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17.それはまさに女神の降臨

 離れは現在華やかな様相だ。

 続々と客が到着し、すでにお茶会は始まっていた。


「エリーゼ様、素晴らしい庭園ですわね」

「ええ、今日はこちらの庭園を選びましたが、本邸のほうはもっと素晴らしいんですのよ。ぜひ今度お招きしたいわ」


 口元を隠しながらみんなが笑いあう。

 裏では色々思うところもあるだろうが、誰がこのリンドベルド公爵家の女主人かを見極めたいため慎重に探っている。


 リンドベルド公爵家の当主は結婚後も本邸に近寄りもしていないことはみな知っていた。

 そして、その結婚相手がどんな存在なのかも。

 エリーゼは正妻が登場し、皇女殿下の怒りの的が正妻に移り社交界に出入りできるようになった途端、まるで自分がリンドベルド公爵家の正妻のような態度。

 それを当主であるクロード・リンドベルドが止めもしないのは、やはり子爵令嬢エリーゼの言う通り、彼女を愛しているからなのかと社交界では見られていた。


 しかし、実際のところは何も分かっていない。

 エリーゼ自身正妻となったベルディゴ伯爵家の令嬢の事を詳しく知らず、邸宅内でどんな様子なのか全く情報を持っていなかった。

 ただ、家政を取り仕切っているのは相変わらず彼女の母親で、その恩恵をエリーゼが受けているという事実だけは本当の様子。

 そうでなければ、社交にそれなりにお金がかかるのに、財産のない子爵令嬢がこんなお茶会を開くことなど不可能だ。

 また、リンドベルド公爵家の名前を使う事に戸惑いもないところを見ると、やはり当主とはそれなりの関係と皆が考えるのは当然。

 そのために、誰に媚びを売るのがいいのか考える。

 皇女殿下は結局クロード卿と結婚出来なかったので、降嫁するにしてもリンドベルド公爵家よりも格が落ち、嫌がるのなら他国に嫁ぐことになるというのは大方の見方。

 つまり、そのうち社交界で幅を利かせている彼女も、その影響力は落ちていく事になる。


 そうなると誰におもねるのが妥当か考えるのが貴族。

 打算、駆け引き、裏切り、それらは貴族の常識だ。

 

 このお茶会に招待された人はエリーゼをじっくりと観察する。

 今日彼女が纏うのは、リンドベルド公爵家当主夫人のみが着ることが出来ると暗黙の了解のある深紅のドレス。

 派手好きなのか、正直場違いなほど着飾っているし、胸繰りが大きく開いている。

 なんとも下品と言えるが、誰も何も言わない。

 逆に、とても素晴らしい、お似合いだと口々に褒める。

 もちろん、エリーゼも得意顔だ。

 

「ふふふ、エリーゼ様。ぜひ、本邸の庭園も見て見たいものですわ」

「もちろん、次回は本邸にお招きしたいわ」


 エリーゼはそれを当然の様に言う。

 本邸のお茶会はそれこそ正妻の領域。

 周囲にそれが許される立場ということはすぐに知れ渡る。


 目ざとい貴族は、少しでも繋がりをもっておくのがいいと判断し、エリーゼを誘う。


「そうだわ、エリーゼ様。今度我が家の舞踏会に招待したいわ。できたらリンドベルド公爵様もご一緒に」


 そう言いだした令嬢は、爵位こそ子爵令嬢とエリーゼと同格だが、実家の財力はかなりのもの。


「あら、ならわたくしもご招待したいわ。ぜひお友達になっていただきたく思います」


 次に言い出したのは侯爵家の令嬢。

 本気で友達になりたいとは思っていないことは丸わかりでも、味方は増やしておくに限る。たとえ敵が、聞くところによるとさえない女であろうとも、黙らせておくにはそれなりの影響力は必要だ。なにせ向こうは一応元伯爵令嬢で、現在は公的に認められているクロード・リンドベルドの正妻なのだから。

 エリーゼはもちろんと微笑む。


 では私も、わたくしもと、エリーゼを持ち上げるかのように周りが負けずと口にする。

 

「まあ皆様、ありがとうございます。ぜひクロード様を誘って伺いたいと思いますわ」


 口元を扇で隠しながら、油断なく微笑む。

 お茶を進めながら、話題はどんどん移り変わっていく。

 エリーゼはこれで自分の存在感を植え付けることに成功したと、ほくそ笑む。

 大したことのない女に自分が得る筈だったものを奪い取られたが、それも一時の事だと、これからの事に思いを馳せる。

 しかし、すぐにその思いが陰り、あの女の事を思い出す。下女の分際で当主に色仕掛けした、なんとも厚かましい女。

 早めに処分しなければとうんざりしていると、すぐ後ろから人が来る音が聞こえてきた。

 誰か遅れて来たかと微笑みながら振り返り、その動きは止まった。


「あら、一体この集まりは何かしら? わたくしは何も聞いていなくてよ?」


 咎めるような口調に、エリーゼはその口が驚きで開いたまま固まる。

 もちろん招待されている客も、エリーゼ同様に目を見開いていた。

 突然現れた人物に、誰もが沈黙することしか出来ない。


「みなさまごきげんよう。楽しそうな声に釣られて、お邪魔してしまったわ。でも、一体今日は何の集まりなのかしら? わたくしに報告は一切来ておりませんでしてよ」


 輝く金色の髪は美しく整えられ、その透明感のある引き込まれるような青い瞳が全員を見渡す。

 目が合うと、お茶会に招かれている男が全員ほうっと見惚れ、女神を崇拝するかのように蕩けた。

 

 堂々としたその出で立ちと美しい所作は、皇族にだって引けを取らず、何よりその美貌は社交界ではお目にかかったことがなかった。

 少なくとも、これほどの美貌を持っていれば、噂にならない筈がない。


 一体誰だと騒然とする中で、すぐに全員が目にとめたのは、その人物が纏うドレスの色。

 白から始まる上衣は段々とその色を濃くし、ついには深紅の色合いに到達する。

 上品でありながら存在感のあるその衣装と、首元と耳元で輝く最高級のルビー。

 ここまで完璧な存在に、まさかという思いが全員の脳裏を(よぎ)る。


「ねぇ、エリーゼさん――……でよろしかったかしら? わたくしが嫁いできてから使用人の娘であるあなたから、あいさつを一度も受けたことがないのに、一体今日はどういったことなのかしら。誰の許可を得て、このような事をされているの?」


 座っているエリーゼに対し、美の女神は背筋を正し見下ろしている。

 まるで、それがお互いの立場であるかのような立ち位置だ。

 エリーゼは未だにその存在感の塊の放つ威圧に抑え込まれているかのように、動き出すことも出来ず、呆然と見上げていた。


「ところで、わたくしの席はありませんの?」


 はっとしたかのように上座に座っている侯爵令嬢が素早く動く。


「こ、こちらへ……」

「まあ、ありがとう」


 それが当然と言うように優雅に、席に着く。

 本来ならば、招かれない客であろうと対処するのはホストの務め。

 しかし、エリーゼはその美しく着飾ったまさに貴婦人を目で追いかけることしか出来なかった。

 それに比べ、侯爵令嬢はさすがとでも言うべきだ。

 相手が誰かはっきりと確信が持てなくても、自分よりは上位の存在であるとすぐに見抜いて動き出した。


「ああ、でもあなたの席を奪って申し訳ないわね。エリーゼさんは気の利かない事。そう思いません?」

「わたくしの事は、お気になさらずに……申し遅れましたが、わたくしアンドレット侯爵家のミシェルと申します」

「あら、ミシェルさんとおっしゃるの? 気の利く方はとても好きよ。年も同じくらいですし、ぜひ仲良くしてくださいね」


 その挨拶は、ともすれば傲慢にも思えるが、それが許される相手。


「もしかしたらご存じかも知れませんが、わたくしはリーシャ・リンドベルドでしてよ。皆様どうぞ、よろしく」


 美しく微笑む彼女に、誰もが息をのみ、少なからず悲鳴が漏れた。

 そして獲物を狙いを定めるかのように、エリーゼに鋭い視線を向けたことを全員が気付いたのだった。



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