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18.正直者と専門家

「借金があるから炭鉱夫をしているんですか?」

「それが一番稼げるって言われたし。既存の炭鉱で採掘は不正だけど、廃鉱なら問題ないって言われたんだってさ」

「誰にですか?」

「借金した相手に。ほとんどがそうだと思う。食べて行くには仕事が必要だし、金もいる」

「その、イリーガルさんは何もおっしゃらなかったんですか? 炭鉱の事については――……」

「イリーガルさんもやろうって言ってくれたんだよ。危険だけど、家族を借金取りに売るよりかはましだって。俺、大人たちの話こっそり聞いてたから知ってるんだよ」


 えっ……。

 驚いてカルナークを見ると、彼は訝し気にわたしを見てきた。


「どこに驚く要素があるんだよ」


 それは、色々とですけど……。

 一番は、廃鉱での不正採掘を酒場の店主であるイリーガルが勧めたという事。

 基本的に資源は領地のもの――つまり領主のものだ。廃鉱であろうとそうでなかろうと、資源の採掘は違法であり犯罪だ。

 彼はそれを知っていなかったのだろうかと思う。切れ者である事がイコール全てを知っているという事ではないけど、それでも最低限の法というものは知っている気がする。


 つまり、わたしはわざとイリーガルが彼らを唆したようにしか見えなかった。

 でも、あれだけみんなから慕われているという事は、そんな風に人を騙すなんてことは考えられなかった。

 ただし、どこにでも善人の皮を被った悪人はいる訳で。

 知っていながら、彼らを唆した。そう考える方が自然だ。


 借金というやむを得ない事情――……。

 ただ、彼ならもっとやりようがあったのではないかとも思ってしまう。


「なんだよ」

「あ、いえ。色々教えて下さりありがとうございます」


 なんともおかしな方向に話が進んだ。

 それによって、この村全体が抱える問題が見つかった。もちろん、カルナークは借金の話が出た当時はまだ子供で、本当に真実かどうかは確かめなければならない。

 では、誰に確かめるのかというと――。


 まあ、今の時点では一人しかいないよね……。


 少し距離の空いたマードックをちらりと見ると、ロザリモンド嬢と何かを話している。

 気分を害するようなことを言っていないか心配になったけど、どうやら上手くやっている様だった。

 というよりも、大人の対応をしているのはきっとマードックの方で、ロザリモンド嬢はいつもの調子なんだろうと思う。


「んっ?」


 ふいに、カルナークが炭鉱の入り口へ視線を向けた。


「どうされました?」

「いや……今――」


 視線の先は炭鉱入り口というよりは少し上。

 急角度の山に向けられていた。

 炭鉱入り口付近は木々が多少伐採されているけど、ここはまだまだ緑がある。


「何かいた気がしたんだけど……、気のせいだったみたいだ」


 わたしもカルナークの視線の先を見たけど、特になにもいない。


「ところで、もういいだろ。あっちに戻ろうぜ」


 カルナークが、マードックとロザリモンド嬢の方に顎をしゃくる。


「そうですね、戻りましょう」

「あんたはあの女と違って、まだ話が分かるほうだな」

「ええと……彼女も悪気がある訳ではなくて――……」


 うん、悪気はない。それにたぶん悪い人ではない――はず。

 旦那様も悪意がある人物とは言ってなかったし。ただ、すごく面倒くさい人なだけであって。


「マードックさんもよく相手してられるよな。何聞かれてるんだろ? 俺、ぜってーイライラしそうな事聞かれてるんだろうな。よく態度にでないよな。俺、マードックさんが怒った姿見たことない」

「そうなんですか?」


 確かによく我慢できているなとは思っていた。

 見た目はちょっとアレだけど、性格的にはだいぶ大らか――懐が広そうな人だと感じている。

 寡黙とはちょっと違うけど、必要以上の事は言わない。


「ガキの頃とか……今もだけど、危ない事したときは怒ってるんだろうけど、静かに諭されるっていうのか? なんか怒ってる雰囲気だけど、態度に出ないからそれが余計に怖いっていうか……」


 ああ、なんか分かるかも。

 いるよね、そういう人。

 ラグナートがちょっと近い感じかな? いや、でもラグナートはあからさまに分かるか。

 静かに諭すというよりは、にこにこ微笑みながら、嫌味のような反論を言ってくる時点で全然系統が違かったわ。

 むしろ旦那様の方が系統的には近いかなぁ……うん、あっちも攻撃的な諭し方しかしなさそうだった。むしろ、嫌味だわ。こっちも。


「そういえば、マードックさんは随分店主のイリーガルさんに信頼されているみたいですけど、この炭鉱については詳しいんですか?」

「あったりまえだろ! マードックさん程詳しい人はいないぜ! どこ掘ったら危なくないか的確に教えてくれるんだ」

「ちなみに、マードックさんもこの村出身の方なんですか?」

「そうだよ。マードックさんの親父さんが昔この村で炭鉱夫してたんだけど、一度外に出て戻ってきた人」


 彼の父親世代というと、領主主導で炭鉱採掘事業が行われていた時の話かも知れない。

 実際の年齢は分からないけど、彼は四十くらいの年に見える。

 そうすると、その上の年代であるマードックの父親は炭鉱に関わっていた可能性があった。


「一度外に出て戻ってきたって言うのはいつ頃の事でしょうか?」

「あんた、なんでそんな事知りたがるんだよ?」


 視察に来たと言いながらも、さっきから本題を話していないので疑るような目で見られてしまった。


「現場の事を詳しく知る人物の事を知りたいと思うのはおかしなことでしょうか?」


 視察というのはそこの実態を調査するのが目的だ。つまりそこで働いている人の事を知る事も必要だと思う。

 特に、現場に一番詳しい人は重要な人物だ。

 そうカルナークに話すと完全に納得しているわけではなかったけど、なんとなく理解はしてくれたようだった。


「俺よりも、イリーガルさんの方が詳しいけどな」


 そうでしょうね。

 でも多方面からの話はとても参考になるもので。


 特にカルナークなんかは嘘をつくのが苦手そうだ。

 思ったままの事を話してくれた。

 カルナークとマードックを案内役に選んだのはイリーガルで、二人の事はわたしなんかよりよっぽど性格を分かっている。

 重要な事は知らないからカルナークが何を話しても大丈夫だと思っている可能性だってあったけど、カルナークは意外と色々知っていた。


 正直、借金の事も素直に口にするとは思ってもいなかった。

 借金は弱みだ。

 敵と思っているような人に、そうやすやすと現状を話すような性格には見えなかったけど――……。


「あ、向こうがこっちに来るぞ」


 ロザリモンド嬢のどこか満足そうな顔を見て、聞きたいことは聞けたのだと分かった。

 わたしも聞きたいことがあったので、重複しないといいんだけど。


「リーシャ様! わたくし、色々と驚きの連続でしたわ」

「そうですね、わたしもです」


 興奮したようにロザリモンド嬢が口を開く。


「特に驚いたのが、この方が専門家だったってことですの!」

「えっ!?」


 ぎょっとしてマードックを見ると、彼はじっとこちらを見ていた。 


「専門家の方がいらっしゃるのでしたら、ほかの炭鉱のように安全に採掘できますわ!」

「それは無理だ。これ以上は危険が増す」


 冷静なマードックの低い声がロザリモンド嬢の言葉を否定した。




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