4.あなたに決めた!
ふわふわ、もこもこ。
これが至高の天国か……!
「わわ! この子人懐っこいですねぇ!」
ミシェル君、顔、顔!
うん、でも分かるぅ!!
「ミシェル、こっちの子も見て! 尻尾が!」
きゅるんとした目とピンと立った耳。ぶんぶんと振られる尻尾。全身で嬉しいと表現している愛想のいい子。
もう、全員買っちゃう!?
大丈夫! だって公爵邸の敷地は広いから!
「でも、これっていったい何の店?」
「僕も詳しくはないけど、最近貴族の間で室内で飼える様に交配した小動物が流行ってるのは知ってる?」
「噂程度には」
「それが市民の間にも流行り出したってところかなぁ」
なるほど。
貴族の中で流行っている事って、市民の間にも流行るものだしね。
特にこういうものは人の心に訴えかけてくるから、マネするのも早いんだね!
実際かわいい!
「でも、結構高いのね」
「元は貴族の楽しみだったからかな? たぶん、もう少ししたら大分値段も下がって来るんじゃなかなぁ」
どうやらミシェルはネコ派のようだ。
さっきからそういった子たちばかり抱っこしてる。
ミシェル自体が気まぐれなネコみたいだから気が合うのかも知れない。
ここはお見合いの様に好きな子と触れ合いつつも、相性のいい子を探すようだ。
ちなみに、わたしは犬派。
主人に忠実なところが可愛いのだ。
でもベルディゴ伯爵家やリンドベルド公爵家では動物は飼っていない。馬車などを引く馬などはいるけど、愛玩動物としての小動物はいない。
「やっぱり、一匹買って行こうかな……」
癒しは重要!
「そうしましょ! できればこの子とか!」
ミシェル、その子が一番のお気に入りなんだね……。
何匹も抱えていたのに、その子だけ特別扱いだよね?
確かに可愛いけど。
「ミシェル自分で飼えばいいじゃない」
「僕、今は公爵邸に居候だからちょっとね……。でもご主人様が飼ってくれるなら僕も可愛がれるでしょ?」
自分のためか……
まあ、いいけど。
「でも、今買って帰っても旦那様はなんていうか……。先に話通しておかないと、問題にならない?」
「大丈夫じゃない? ほら、今のクロード様はリーシャ様のためならなんでも許しそうだし」
あー、あれね。
信用構築期間。
正直、わたしはあの話を聞いた後からあまり旦那様に対して怒ってはいない。
色々事情はあったのは分かったし、反省も……してるみたいだし。
一応謝っていたしね。
「と、いうわけで、この子でお願いします。この子なら、僕自費で買っちゃう!」
わたしはにっこり笑ってミシェルに言った。
「駄目。わたしは犬派だから」
「えぇ! じゃあ、二匹飼おう? 一匹は面倒みるからぁ! もしかしたらクロード様はネコ派かも知れないじゃないですか!?」
「たぶん、犬派じゃない? 気まぐれな子より忠実な子の方が好きそうよ」
「なんでわかり合ってる夫婦みたいなこと言うのさぁぁ! でもクロード様はリーシャ様が好きなんだから、きっと気まぐれなネコの方がタイプで――」
「はいはい」
わたしは適当にミシェルをあしらって、のんびり過ごしていたり、駆けまわっていたり元気に動いてる子を眺めたりする。
室内で飼えるとは言っても、子犬の時点ではまだどれほど大きくなるかは分からない。
まあ、子犬の頃に大きければ、大型犬になるんだろうけど。
「どの子も可愛い」
「可愛いですね」
ミシェルは不貞腐れたようにふーんって感じでそっぽ向いてわたしの後をついてくる。
ここで甘い顔したら駄目だと思い、わたしはぐるりと周囲を見回す。
そして、ふと奥に積まれた籠を見つけた。
頑丈そうな籠で、おそらくあれに一匹ずつ入っていたのだと思う。
しかし、その中に一つだけ、場違いなほど頑丈そうな檻のついた籠を見つけた。
「あの子――……」
「え? あの子がいいの?」
ミシェルが意外そうにわたしを見る。
「えっと……」
一匹だけ隔離されているように小さな檻の中に入って、こちらを警戒しているように唸っている。
毛を逆立てて、まるで近寄るなと言わんばかりに。
「ふーん、リーシェ様……ああいう生意気そうなやつ手懐けたいって願望あるのかぁ……たしかにクロード様も生意気そうだからなぁ。一筋縄ではいかないし……」
にやにや笑いながらミシェルが横目で見ながら言う。
うるさいよ、ミシェル!
「すみません、この子気になるんですけど」
「あー、すみません。こいつはちょっと――……」
店の人間にわたしが尋ねると、なんだか歯切れ悪く、おススメできないと言ってきた。
売り物ではあるけど、なんでも誰にも懐かないらしく、触れようとすると威嚇して噛みついて来るんだとか。
どこからの仕入れなのかもはっきりしていなくて、店側はどうしようかと困っているとの事。
他の子は引き取り先が見つからない場合は、ネズミ捕り用の猫として売ったり、牧場犬として売ったりするらしいけど、この子はそもそも人に友好的でないので殺処分される予定とも言っていた。
そこまで聞いたら、黙っていられないじゃない!
気が乗らないのか、店員は他の子をオススメしてきたけど、もうわたしの中ではこの子一択。
もし、全くダメでも、引き取ろうと決めた。
今は無理でも愛情持って接していれば、そのうちこっちに友好的な態度見せるかもしれないし。
ネコよりも犬は頭いいから!
「リーシャ様、本気ですか?」
「悪い?」
「……怪我でもしたら僕がクロード様に殺されるんですけど?」
「じゃあ、悪いけど、殺されてもらおうかしら?」
「ひどいですよ! 親友じゃなかったんですかぁ!?」
わたしの親友候補はもういないんですよ、ミシェル君。
店の人に鍵を開けてもらう。
そしてわたしはゆっくりと扉を開ける。
相手は警戒しているのか、こちらを見て唸るだけ。逃げ出しても無駄だと分かっているのか、飛び出そうとはしてこない。
怯えさせないように、ゆっくりと手を差し出す。
しかし、案の定とでも言おうか、勢いよく噛みついてきた。
子犬のくせに、しっかりと伸びた犬歯は、力強くて本気で噛まれると痛かった。
この世は弱肉強食。どちらが強いのか示さなければ、負けなのだ。
にらみ合うように、お互いの瞳が交ざりあう。
不思議な色合いの瞳だ。
わたしと同じ青い瞳なのに、どこか力強く、どこか儚く揺らいでいた。
時間にしたら、そんなに長くないにらみ合いがしばし続く。
そして、こちらが何もせずにじっと我慢して待っていると、諦めたのか噛んだところから、ゆっくりと牙を放す。
そして、血が流れるそこをぺろりと舐めた。
ふふふ、勝ったわ!
「可愛いわね」
「勝った! とか思ってない? リーシャ様。なんかやり切った感出てるんだけど……というか、手当!」
ミシェルがわたしの手を取って、店の人に薬を頼んでいた。
ミシェルが、わたしの手の手当てをしている間に、店の係の人間に檻の中から出してもらう。
さっきまで唸っていたのがうそのように大人しかった。
というか――……。
この子ちょっと汚れているけど、めっちゃ気持ちがいいんだけど!
まるで手に吸い付くような滑らかな毛ざわりが、たまらない。
出来る事なら顔埋めたい!
「買ったわ、この子! この子に決めた!」
「はいはい、もう好きにしてください」
興味なさそうな事言ってるけど、お金払っておいてね、ミシェル!
つぶらな瞳がわたしをじっと見ていて、その柔らかい毛に頬ずりした。
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