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4.信用ゼロの優しさ

「という訳で、旦那様も協力してくださいね」


 執務室でミシェル嬢とのお茶会概要を話して、協力を要請してみる。

 絶対、何か条件を出してくるであろう、旦那様に身構えつつお茶会の招待状を渡すと、旦那様はそれを手で弄ぶ。

 そして、意外にもあっさりと頷いた。

 

「この日は丁度、皇宮で仕事がある。少しくらいなら、顔を出せるだろう」


 できれば初めから最後までいてほしかったです。

 盾役いるのといないのとじゃ、大違いなんですから。

 しかし、仕事もあるのだからそこはぐっと我慢した。ここで文句言って、じゃあ行かないとなったら一番困る。

 でも不思議だ。

 いつもの旦那様らしくない。


 いつもなら、絶対交換条件で何か提示されるはずだ。


「なんだ? 顔はきちんと出す」


 わたしが訝し気に見ていたせいで、旦那様の眉が寄った。

 だって仕方なくない?

 信用ないんですよ、旦那様は。


「で? アンドレット令嬢はどうだった?」


 お茶会の招待状を眺めている旦那様に、わたしがジーっと視線を向けていると、突然旦那様がミシェル嬢の事を聞いてきた。

 ミシェル嬢がどうした。


「どうだったとは? ほっとしてたみたいですけど?」


 お茶会での彼女の顔を思い出すと、少し疲れている様子もあった。

 あの話をしていた時、今日一番緊張していたに違いない。

 彼女は彼女で苦労しているみたいだ。


「それで?」


 それで?

 えっと……旦那様は一体わたしに何を聞きたいんでしょうか?


「少しは仲良くなったのか?」


 いまいち要領を得ないわたしに旦那様が聞いてくる。


「仲良く……ですか? まあ、少しは仲良くはなれたんじゃないでしょうか?」


 少なくとも、赤の他人から顔見知り程度にはなったはず。

 それに、一応ミシェル嬢の派閥に入ることになりそうだし……って――あっ!


「もしかして、ちょっとまずかったですか?」


 リンドベルド公爵家はどこの派閥にも属さない。

 でもあえて言うなら中立派。


 ただしどこの派閥にも肩入れすることはしない。なにせそうすると色々と派閥の均衡が崩れるからだ。

 つまり、派閥を率いるような状況は好ましくはない。


「別に問題はない。周りから見ても、派閥に肩入れしているとは思われないだろう。そもそも皇女殿下の態度が皇族としてあってはならないものだ」


 それを放置している周りの大人のせいで、被害被ってますけどね!

 そこの皇族の親族である旦那様? あなたにも原因があるってちゃんと分かっていますよね?


「ところで、皇室主催のお茶会に参加するんですから、約束は守ってもらいますよ? もちろん、今日主催したお茶会の分もですからね?」

「分かってる、茶菓子の件だろう?」


 そうそう、それです!

 正直面倒事と厄介事の匂いしかしないお茶会に参加するのは憂鬱でしかないけど、それがあるから頑張れます!


「今までの中で、一番乗り気だな?」

「当たり前ですよ! 女性にとって甘い物がどんな立ち位置か、旦那様はもっと研究したほうがいいですよ?」

「そうか」


 くくくっと苦笑する旦那様。

 なんだろう、今日は本当にいつもと違う。

 なんだか優しい気がする。

 いや、でも気を許してはいけない。


 そういえば、誰かが言っていたな。

 いつも冷たい夫が急に優しくするときは何か隠し事がある時だと。

 そしてその大概が、浮気に属する問題だと!


 ふと、わたしはさっきからミシェル嬢の事を聞く旦那様を思い出した。

 どうだったとか、仲良くなれたかとか……もしかして、旦那様はミシェル嬢を迎え入れたいのではないだろうか?

 それに、ミシェル嬢もいやにわたしの反応を窺っていた。


 あ、あれ?

 もしやこれは、もしかする?


 一夫一妻制の我が国だけど、後継者を残すと言う意味で愛妾を迎えたりする。

 ちなみに、わたしのベルディゴ伯爵家はこれに近い。

 まあ、愛妾が正妻になるっていう、ものすごく珍しいパターンでもあるけど。


 旦那様はわたしに子供は産まなくていいとは言った。

 それに、先日もわたしは遠慮したいと意思表示した。


 そこで、後継者を残すために誰かを迎え入れたいと……。

 でもなぁ、わたしは初めにいいですよって言ったし。

 一応気を使ってくれているのかな?


 それに、相手はミシェル嬢だとしたら、わたしは歓迎だ。

 だけど、果たしてアンドレット侯爵家が、リンドベルド公爵家とはいえご令嬢を愛妾などに差し出すか?

 わたしが知らないだけで、もしかしてアンドレット侯爵家は旦那様に弱みを握られているとか?

 それとも政治的何か?


 でも、もしそうだとしたら、だからわたしに派閥を率いてほしかったのかも知れない。

 正妻が愛妾の派閥に加えてもらうって、世間様から見たらおかしいもんね。

 それに、立場が弱い分だけ守ってあげなくちゃいけない。

 皇女殿下にリンドベルド公爵家の威光を見せつけて、黙らせないと。


 うん、なんだか突飛なかんがえだけど辻褄は合ってる気がする……。

 聞いた方がいいのか、黙っていた方が良いのか。


 だって、今後の事とかあるし、

 でもなぁ、こういうのって普通なんて切り出すの?

 愛妾迎えるなら賛成ですって言ったほうがいいのかな?

 それとももっと湾曲に――……


「何を考えている」


 突然思考を旦那様に遮られ、わたしはどうしようかと悩み、やはりきちんと聞くことにした。


「旦那様、もしかしてミシェル嬢を愛妾にしたいとか、そういう事考えてます?」

「はっ?」

「いえ、さっきからミシェル嬢の事いやに聞いてくるから、どうだったかとか、仲良く出来るかとか、しかも無条件でお茶会に参加するとか、普段の旦那様からしたら考えられません」

 

 きっぱりとそう言ったその瞬間、旦那様が座ったまま、口角を上げいつも以上におっそろしい顔でわたしを見上げてきた。

 さすがに、その迫力に押されて、わたしが一歩下がる。


「そうか、そう受け取るか……。興味深い事を知ったな。私は純粋に好意で協力しようと言い、公爵夫人としての初めての茶会の開催が上手くいったか心配していたのに――……そうか、なるほど?」


 旦那様がゆらりと椅子から立ち上がり、ゆっくりわたしの方へ歩いてくる。

 窓から入る西日が逆光になって、それがなおさら恐怖心を煽った。


 ひ、ひえぇ!

 こ、こわいんですけどぉぉ!!


「やはり、いつも通り行く事にしよう」

「えっ? えぇ? きゃあ!」


 あっさりと態勢を変えられて、わたしは執務机に押し倒される。


「聞いた話によると、優しくした方が夫婦仲が深まるんだとか? 助言に従ってみたが、どうやら逆効果だったらしい」


 ちょっと!

 それ、旦那様が言う!?

 

 信用ゼロの人がいきなりそんな事したって無駄だってわかってますぅぅ?


「それから、アンドレット侯爵家の令嬢との恐ろしい関係に結び付いたそのおもしろい考えを、二度と考えないようにしっかり教えておかなければな」


 あれ、これ本気で怒ってる!?

 わたしでも分かるくらい、本気で怒ってるんですけど!

 ちょっと見当違いなこと口にしただけなのに、なんでなのかな!!?




お時間ありましたら、ブックマークと広告下の☆☆☆☆☆で応援よろしくお願いします。




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