18.悪役顔で、正義は我にありと言う
「案の定だな」
それはそれは愉快そうに、旦那様が届いた手紙を見せびらかせるように、指に挟んでひらひらさせた。
「クロード様、完全に悪役面ですねぇ」
「あら、クロード様は常に悪役面ですわよ?」
旦那様をここまでこき下ろせるのは、世界広しとはいえ数少ない。そんな数少ない二人――ミシェルとロザリモンド嬢は、悪びれもなく、あははうふふと笑っていた。
でも、その意見は同意したいわぁ!
人を苦しめることに至高の楽しみを見い出しているような旦那様。
この顔に、わたしも一体何度苦労させられたことか。
「さて、さすがに会わなければならないが、リーシャ、君はどうする?」
「もちろん、同席するのが筋ですよねぇ。リーシャ様?」
わたしが答えるより先に、目を輝かせてミシェルが答えた。
それ、わたしが決める事なんですけど?
でも、ミシェルの言った通り、わたしも同席するのが当然だ。
なにせ、手紙の相手はわたしの実家、ベルディゴ伯爵家なのだから。そして、その話が一体何なのかはよくよく理解している。
ちなみに、ミシェルが首を突っ込んできているのは、わたしが話し合いに参加しなければ自分も参加できないからに違いない。
こんな楽しそうな催しに参加しない手はないと全身で語っている。
「あら、それわたくしも同席したいですわ。ミシェルばかりずるいですね」
「僕はリーシャ様付の騎士ですからねぇ!」
今からでも外れてくれていいですけど? と言いたい。
当事者になると楽しめないけど、人様の家の事情というのは、不幸な事になればなるほど社交界で好まれる話題となる。
人の不幸は蜜の味とはよく言ったものだ。
つまり、ミシェルは人の不幸という蜜に群がる虫の一匹。ロザリモンド嬢の方は、不幸を楽しむというよりは、純粋にわたしの実家に興味があるらしい。
どうして興味があるのか聞いたところ、友人が困っているのなら、その原因を知りたいと思うのは当然ではないかと言われた。
そこで、あれ、友人だったの? と思ったのはご愛嬌。
ロザリモンド嬢との関係は曖昧だ。
旦那様と結婚して、姻戚関係から親族となったけど、友人と言うには、ちょっと違う気もする。
口に出してお友達になりましょう! と宣言した記憶もないし。
でも、向こうから友人と言われてちょっと嬉しかったりする。
わたしってお友達が少ないしね!
――なんか、言っててちょっと悲しくなった。
ちなみにロザリモンド嬢は、この数日の間でよくお調べになっておりましたよ。むしろ、現状に関してはわたしより詳しくて、ちょっと参考になりました。
「ロザリモンド様、それなら侍女に変装すればいいんですよ! リーシャ様付の侍女なら同席してもおかしくありません」
「それはいい案ですけど……わたくし、侍女としてのスキルはありませんわ」
「そこは、位の下の侍女という設定で――」
ミシェル、悪だくみは得意だね。
ロザリモンド嬢もなるほどと納得顔。そこは、納得しないでほしいんだけど。
「では、わたくしはリーシャ様の後ろで小間使い的な役割の侍女という事で……」
なぜか、勝手に色々決められていく。
当事者わたしなんだけどね?
「ミシェル、ほどほどにしろ」
「大丈夫です! 僕たちはただの傍観者に徹します!」
ただの傍観者ね? 傍観者で終わってくれればいいですけどね?
「リーシャ、気が乗らなければ参加しなくても構わないが?」
「いえ、もともとわたしの実家に関する事ですから。むしろ、旦那様を巻き込みましたし、恨み言くらいはわたしが聞かなければと思います」
「実際に手を下したのは私だ」
「それは、わたしの望みを叶える手段として行使したからですよね? わたしが面倒なことを言わなければ、旦那様はベルディゴ伯爵家に恨まれるような手段はとらなかったと思いますけど?」
強引な手段だったと思う。
むしろ、よくそんな手が使えたなと思うけど、あらゆる場所にコネを持つリンドベルド公爵家だからできた事なのだと実感した。
たかが伯爵家をどうにかすることなど、容易な事なんだと少し怖くなる。
リンドベルド公爵家を敵に回したくないと、多くの貴族が考えている力の一端を見た。
「一応言っておくが、前例がないわけでもない。確かに少々強引だったのはあるが、最終的に私の提案を受けた方がいいと判断したのは、皇帝陛下だ」
「というか、皇帝陛下動かせるって、相当すごいですよね? 普通に考えて」
ミシェルがしみじみと言う。
「今回の件に力を貸してくれれば、前回の件は不問にすると言えば、全く問題なく通ったな」
「ええ? 僕すっごい頑張ったのに!? せっかく皇女殿下排除したのに!?」
ミシェルの叫びをふん、と鼻息一つで旦那様が流すと、ミシェルが頭を抱えた。
「ひどいですよぉ! 風通しが良くなっちゃった方が健全でしょう? リーシャ様が助かるでしょう!?」
「一体何のことでしょうか?」
頭を抱えて嘆くミシェルが、呻きながら簡単にロザリモンド嬢に説明する。
それを聞いたロザリモンド嬢が感心したように頷く。
「まあ、それでは皇族――むしろ皇帝陛下に貸しがあったという事ですか。それを今回、リーシャ様のために使ったと。まあまあまあ、素敵ですわ!」
「ロザリモンド様? 僕の苦労に対して何かありませんか?」
「いえ、特に? 最終的にその件を治めたのがクロード様なら、クロード様の手柄でしょう? でも、その手柄を妻のために使うなんて、今までのクロード様からは考えられませんわ」
含みある笑いでわたしに微笑みかけるロザリモンド嬢に、ふいと視線を逸らせた。そして、話を戻すように、ごほんと咳ばらいを一つした。
「それで、いついらっしゃるのですか?」
「三日後だ。すぐにでも押しかけたい気持ちはあるだろうが、さすがにそれは私に対して非礼にあたる。まだ、理性が残されていてよかったな」
どちらにしても、三日後はきっと壮絶な争いが巻き起こるんだろうなと遠い目になる。
いや、もしかしたら、ばっさりと旦那様に切られて終わりかも?
「正義はこちらにあるのだから、向こうが何を言ってきても問題ない」
正義という顔じゃありませんよ、旦那様……。
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