。


「ロザリモンド様って、何気にすごい事聞いてたりするからちょっと怖いですよね」


 うん、それわたしも同意見。

 興味の赴くまま、なんでも聞いて行く姿はある意味尊敬する。

 同時に、周りの人間は胃に穴が開くくらいには緊張が凄い事になると思う。


「クロード様はロザリモンド嬢にとってみれば強敵な気がしますよ」


 逆に旦那様にとってもロザリモンド嬢は強敵でしょうけどね。




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