5.旦那様との面会
帰りの馬車の中でも、わたしの腕の中でちんまり大人しくしている、子犬様。
本当は、この子の入っていた籠に入れる予定だったんだけど、ものすごく嫌がったのでしょうがない。
まあ、狭いところにずっと入れられていたんだから嫌だよね。
外に出て大勢の人の中に入っても、大丈夫か心配だったけど、それは問題なかった。
警戒しているように低く唸ってはいたけど、それだけで済んだ。
実は途中で、ミシェルが抱きかかえるの代わろうかって言ってくれたんだけど、この子が嫌がっていた。
うん、わたしだけに懐いているっていうのはうれしい。
わたしが大丈夫だよって頭撫でると、気持ちよさそうに尻尾が少し揺れていた。
ミシェルは納得いかなそうだったけど、ネコに浮気しているような男はお断りらしい。
「帰ったら、少し洗わないとダメかな?」
「少し汚れていますからね……実家で動物飼っている子がいるかもしれませんので、聞いてみましょう」
「リルは実家では何か飼っていた?」
「わたくしの家では特に。でもリーナは酪農農家の出身だったはずなので、牧羊犬くらいは飼っていたかもしれませんね」
大きな犬と小さな犬。体格は違えど、同じ犬。
きっと飼育するのに大きな違いはないはず。
色々揃えないとなぁと考えて、こんなに楽しく色々計画するのはいつぶりだろうかと振り返る。
「楽しそうだね、リーシャ様」
行儀悪く足を組んで肘をついて、ミシェルがこちらを見ていた。
見ていたのは主にわたしではないけど。
「そいつ、本当に犬かな?」
「どういう意味?」
「犬にしては賢すぎな気もするし……犬歯が立派な気がする。一応店の人間に聞いたけど、やっぱりあそこにいた子はどれも室内で飼える様に特別に交配した子たちだった」
「つまり?」
「本能はあっても、実際に自然界で生きている子たちとは違うって事。どこか本能が退化してるって言うのかぁ? ちゃんと見て見ないことには分からないけど、狼……の血を感じるっていうか……まあ、狼も犬も同じ様なものだけど」
疑わし気にしながらミシェルが再び、手を伸ばす。
うぅー! と牙を向きだしにしながら威嚇している子を、駄目よと宥めると、唸りながらも、ミシェルの手を拒絶はしなかった。
ミシェルは何度か、その頭を撫で、目を見開いて、自分の手を眺める。
その驚きは、良く分かった。
ふふふ! この子やばいでしょ!?
得意げに口元を吊り上げて、ミシェルを見ると、彼はまさか、信じられないと言わんばかりに、呆然としていた。
なんだかわたしが期待していた反応とは違う。
「え、リーシャ様……その――……」
「何?」
「え、いやぁ……なんというか、確証はないんだけど……、やばい? 的な?」
「はあ? 確かにヤバい手触りではあるけど……」
いつまでも触っていたい。顔を埋めてもふもふしたい。出来る事ならずっと!
って願望が芽生える位には素晴らしい毛をしているのは分かっているけど。
「うーん……クロード様にも聞いてみなくちゃ分からないなぁ」
え? だから何を?
それから先、ミシェルは黙ってしまった。
隣に座るリルと話していても、参加する様子はない。
いつもだったら、真っ先に会話に参加するのに。むしろ、自分から話題ふって来るのに。
邸宅に着くと、ラグナートが待っていた。
帰宅時間なんて知らせていないのに、と思ったら犯人はミシェルだった。
にしても、わざわざ出迎えるなんて珍しい。
「旦那様が執務室でお待ちです」
「えっ? 旦那様が?」
なぜに? もしかして今日の外出どうだったか聞きたいとか?
「そちらの子も一緒にと」
「この子も?」
腕の中で興味深げに邸宅を見ている子犬も一緒とは……。
ますますわからない。 もしかして、反対されるか?
やっぱり先に話をしておいた方がよかったかな……
「ミシェル、さっきからこの子気にしてるみたいだけど、そんなに特殊な子なの?」
こそりと隣にいるミシェルに聞くと、ミシェル自身も困惑していたようで、確信はないけどと前置きした。
「もしかしたら、すっごく貴重な動物かも知れない……。僕も見るの初めてだし、毛皮に一度触ったことがある程度だから、本当に自信はないんだけど」
良く分からないけど、この子の手に吸い付くような滑らかな毛皮に何かあるらしい。
しかも、ミシェルでは判断が付かない希少性。
ええ? これってもしかしなくても、厄介事?
まあ、この子を手放す気は無いけど!
ラグナートに案内されるまま、旦那様の執務室に向かう。
そして、中から入れの短い返事。
中に入ると、厳重に扉が閉められて、わたしと旦那様、ミシェルにラグナート、それにディエゴだけになった。
執務室に設置されているソファに促され座り、腕に抱えていた子を膝に下ろすと、少しもぞもぞした後に、ゆっくり丸くなった。
その動作がかわいくて、思わず口元が緩む。
対面に座った旦那様とミシェルが何事かやりとしていて、ラグナートはお茶を準備していた。
ディエゴは目を輝かせて、わたしの膝の上の子を眺めている姿を見ているので、どうやら好きなようだ。
お茶が各自に配られると、旦那様はゆっくりと膝の上で丸くなっている子に目を向けた。
「それか……」
「そう、僕では判断つかなくて。なにせ、実物を見たことがないもので。クロード様は?」
「私も実物は一度しかない。しかも偶然だしな……。ただ、毛皮のコートは持っている」
「わぉ! さすが公爵様! 持っているモノが違いますね!」
いつも思うけど、なんでそんなに気が合ってるんですか、二人とも。
わたしもディエゴも良く分かっていないんですけど?
いい加減ちゃんと説明してほしくて、二人を睨むように言った。
「あの、一体この子にどんな問題が? 分かるように説明してほしいんですけど?」
「ミシェル?」
「確信ないのに、言えないですよ、僕は。一応、クロード様に確認してほしくて」
確信ないとか、本物がとか……
何がなんだかさっぱり分からない。
旦那様はミシェルの反応に、ため息を吐きながらソファから立ち上がり、わたしの横に座る。
この距離感。
最近ここまで側にいた事がないので少し緊張する。
「触るぞ」
「ど、どうぞ」
伸ばされる手が、膝の上の子に触れようとした。
その瞬間、耳がピクリと動き頭を上げる。
唸りはしなかったが、嫌がってるそぶりがあったので、背を撫でて宥めると、仕方ないと言わんばかりに、旦那様の手を受け入れた。
「どうですか? クロード様」
何度か確かめるように毛を撫で、満足したのか手を離す。
そして難しい顔をしながら、旦那様は一つ頷いた。
「おそらく、本物だ――……」
困ったことになった、と言わんばかりに旦那様は膝の上の子をジッと見つめてため息を吐いた。
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