3.お約束には気を付けましょう
洋服店の店主はものすごく困ったような表情だ。
ごめんなさい、わたしのせいで困らせて!
さすがに最高品質のドレスを着た人間が来店してきたら、困りますよね。
ここは貴族の方々来るような場所ではありませんよって。
そんな中、ミシェルとリルはあれこれ相談していた。
本当はここにわたしが交ざらないとダメなんだろうけど、どういうものがいいのか良く分からないので、黙って聞いている。
むしろ、男のミシェルが詳しすぎるのがなんだかなぁ……。
リルにしても相談相手にミシェル選んでる時点で、わたしは完全に戦力外だって思われてる。
多少、どんな色がいいかくらいは聞かれたけど、こだわりがなさ過ぎて、結局ミシェルのとリルの好みで決められた。
リルと一緒に試着室に入って、着替える。
当たり前だけど、簡易的なこの服は一人では着れるけど、今着ているドレスは一人では脱ぎ着できない。
ドレスを脱がせてもらって、服を着る。
あー、楽!
締め付けなくて動きやすい!
膝下のスカートがふわりと舞って、足がスース―する。
最近の流行りはひざ丈くらいらしいんだけど、わたしには少しハードルが高いので膝下のスカートだ。
格好だけ見れば、ちょっと裕福なお嬢様に見えなくもない。
「あー、似合ってるけど……」
ミシェルの方は平民の男服になっていた。
店主が困惑したようにミシェルを見てたけど、気にしない。
「やっぱりリーシャ様の美貌はちょっとやそっとじゃ隠れないかぁ。やっぱりこれ必要だね」
そう言って渡して来たのは、つばの広い帽子だ。
深くかぶれば、視線を遮ってくれる。
自意識過剰とは思われたくないけど、自分でも侍女たちのおかげで相当お肌が輝いているのは分かっている。
こんな平民普通はいない。
「大掛かりになると、余計に危険だから護衛は少し離れていて。リーシャ様は僕から離れないで下さいよ。ちょっと失礼だけど、手を握らせてもらうから」
「分かった」
あんな賑わっているところで迷子にでもなったら一大事だ。
わたしだけじゃなくて処罰されるのはわたしについてきている面々なので、逆らわずに差し出された手を握る。
すると、ミシェルも握り返してくる。
「いやぁ、役得役得! クロード様に話したらなんて言われるかなぁ」
……煽るの止めといたら?
さすがに止めようかどうしようか迷ったけど、結局何も言わなかった。
言ったところで無駄だから。
「じゃあ行きますよ、お嬢様! 僕のオススメ屋台あるんで、そこ行きましょ!」
ぐいぐい引っ張られて市場に入る。
入口あたりからすでにお祭りのような賑わいで、自然と気分が高揚してくる。
「リーシャ様、立ち止まると危ないです」
思わずじっくり見回す様に足を止めてしまいそうだったけど、人の流れは速くて、立ち止まると通行の妨げになる。
きょろきょろ見回しながら、珍しいものが目に入るたびミシェルに聞く。
ミシェルはここに慣れているのか、すいすい動いている上、知識も豊富で質問にも詳しく答えてくれた。
全く素晴らしい案内人だと思う。
「こちらに」
突然ぐいっと手を引っ張られ、ミシェルの方に寄る。
すると、そのすぐ横を猫背の男の人が速足で抜けていく。
一瞬目があったような気がしたけど、向こうはガラが悪そうな人相でわたしに舌打ちをして去って行った。
一体、なんだったんだろうと後ろを振り返ろうとしたけど、ミシェルが手を引いて歩き出したので、わたしも前を向く。
「リーシャ様は相当狙われやすいみたいですね。さっきから一体何人目だか。やっぱり、どこか深窓の令嬢みたいな雰囲気が出ているからかなぁ?」
「えっと?」
「スリですよ。気付きませんでした?」
え?
全く気付きませんでした……。
こういうところのスリは手慣れていて、街の衛兵でも簡単に取り押さえられないとは聞いたけど……。
「いいの?」
見逃して。
確かにミシェルに捕まえる義理はないけど。
「一応未遂ですし、本当にスリかどうかは犯行現場を押さえないと。だからさっき僕の言ったスリって言葉も、正確にはスリの可能性って事ですよ」
色々あるんだな。
でも、確かにやったやらないとなれば、決定的な証拠でもない限り逃げられるのはどんな犯罪だって同じだ。
「さて、リーシャ様にお財布渡しておかなくて良かったけど、何かお買い物したいですか? 経費で全部落ちますのでなんでも遠慮なく言ってください」
一応わたしにも公爵夫人として予算は回されているけど……、まあミシェルがそういうならいいか。
ラグナートを困らせない程度に何か買おう。
そう思っていると、前からわあって歓声がここまで聞こえてきた。
「何かな?」
「この先は中央広場なんで、何か見世物でもやっているのかも知れませんね、行ってみます?」
もちろん。
わたしが頷くと、ミシェルはそちらに向かって歩き出す。
段々と歓声が大きくなってきて、その声はどちらかと言えば子供の甲高い歓声が多い。他には女性の声。
結構な人だかりになっているけど、ミシェルは上手い具合に隙間をぬって前列まで出てくれた。
そして――……
「うわぁ!」
「やだ! 何これ!?」
目の前に広がる光景に、二人して顔を見合わせて、口元が緩む。
「なるほど! これは女子供が好きなやつだなぁ」
冷静に分析しているようでも、ミシェルの目は輝いている。
知ってはいたけど、ミシェルはこういうのが好きだ。
まあ、こういうのは男も女も関係ないけど。
「リーシャ様、これ買いましょう! どれか買いましょう! 僕クロード様の事絶対説得してみせますから! 率先して面倒見ますから!」
ミシェルが頬を紅潮させてわたしに訴えているそれ。
それは小さな毛玉たち。
もこもこふわふわしている、可愛い動物の赤ちゃんたちだった。
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