10.外での食事はおいしさ倍増
軽く走らせることが出来るとは言っても、久しぶりに乗る馬に少し緊張した。
しかし、身体が覚えてくれているのでなんとかなっていたし、旦那様に紹介された栗毛の子は優しく頭も良いようで扱いやすかった。
馬場までは、確かに歩けば少しかかるけど、馬を軽く急がせればちょうどいい距離というところにあった。
現在は、まだ使用していないようだけど、少ししたらトレーニングが始まる。
その前に、少しだけ借りる手はずになっているようだった。
むしろ、当主が使うと言ったら、文句があってもそれがまかり通るのが領地だ。
もちろん、そこまで無理を通す気もないので、本当に少しお借りするだけだけど。
「広っ!」
ついて早々、わたしの言葉を代弁するかのように、ミシェルが呆れたような感動したかのような声を上げた。
他の面々は当然見慣れているので、何も言わない。
「あっちの方……地平線が見えてますけど……」
「広大なのは確かだな」
軽く旦那様が言い放ち、馬から降りた。
すぐにわたしの方に来て、降りるのに手を貸してくれる。
紳士ですねぇ。
「遊ばせても良いぞ」
「レーツェル、走ってくる?」
一瞬、リヒトが気になるようだったけど、やはり運動不足だったのか、リヒトをわたしたちに預け、颯爽と走り出した。
初めて見たけど、速いんだね。
もうあんなところまで行ってるんだけど!
ちなみに、リヒトも駆け回っている。
ただし、レーツェル程遠くには行かず、必ずわたしたちが見える範囲。
それでも、障害物がない所を走るのは気持ちがいいようだった。
「レーツェル、見えなくなっちゃいましたけど……大丈夫でしょうか?」
「頭がいいから、柵は越えないだろう。この時間だったら人に見られることもほぼないから問題ないと思う」
いや、レーツェルよりも領民の方々のほうが心配なんですけど。
一番心配なのはレーツェルを見た領民の反応だ。
驚きすぎて、過剰な反応しないといいんだけど……。
即座に領軍が動き出すなんて大騒動になったら申し訳ない。
まあ、あんなに大きな獣に出会ったら、当主の旦那様の元に報告がまず行くか。
「そのうち戻って来るだろう。それにリーシャが呼べば戻って来るんだろう?」
「一応、確かめてはみましたが、姿が見えなくても現れましたよ。どのくらい距離があったかは分かりませんが」
この地平線さえも見える距離で、果たして届くかどうかは分かりませんよ、旦那様。
「そのうち、調べてみるか。今は自由にさせてやろう」
自然の中で生きて来たのに、突然人の生活の中で暮らし始めて、色々ストレスにはなっていそうだ。
レーツェルが何を考えているかは分からない。
ここに居た方がリヒトを育てやすいと思ったのか、それとも群れから追い出されたのか。
しかし、少なくともこちらには好意的ではあるので、皇都邸では受け入れられている。
さりげなく、重い荷物運んであげたりしてるんだもんね、レーツェルは。
自分が居候だっていうのが分かっているような雰囲気だ。
当然リヒトは何も考えていないと思うけど。
「リーシャこっちに」
馬に乗るというのは軽い運動だ。
大して乗っていなくても、多少疲れる。
それを察してか、旦那様が外に置いてある、机といすに促す。
手には馬に括りつけていたバスケットを持って。
「朝食はこちらでとると言って、準備させた。騎士たちの分は自分達で持ってきているだろうから大丈夫だ」
「あ、ありがとうございます」
慣れた手つきでバスケットの中から料理を出していく。
まるでピクニックだ。
手で食べやすい小ぶりのサンドウィッチに、スコーンなどの焼き菓子と数種類のジャム。ほかにも彩り美しいオードブルや瑞々しいフルーツがバスケットから出てきて、ついでに果実のジュースも。
おいしそう!
ちょっと感動した。
なんとなく、こういう料理は特別感がある。
子供の頃夢見たワクワク感があった。
「……もしかして、ラグナートに聞きました?」
「いや? 子供が好きそうなことをしているだけだ」
子供の頃経験できなかったことを経験させたいとは言っていたけど、つまり――。
「子供扱いですか!?」
「違うのか?」
楽しそうに笑う旦那様に、唇を少しとがらせる。
まあ、間違ってはいませんけど?
こういうイベント事は憧れましたけど!? でもピクニックは大人だって好きだし! 何なら、女性の社交では時々あるし!
「距離が短いとはいえ、久しぶりに身体を動かしたのなら腹が空いただろう。しかも、昨日はあまり食が進んでいなさそうだったしな」
見ていたのかと素直に思った。
食が進んでいなさそうだったと旦那様は言うけど、それでも普通の貴婦人並には食べていた。
多少食欲は落ちていたけど、心配されるほどではない。
気持ちの問題だ。
あんな重要人物が目白押ししているような場で遠慮なく食べられるほど肝は据わっていませんので!
「あ、わたしが――」
グラスに飲み物を注ごうとしている旦那様にわたしが声をかけた。
しかし、手でそれを制して結局旦那様がやってくれた。
至れり尽くせり。
わたしはただ座っているだけだ。
一応ご当主様なのにいいのかぁ、やってもらって。
「ハッハッハッ!」
旦那様の手際のいい動きを見ていると、走りまわっていたリヒトが、わたしの足元を行ったり来たりしていた。
机にのったりするとわたしが怒るときちんと理解しているので、下で行ったり来たりしているけど、旦那様はそんなリヒトをあっさり抱き上げて、ミシェルに投げる様に渡した。
ミシェルはそれを仕方ないなぁって顔で受け取って連れて行く。
「ほら、リヒト君! 夫婦の邪魔をしちゃだめだぞ。僕が君のご飯持っているから向こうに行こうね。というか、君最近本当に重くなったね? 成長期? それともデブなだけ? ちょっと毛並みがもこもこだと分かりづらいけどさぁ」
ミシェルにも言われているよ、リヒト。
やっぱりわたしだけじゃないんだね、君をデブかも知れないと思ったのは。
ちょっとご飯制限しないとかな? それとも運動量増やしてあげるか……でもなぁ、皇都邸では元気よく遊んでいるから、レーツェルと違ってそこまで運動不足だとは思えないんだよなぁ。
やっぱり、ちょっと食べすぎか。
つぶらな瞳で侍女や下女におやつ頂戴と訴えると、内緒よって感じでおやつもらえてるからな。
全面禁止にしておかないと。
成長期だからと甘やかしていると、ろくなことにならない気がする。
「どうした?」
「あ、いえ……ありがとうございます」
連れて行かれるリヒトの食事制限を考えていると、旦那様がグラスを渡して来た。
わたしはそれを受け取り、色々やってもらった事にお礼を言った。
「リヒトのことはミシェルに任せておけば大丈夫だろう。なんだかんだ言っても、気が合うみたいだしな」
気が合うと言うか、単純に遊び相手でしょうね。
どっちにとっても。
「とりあえず、食べよう」
「どれもおいしそうです」
外で食べると言うのはなかなか楽しい気持ちになりますね。
バスケットから料理が取り出されるたびに、うきうきしました。
何が入っているか、どきどきもしましたよ、旦那様。
「領城の料理人は私が子供の頃からの料理人で、お互い良く知っている。畏まった料理も上手いが、こういう遊び心の出るバスケットを作るのも上手い」
「旦那様は良くピクニックなんかに行ったんですか?」
口ぶりがそんな感じに聞こえた。
「よくではないが、同年代の子供は一緒くたにされていることが多くて、時間が出来たらよく遊んでいたな。その時、みんなで城の調理場に押し掛けて、作ってもらっていた。領主の孫が筆頭だから、忙しい最中でも作ってもらえた」
「ちょっと、意外ですね。真面目に勉強尽くしの日々なのかと思ってました」
少し意外そうにわたしが言うと、旦那様は肩をすくめた。
「子供同士で遊ぶことも社交の一つだからな。息抜きのつもりでもあったんだと思う」
「だからこういう事に慣れているんですか?」
準備の手際がすごく良かった。
取り出すだけだぞ、と旦那様は言うけど、それを綺麗に並べている姿は慣れていると言えた。
「これから君も慣れればいいだろう? ピクニックくらいはどこでも出来るんだから」
それもそうだ。
皇都に帰っても、それこそリンドベルド公爵家の皇都邸の中でピクニック気分を味わってもいい。
外で食べるご飯は、一味違ってくせになりそうだった。
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