19.戦いに挑む装い
「なんというか、リーシャ様ってここ一番って時の装いが、すごい迫力ありますよね」
感心したようなミシェルがわたしの格好にパチパチと拍手で囃し立てた。
わたしの後ろでは、三人の侍女が満足そうに頷く。
様々な色合いのピンクの生地が重なり合い、その合間合間に深紅の生地の見えるドレスは、ピンクという色合いにしては落ち着いた印象を人に与える。
丁寧に梳いた髪は複雑に編み込まれ、首筋をすっきりと見せ、その首元にはドレスに合わせたような大粒のピンクダイヤモンド。
普段着というには気合が入った格好だ。
「わたくしは初めて見ましたけど、国一番の美女と言っても差し支えないですね」
「ロザリモンド様も美人ですよ」
「あら、それなら女装しているミシェルも美人ですわ。でも、格が違うんですのよ? リンドベルド公爵夫人として、誰よりもふさわしいとわたくしは思います」
ミシェルだったら、あー、はいはいって感じで流せるのに、ロザリモンド嬢に真面目に返されると、逆に恥ずかしくなる。
いや、だってねぇ?
ロザリモンド嬢だって、世間一般では超美人だし。ちなみに、ミシェルもだけど。
美人に美人と褒められて、更には格が違うと言われて、恐縮ですって感じ。
「ところで、本当にその恰好でついてくる気ですか?」
「ええ、似合いませんか?」
「いえ、似合う似合わないの問題ではないと思います」
ロザリモンド嬢は三日前のミシェルの入れ知恵で、なんと侍女のお仕着せを着てやってきた。
ロザリモンド嬢は生粋のお嬢様だ。そのせいか、所作が使用人のそれではない。
あきらかに、釣り合っていないのだ。
わたしの表情に、ロザリモンド嬢が困ったように頬に手を添えて言う。
「リーシャ様、わたくしも仲間に入れて下さいませ。きっとお役に立ちますから」
役に立つってどうやって? とは聞けなかった。
むしろ、何もしないでくれた方がいいかなと。
どちらにしても、付いて来る気満々のロザリモンド嬢には何を言っても無駄だと悟り、諦めのため息を吐いた。
だって、何か言ってもすぐにミシェルが悪知恵働かせるし。
もうどうにでもなれって思っていると、自室の扉が叩かれる。
扉の側に立っていたミシェルが、扉を開くと、旦那様がラグナートを引き連れて立っていた。
「何を遊んでいるんだ?」
「遊んでいるわけではないんですけど……」
部屋の中にいる、ロザリモンド嬢に眉を寄せる旦那様にわたしは声を大にして言っておきたい。
わたしは遊んでいません!
遊んでいるのは、むしろミシェルとロザリモンド嬢の方で――。
ミシェルはともかく、ロザリモンド嬢については旦那様が止めてくれるかと期待していると、旦那様は肩をすくめただけで何も言わなかった。
何も言わないという事は、同席することを認めたという事だ。
とりあえず、ロザリモンド嬢はミシェルと並んでわたしの後ろに立つことが決まっているので、何かあったらミシェルがなんとかしてくれるだろう、きっと。
そそのかしたのはミシェルだし。
心の中ですべての責任をミシェルに押し付け、扉の前でわたしを待っている旦那様を上から下まで見る。
旦那様の恰好は、いつもの邸宅内で着ている服装だ。とはいっても、最高級の生地に最高級の腕を持つ仕立て人が仕立てた品だ。
そこら辺の貴族が着れるような代物ではないけど。
しかも着ている人が、素晴らしい美形なのだから、たとえ少し地味でも華やかに見える。
「準備ができているなら、そろそろ行くぞ」
「もう、着いているんですよね?」
「だいぶ前にな。招かれざる客なんだからな。恨みをかったところで怖くはない」
それはそうでしょうね。
ベルディゴ伯爵家から恨みをかったところで、向こうはどうすることもできないのだから。
「ラグナートも同席するんですよね?」
「ええ、私も気になりますので」
答えたのは旦那様ではなくラグナート本人だった。
総括執事として同席するのはおかしくない。
気になるのなら、どうぞ堂々と聞いていってください。ラグナートは当事者に近い立ち位置だし、ミシェルやロザリモンド嬢より聞く権利はあるんだから。
「さて、では敵地で一体何を語るのか――、楽しみだな」
ええ、本当に。
ちなみに、旦那様はどこであっても、言いたいことは言う人ですよね。求婚に来た時の旦那様は、今でも忘れられませんよ。
「面会の申し込みは、私とリーシャに対してだが、向こうは私と言うより、リーシャに言いたいことがあるだろうな」
「むしろ、わたしを操作して、旦那様に今回の件を撤回させたいんだと思います」
向こうからしてみれば、わたしは従順な娘、もしくは妹という感覚だ。
反抗もせず、唯々諾々と従う人形とでも考えていたんだと思う。何しても許される、そんな存在。
使用人の方がよっぽど良かったと思う。
仕事にたいして給金が発生するのだから。わたしには何一ついい事が無かった。
もちろん、社交場に連れ出されるときは、それなりの格好をさせられたけど、どれもおさがりばかり。
もしくは、母の形見のドレス。
自由になるお金はほとんどなかったのだから、使用人の方がましだと思うのは仕方がない。
「撤回か……すでに、皇族と話がついている案件に対して撤回などありえるものか」
やるときは徹底的に、禍根を残さずに。
そういうことですね、旦那様。
「それに――、本来ならこれが正しい。外野から見れば、またとやかく言われそうだが、これはリーシャの正当な権利だ」
正当な権利――、直系の一族として当たり前の権利で、守るべきもの。
「決着の時だ、リーシャ。覚悟はいいな?」
「もちろんです。色々とありがとうございます、旦那様」
こうして家族と向き合う機会は、きっとこの先ないと思う。
完全に決別するだろうし、そもそも向こうは二度と社交界に出入りすることはできなくなるはずだ。
そうなるように、仕組んだのは旦那様だけど、それに同意したのはわたしだ。
後始末は、旦那様だけじゃなくてわたしもしなければならない。
「礼を言われるくらいなら、頼みがあるんだが?」
「頼み――ですか?」
ちょっと警戒した。
旦那様の頼みなんてろくでもない事が多いからだ。
「そんなに警戒するな。別に難しい頼みじゃない。私をなんだと思ってるんだ」
悪魔の如く鬼畜男だと思ってます。
「それで、頼みとは?」
「終わってから言う」
え、お預けですか?
それはちょっと気になって、これからの話合いに集中できなさそうなんですけど!
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