11.お強いんですね?
うそぉぉ!
わたしは口を開けてぽかんとミシェル嬢を見た。
いや、だって非力そうな美貌の令嬢の繰り出す攻撃じゃないよね? なんだかすごい音したのは気のせいかな?
「ああ、言い忘れておりましたわ。これ、重さ約二キロの鉄扇ですの。殴られれば痛いですわよ?」
むしろ、それを片手で優雅に弄んでいるあなたの方が何者ですかと問いたいです。
ミシェル嬢の突然の攻撃に、残りの二人もぽかんとしている。
むしろイブリード卿は顔が青くなっていた。
しかし、さすがは騎士。
もう一人はすぐさまミシェル嬢を警戒する。
「貴様! 一体何を――!!」
「弱いですねぇ、それで騎士を名乗るなんて。わたくしでも簡単に名乗れそうですわ」
びしっと鉄扇で狙いを定めるように指示す。
「リーシャ様。そこでじっとしていてくださいね?」
はい、邪魔は致しません。
生き生きとしているミシェル嬢にかける言葉はもうない。好きにさせておいた方がいい気がした。
果たして巻き込んだのか、巻き込まれたのか――……絶対後者だと確信する。
うぅ、旦那様。
わたしに一体何させたいの!?
絶対に旦那様の仕込みだと思い、旦那様に向かって心の中で叫ぶ。
でも、とりあえず――……ミシェル嬢、とってもカッコいいです!
「ひ弱な令嬢に手も足も出ないなんて騎士の名折れですわよ?」
二キロほどの鉄扇を振り回している時点でひ弱ではないです。
でも、見た目は確かにそんな風には見えないのでギャップがすごい。
容姿詐欺だ。
「は、早く取り押さえろ!」
後ろで叫んでいるイブリード卿。
あなたも男なら加勢すればいいのに、どうもミシェル嬢が怖い様子。
腰が引けてますよ、イブリード卿。
「このまま制圧してもいいんですけど……どうしましょう?」
「え、別にいいですけど?」
なぜかこちらに意見を求めるミシェル嬢。
わたしの方は全然かまわないので、ぜひやっちゃってください!
うーん、と考える彼女は、まあいいかと、鉄扇を振りかざす。
もちろん、先の騎士への攻撃を覚えている騎士は、警戒していたので避ける。
まあ、あの一撃は相手が油断していたから簡単に決まっただけであって、こんな直線的な攻撃は避けてくれと言っているようなもの。
ミシェル嬢はそれをわかっていてやっているようだった。
まるで遊んでいるかのような感じだ。
「あら、あら。逃げているだけとは……そんなに怖いのですか? ぜひそちらを抜いて下さってもよろしいのですよ?」
その視線は、騎士が持つ武器に行く。
彼はまだ理性的なのか、皇宮内での不要な抜刀がどういうことかきちんと理解しているようで、武器には手を出していない。
「そ、そうだ! 早くしろ!」
ミシェル嬢は武器を手にした騎士でも圧倒する自信があるのか、ふふふっと口元に笑みを浮かべながら待っている。
しかし、その時――
いきなり扉が蹴り開けられた。
けたたましい音に、わたしの肩が跳ねると同時にミシェル嬢が素早い動きで騎士を殴り飛ばす。
というか、吹っ飛ばした。
わたしは開いた口が塞がらず、そのミシェル嬢の後姿を見ていることしか出来ない。
開いた口が塞がらないというのはこういう事。
圧倒的体格差のある男性を、非力そうに見える令嬢が吹っ飛ばす現場を見ていたらたらこうなる。
いや、こうなってほしい。
うん、わたしだけじゃない筈!
「あら、主人公は後から登場とは申しますが、ヒーローは早めに登場するものではないのですか?」
ミシェル嬢の視線の先。
わたしもぼんやりしながら、そちらを見る。
あっ……。
「ミシェル……これは一体どういうことだ」
入って来たのは旦那様と騎士の皆さま。
旦那様の声が一段と低く、ミシェル嬢を冷たく睨んでいる。
「これが一番手っ取り早い方法かと思いまして」
あれ?
今の言い方だと、旦那様は全く知らなかった様子。
絶対旦那様が関わっていると思っていたのに……
いや、でもなんでかミシェル嬢のことを呼び捨てで呼んでる。
なんで?
そんなに親しい間柄?
二人が会話している側では騎士たちが三人の男を捕らえて連行している。
いや、でも旦那様タイミングよく来すぎじゃない?
もしかしてやっぱり、旦那様はある程度知っていたとか……
うーん、なんだか頭が混乱してきた。
誰かわたしに詳しい説明ください!
「大丈夫か?」
旦那様が片膝ついてわたしをのぞきこんできた。
険しい顔だけど、わたしに怒っているわけではないという事は分かる。
「大丈夫ですけど……あの、旦那様が主犯ですか?」
しまった!
思わず口に出てしまった。
旦那様は横目で睨むようにミシェル嬢を見ている。
あ、旦那様も巻き込まれた方ですか……。
なんとなくそう察した。
というか、ミシェル嬢。
旦那様を巻き込むとか、逆にすごくない?
ぜひ、その手腕を教えて下さい! わたしも旦那様にやり返したいので!
「立てるなら行くぞ」
旦那様の手を取って立ち上がると、一瞬よろける。
すかさず旦那様が支えてくれた。
「リーシャ様」
ミシェル嬢から声を掛けられてそちらを見ると、彼女はにこやかに微笑みながらわたしに笑いかけるように言った。
「リーシャ様、リンドベルド公爵閣下はいい人ではありませんけど、約束はきちんと守る人なんですよ」
つまり、いい奴ではないけど、信用は出来るってことですか?
えー、全く理解できないんですけどね。
ちなみに、どうしてそんな言葉が出てくるのでしょうか?
もしかして、今回のこれで夫婦仲が悪化するとでも思って、そのフォロー?
軽口を叩くかのような気安さで旦那様をそう評価するミシェル嬢。
旦那様は相変わらずミシェル嬢を睨みつけ、わたしの手を取ってさっさと歩きだす。
ミシェル嬢とのすれ違いざまに、旦那様は何か言っていたように見えたけど、わたしには何も聞こえてこなかった。
反対にミシェル嬢は旦那様に、過保護ですねぇと言っていた。睨まれていたけど。
過保護とは一体……。
「あの……、一体どちらへ?」
そもそも、わたしは旦那様に呼び出しされて執務室に向かっている最中だった。
忘れていたけど。
「仮眠室」
はい? 仮眠室?
仮眠室って、あの仮眠室ですよね?
え、何する予定なんですか? え?
ガチャリと扉を開くと、そこは広々とした旦那様専用と思われる執務室。
中にはディエゴがいて、死にそうな目で仕事をしていた。
相変わらずな人だ。
旦那様は無言のまま部屋の中を突っ切って奥の扉を開けた。
「お待ちしておりました、リーシャ様」
「え、リル?」
良く分からないけど、邸宅にいる筈の侍女リルが部屋で待機していて、執務室と繋がっているそこは、仮眠室には見えない豪華さの部屋だった。
中央には大きなベッドがドンと置いてある。
わたしは意味が分からず旦那様を見上げると、旦那様はどこか呆れたように見下ろしてきた。
「あれも言っていただろう? 私はいい人ではないが、約束は守る」
あれとはミシェル嬢の事だ。
「……はじめに君は言っていただろう。私に――三食昼寝付きの事を。私の知る限り、結婚してから昼寝を欠かしたことはなかったと思うが?」
「あ、お昼寝……」
「寝ろ」
短くそれだけ言うと、旦那様はさっさと部屋から出て行き、扉を閉める。
え、いや待って!
確かに欠かさず昼寝をしていますけど、今すごい目がさえてるんですけど!
あんな事があって、大人しく寝れませんけどぉ!?
「リーシャ様、とりあえずお着替えになられてベッドに横になられてはいかがでしょう? もしかしたら、少しはお休みになれるかもしれませんよ?」
わたしはリルの言葉にしたがって化粧を落として、ドレスを脱ぐ。
リルが寝巻というほどではないけど、結構簡素で締め付けの少ないドレスを持ってきてくれていて、それに着替えた後ベッドに入る。
外から入る光はまだ明るく、リルが天幕を引いてくれた。
眠れそうにないけど、少し目をつぶると、わたしはいつの間にかすっかり寝入っていた。
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