1.やりたい事、特になし
好きなことをしていい。
そんな風にラグナートに言われたけど、実際は――……。
ないよ!
というか、すぐには思いつかないといいますか?
だって、今まで領地経営一筋って感じだったし。やりたいことも領地の発展! みたいな?
すでに素晴らしい繁栄をしている公爵領の発展とか、今さらって感じだし。
新規参入事業とか考えたところで、既存のものはだめだ。競合しちゃうし。公爵夫人が関わっているってバレたら忖度されて、既存の商家がつぶれる可能性がある。
それは逆に駄目すぎ。
「リーシャ様って無欲ですよねぇ」
「そこまで無欲ってわけではないけど」
やっぱり、生活は楽したいし、おいしいものは食べたい。ゆっくり身体を休めて、ダラダラしたい。そんな欲求はある。
ミシェルは対面でわたしのお茶の相手をしながら色々相談事に乗ってくれている。
彼は、すっかりこの公爵邸に馴染んだようで、いつも生活を楽しんでいた。
「ほら、だから無欲なんですよ。誰もが望むような事しか考えていないから! 普通公爵夫人にでもなったら、宝石やらドレスやら、それこそ別荘とかでも買って毎日湯水のようにお金使って人生楽しんでも、おかしくないでしょ?」
「あなたはそういう生活が本当に楽しいとでも思ってるの?」
「価値観の違いかなぁ。そういう事を夢見るお嬢さん方は多いって事。僕は遠慮するけど。逆に疲れそうで、好みじゃない。リーシャ様だって興味ないでしょ?」
うん、全く。
なんだろう、ベルディゴ伯爵家の継母と異母姉の生活見てうらやましく思った事、あんまりないんだよね。
まあ、侍女たちに気持ちよくマッサージされるあれは心底気持ちよくて、侍女にかしずかれてお風呂に入ることはよくよく理解できた。
あれはわたしが理解している数少ない堕落だと思う。
「とりあえず、お金を使って経済回すのはお金持ちの義務だとは思ってる」
「じゃあ、何か事業でも起こしますか? 奥様?」
「忙しくなるのは避けたいんだけど」
「はじめだけ草案作ってクロード様にぶん投げるってどうですか? なんか最近暇そうですし」
確かに!
最近よく一緒にお茶してる。
「ディエゴさんはその分忙しそうだけど」
あー察した。
ディエゴ、強く生きて!
信用構築を目指しているらしい旦那様の犠牲になっている訳ね。
ごめんね、ディエゴ。
お休みは上げられないけど、今度はちゃんと旦那様には言っておくから! 仕事して下さいって。
「せっかくだから、外に出て少し気分転換してみてはどうですか? いっつも引き籠ってるんですから」
外ねぇ。
ミシェルの言っている外と言うのは、邸宅の外という意味だ。
庭園で散歩するって事じゃない。というか、今まさに庭園でお茶飲んでいるからね。
そもそもわたしは引き籠っている訳じゃない。ただ、邸宅の外に出なくてもすべて完結してしまうので、動きが少なくなっているのは確かだ。
なにせ、わたしは公爵夫人。外に出なくても、向こうからやってきてくれる。
「たまには行ってみようかな……」
任されている仕事という名の義務も、いつもある訳じゃない。
基本的には一番忙しいのは季節の変わり目や、人事の動く時。
つまり、今は基本的に暇――な筈なんだけど、一応自主的にお勉強もしている。
領主的な事はラグナートに仕込まれているけど、やはりそれは男の仕事。メインとなる家政については、継母がやっていなかったため、領地の事の片手間で多少やっていた程度なので、しっかり学ぶ機会がなかった。
最低限の事は出来るけど、まだまだだ。
そもそもベルディゴ伯爵家とは規模が違う。
「お勉強はまた今度! たまには息抜きしないとね!」
あなたはいつも息抜きしているようなものでしょ。
むしろ、一番楽しそうなのミシェルなのはどういうことなの? わたしの息抜きじゃなかったわけ?
「そうと決まれば、準備しないと! さすがにクロード様には一言必要かなぁ? あ、ところで侍女殿一人借りたいんだけど」
「……何をするのか分からないけど……リル、誰か手すきの人を探してきて。もしいなかったら手伝ってあげて。リーナは旦那様に伝えてきてもらってもいい? ライラは支度手伝って」
外に出るのなら、やはり着替えは必要だ。
今はいわゆる部屋着。
これでも外に出るのは問題ないけど、やはり公爵夫人としての沽券にかかわる。
見る人が見れば分かるのだ、その人の格好が。
別に知り合いに会う予定はないけど、あの時のお茶会以降わたしの容姿は急速に知れ渡ってきているので気が抜けない。
わたしの指示で各自が動き出す。
まあ、準備と言っても着替えるだけだ。
正式な社交に出かけるわけではないので、そこそこ動きやすく、公爵夫人として見下されない程度の格式で――。
正直面倒くさいけど、こういう時にライラがいると大助かり。
こういうことが好きなので、任せておけばいいのだ。
好きなことは好きな人に任せる、これ重要!
リーナはすぐに戻ってきて旦那様の言葉を伝えてくれた。
気を付けて行って来いとの事。
月並みだけど、一応気にかけてはくれていた。
ちなみに、リルはそのままミシェルの方にいる。
一体何のために侍女が必要か分からないけど、ミシェルのやることにいちいち突っ込んではいられない。
「リーシャ様、いかがでしょう?」
本日のドレスは、紫を基調にしたものだ。
落ち着いた色合いが気に入っている。
くるりと姿見の前で一周して、満足した。
「いいわ、この色やっぱりいいわね。それにこの生地も高いだけの事はあるわ」
公爵夫人になって着道楽になった――というわけではないけど、やはり着るモノが格段に良くなるとわくわくする。
以前はそんなものにお金を使っている意味が良く分からなかったけど、色々と余裕ができると感覚が違ってくるようだった。
毎日はちょっと堅苦しいけど、こうしてたまに出かける分のおしゃれは楽しい。
準備を終えて正面玄関に向かうと、そこには旦那様とラグナート、そして……
誰も突っ込まないの?
それとも、もう突っ込んだ後!?
「あ、リーシェ様! 早く参りましょう?」
女装姿のミシェルがいた。
「……どうして?」
「え? 似合いません? これ新調したドレスです! 必要経費で落とせるんで、ここでの生活は楽しいですねぇ」
「旦那様……」
これ、いいの? と視線で尋ねれば、諦めたようにため息を吐いた。
あ、お疲れですか旦那様……、というかラグナートも良く許可だしたなぁ。
これ、必要経費って事は、領収書は全部ラグナート行きじゃない?
「何を言っても無駄だと分かった。今思っているのは、やつならアンドレット侯爵家を乗っ取れただろうという事だ」
あー……うん、そうかも。
口先だけで味方作って、敵対派閥を完膚なきまでに叩きのめしそう。
というか、できそう。
むしろ、ヤル。
皇女殿下の時みたいに。
旦那様の元に就いたのは、その方が楽しそうだと判断したからだ。
絶対。
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