12.どうしてこうなった?
11時にも投稿予定。
長くなりすぎたので二話に分割。
ただし、いつも以上にどちらも長い。
「えっと……どうしてこうなっているんだっけ、ミシェル……?」
「僕に聞かれても困まりますよ、リーシャ様。勢いに乗せられてここまで来たのリーシャ様じゃないですか」
「だって、嫌という隙を与えなかったんだよ、彼女」
「いやー、すごい勢いと迫力でしたねぇ。なんだかクロード様が苦手そうなタイプ」
天敵だって言ってましたものね、旦那様。
主従でこそこそ話していると、前に立ってわたしたちを先導していた女性が振り返った。
その突然の動きに、話が聞こえていたかとビクビクしていると、つかつかと歩いてきてがしっと腕を掴まれた。
「さあ、リーシャ様! 張り切っていきますわよ!」
ドレスを脱いで一般的な市民が着るような服を着て、輝かしい笑みを浮かべるロザリモンド嬢はすっごく楽しそうだった。
さて、今どうしてこうなっているのか。
それは昨日にさかのぼる。
昨日は旦那様と外で朝食を食べた後、領城に戻り昔破綻した研究の計画書を書いていた。
しばらく思いつくがままに書き、ロザリモンド嬢とお茶をする約束になっていたので、声をかけられ応接間に行く。
この城の女主人は現状がどうであろうとわたしなので、わたしが主催すると言う形になる。つまり、昨日会ったロザリモンド嬢たちを招く事になっていた。
昨日の今日ではあるけど、そもそも今日来るみたいなことになっていたので昨日のうちに声をかけておいてもらった。
「ご招待いただきありがとうございます」
うん、美人。
結構年上だけど、それを感じさせない若々しさを感じる。
むしろパワフルさと言っても良いかも知れない。
しかし、昨日と打って変わって付き人? 取り巻き? がいない。
「お一人ですか?」
「ええ、今日はリンドベルド公爵家の事をお話して差し上げようかと思いまして、遠慮していただきましたの」
微笑む姿と不穏なお言葉。
他の人には聞かせたくないという事だ。
できれば優しくお願いします、と心の中で呟きながらお茶を勧めた。
お互い、一口ずつお茶を口に含み、まずは様子を窺い合う。
しかし、向こうは余裕だ。
それもそのはず。
このリンドベルド公爵家の事についてなら、向こうが明らかに知っているのだから。
なんというか、手ごわそう。
彼女はカップを静かに戻し、わたしをまっすぐに視線に捕らえる。
その姿に、自然と背筋が伸びた。
「ところで、リーシャ様はリンドベルド公爵家の事をどこまでご存じ?」
「一通りの歴史や親族の事は学びました」
優秀な鬼執事が集めてきた報告書は読みましたよ。
「それでは、リンドベルド公爵家が関わっている事業なども?」
「詳しくは勉強中ですが、旦那様より聞いております」
北から南にかけて東の国境を守っているので、公爵領の中でも地域差が結構ある。
その中でも最も裕福な場所は南だ。
肥沃な農耕地帯が広がっており、国の食糧庫の一部でもある。
ほかに、馬の育成も事業の一つ。これはこの中央で行っているけど、領主主導の事業だ。
もっと手広くやっているけど、主にこの二つが収入の半分を占めている。
あまり色々やりすぎると、他領の事業を潰す事にもなりかねないので、その辺は自重してはいるようだ。
そういう意味では、食肉研究なんかは既存の事業に新規参入という形になって、食肉専門に扱っている他領からしたら危険と判断されるかもしれない。
しかし、一応高級路線を狙っているので住みわけは出来ると思う。
「わたくしは将来クロード様と結婚するとずっと思ってまいりました。そのため、自領だけでなくリンドベルド公爵家の事も学び、そしてもっと広く知見を広めなければと思い留学までして備えてまいりましたわ」
じっとこちらを見てくるロザリモンド嬢。
皇女殿下もいたし、エリーゼなんていうとんでもない居候もいたけど、誰よりもリンドベルド公爵家について考えていたのは三人の中では彼女だったのかも知れない。
責められているか、それともわたしの方がふさわしいのよ、この田舎者! と言われているのか、判断に困る雰囲気。
「それなのに、結局選ばれたのはあなた。わたくしは先々代の公爵様にも子供の頃から目をかけていただいておりまして、知見を広めろとのお言葉をもらいました。その言葉に従いずっと努力してまいりました。先々代の公爵様はきっとクロード様の妻になる事を望んでいたのだと、そう思って……」
二人は年齢的には釣り合いが取れていた。旦那様の方が少し年上というのは理想的な年の差だ。
しかも親族で子供の頃から知っている気心の知れている相手というのは、結婚するのに大きな理由になる。
ロザリモンド嬢の言葉を信じるならば、先々代――つまり旦那様のおじい様にも目をかけられていた様子。
そこまで期待されていたのなら、ロザリモンド嬢だっていつかこのリンドベルド公爵家の当主夫人になるのだと信じるだろう。
「リンドベルド公爵家のことなど何も知らない人間が、政略結婚でもなくただの恋愛結婚で選ばれるなど、あってはならない事です。正直クロード様にはがっかりしました。やはり先代の息子なのだと、みなが思っておりました」
ん? 恋愛結婚? むしろわたしと旦那様は政略結婚に近いんですけど? とは思っても、周りから見れば恋愛結婚に見えなくもないと考え直す。
それに、ここに来てからそう思わせているので、否定はできない。
というか、お義父様は一体どれほど駄目当主だったんでしょうか?
散々言われていますよね。
「しかし、あなたが少なくとも、あの身の程知らずや我儘女を蹴散らすことの出来る気概のある女性だという事はわかりましたので、及第点は差し上げます」
そ、そうですか……。
別にわたしが率先してやったわけではないんだけど……。まあ、いいか。余計な事は言わなくて。
「及第点ではありますが、どうやらあなたはまだまだ、リンドベルド公爵領について知らないご様子でしたので、少しだけ教えて差し上げますわ」
前置きが長かった。ただ、多少の恨み言で済んだのは、良かったと言うべきなのかもしれない。
それに、ロザリモンド嬢よりもリンドベルド公爵家やリンドベルド公爵領について知らないのも事実なので、とりあえず何を言われてもありがたく拝聴することにしていた。
「ご存じないかもしれませんが、リンドベルド公爵領は南北でかなりの貧富差があります。特に産業もないリンドベルド公爵領の北は昔から貧困にあえぐ人が多くて、わたくしはいつも心を痛めておりますの」
それは知っている。
だから不当な炭鉱堀りをしているのだ。
「実はわたくし、ずっと貧富の差について勉強してきました。この国の貴族として、常に民と共にあるべきだと思い、他国での政策も学びました。しかし、どこの国でも貧富の差は同じこと。ではどうするか。まずは豊かでない人は何が原因なのか調べることにしましたの」
うん、それは立派な考えだと思う。貴族の娘として、そこまで考えている人など少ない。むしろ、男性でさえそんな崇高な考えの人は多くないと思う。
「手始めにいずれ嫁ぐ可能性のあるリンドベルド公爵領の貧困層について調査しました。先んじて知っておけば、結婚後すぐに動き出せると思いまして。その時最近は、北に貨幣が多少流れていると聞きまして、何か新しい産業が興ったのかと思いましたら、なんと炭鉱があるというではありませんか! これを利用しない手はないと思っております」
えっ……、ロザリモンド嬢。結婚前提でそんな事してたんですか……。
「炭鉱はお金になります。もちろん、わたくしも調べました。表層になく、地層深いという事も知っておりますわ。しかしきちんとした手順で進めれば、安全です。炭鉱がお金になれば、彼らを救う事ができます。それなのにクロード様は廃鉱にしようなどと……そんな事愚の骨頂です」
「その話どなたから……?」
「お父様です。まだ若いクロード様のことを心から心配していますし、わたくしも進言いたしました」
いつの間に。まあ、実際に会って話をしなくても、手紙とかでもいいだろうけど。
そもそもロザリモンド嬢は堂々とこの領地に留まっているけど、隣の領地とはいえ他領の人間だ。
一応結婚する可能性が高かったから、婚家の事を調べたと言うのは分かるけど、領地には領地の事情があるわけで……。
しかも、廃鉱にしようとしているというか、もともと廃鉱になっているんだけど。
「当主の妻であるのなら、誤った道に進もうとしている当主を止めるのも務めです」
「いえ、あの。その炭鉱、すでに廃鉱になっていて、そこで不当な採掘をしている方々の方が間違っているといいますか」
「それなら、お父様を訪ねてきた方々は一体どういう事なんでしょうか? クロード様を諫めてほしいとおっしゃっていましたわ」
ロザリモンド嬢の言葉に、ちらりとミシェルを見ると、頷かれた。
これは、旦那様に報告事項ってことですね。
「まあ、そんな事は些細な問題です。少なくとも、他領にまで助けを求めてきた方々の事は公爵家の者としてもっと知らねばなりません」
そこがそもそもおかしいの分かっているのかな?
他領の領主になぜ訴える? そしてそれをなぜ聞く?
必要ないでしょう?
もし不当統治の場合専門の訴える場所があるのだから、そっちに話を通すのが普通だ。
領地貴族がお嫌いな方々が中心となっていますので、訴えれば嬉々として調べてくれますよ。
これ、結構有名ですけどね?
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