14.ミシェルの助言
「そのにやにや顔、やめてくれない?」
わたしは、数日前から続く鬱陶しい顔を睨みつけた。
「にやにやじゃなくて、にこにこですよ、リーシャ様。僕いつもこんな感じでしょう?」
そう返すのは、わたしが睨みつけている相手であるミシェル。
ミシェルは常に笑みを浮かべてはいるし、楽しそうにしている顔が多いけど、今はそれが何か含みを帯びている。
気のせいだと思いたくても、思えないその笑みは、きっと先日のできごとを面白おかしくロザリモンド嬢から聞いたからに違いない。
そう、あれは五日前の事。
姉とまさかの遭遇を果たし、旦那様に庇われていたあの時のできごと。
帰宅時にはすでに今みたいな顔つきになっていて、それが今なお持続中だ。
それなのに、特に何か言う事もないから余計にたちが悪い。
旦那様の方はミシェルのその態度にたいしては完全無視。わたしばかり気にしているというのが現状だ。
もしかしたら、旦那様の方は無視というよりも何も感じていないの方が正しいかも知れない。
「何か言いたいことがあるのなら、言ってくれた方がいいんですけど?」
気にしない様にしてたけど、気になるんだよね!
「えぇ? あえて触れないようにしてたのは僕の優しさですよ、リーシャ様。だって指摘したら絶対リーシャ様がムキになりそうだしねぇ?」
あえて触れないようにしていたわりにはわたしに触れてほしそうだったのはなぜでしょうね? それに、わたしがムキになりそうって事は、つまりわたしがムキになって言い返しそうな内容ってことですね。良く分かりました。
その顔しばらく見せるなと言いたいところだけど、そうはいかない事情もあって、わたしの方もあえてミシェルに何も聞かず、椅子から立ち上がる。
「どちらへ?」
「旦那様の執務室」
書き物机の上にある書類を持ち上げてみせると、ミシェルが持ちましょうか? と問いかけてきた。
それを無視してわたしが歩き出すと、そのすぐ後ろから苦笑しながらミシェルがついてくる。
「ところでリーシャ様、その後お姉様からのお手紙はないんですか? クロード様から結構なこと言われていましたけど、きっと凝りてないと思うんですが?」
ここで無視するのは大人げないので、わたしは少し視線を後ろに向けて答えた。
「ないわ。もしかしたら、わたしに届くよりまえにラグナートあたりが処理してるかもしれないわね」
ラグナートには何も言っていないけど、もしかしたら旦那様がベルディゴ伯爵家からの手紙は全て処分するように言っている可能性がある。
姻戚関係になったとは言っても、旦那様はベルディゴ伯爵家と真面目に付き合いたいとは思っていない。
それは、旦那様が結婚を申し込みに来た時から感じていた。
さすがにきちんと親戚として付き合いたいと思っていたら、あんな威圧的な態度とらないと思う。いや、そう思いたい。
「クロード様ってやっぱり過保護ですねぇ」
ミシェルがそう評して、笑う。
「別に過保護ってわけじゃ……」
「そうですか? お友達作りの時にも思いましたけどね。だってクロード様って言ったら、他人に興味ないような人だし、人と関わるのはそれが義務だからってところあるし。少なくとも、奥様のために骨折るような人ではありませんでしたよ?」
「それはそうだけど……」
「それだけ大事にされてるってことでしょう? リーシャ様だってそろそろ分かってもいい頃だと思うけどなぁ」
自分が天の邪鬼だとは思いたくないけど、なぜか素直に頷けない。
というか、結局ミシェルは言いたい事言ってるし。
むっつりと黙り込むわたしに、やれやれと言った感じのミシェルは、これ以上言っても逆効果だとでも言うように口を閉じた。
「……ミシェルは旦那様が結婚当初にわたしにやった事知ってるんだよね?」
「え? ああ、まあ大体は。クロード様は何も言わないけど、仲良くなると口が軽くなるクロード様の側近様がいるからねぇ」
ディエゴ……。
ミシェルは一応わたしにとっては第一の側近でもある。そのため、わたしと旦那様の事を知りたいと言えばディエゴは話しそうだ。
特に、結婚のくだりとか、エリーゼ関係の事とかは。
「やりすぎじゃないかなぁとは思いましたよ。まさかアレ食べさせるなんて、逆にどうしたらそこまでの嫌がらせ思いつくかなって感心しました。エリーゼの事に関しても、ご自分でどうにかできる問題だったでしょうに」
「テストだって言ってたけど?」
「それもあったでしょうけど、嫌がらせに関してはやった方は軽くとらえがちですが、やられた方はたまったものではないですからね」
まともなミシェルの意見に、振り返る。
「リーシャ様が、今もまだクロード様に対して思うところがあったとしてもおかしくはないけど、僕の目から見たらそれだけじゃない気もするんですけどね?」
二人の始まりはまともとは言い難く、他者から見ればおかしな夫婦関係だと思う。
お互い毛嫌いして、しかも夫婦そろって愛人がいるような仮面夫婦とは違った、不思議な関係性。
わたしだって、旦那様が非道だけの人間じゃないのはもう分かっている。
なにせ、ラグナートの言葉に耳を傾けて、彼に手を貸していたのだから。
「クロード様もリーシャ様に関しては攻めあぐねているようにも見えますけど、まあそれがまた面白いんですよね」
「ミシェル、結局わたしと旦那様のこと面白がってるでしょう?」
「気のせいですよ! 僕は恋バナ大好きだけど、夫婦の関係性に関しては専門外ですから、口は挟みません」
もうすでに結構口を挟んでいる気がしますけど、それはどうなんでしょうね?
「ま、リーシャ様ももう少し素直になってもいいんじゃないかなぁとは思います。生まれ育った経験がそれを許さないのかも知れませんけど、一度きりの人生なんですから、ご実家の事を忘れて、少しクロード様に甘えてみるのもいいかなと」
「……ミシェル、口を挟まないんじゃなかったの?」
「これは夫婦関係に口を挟んでいるんじゃなくて、リーシャ様への助言ですから、全然違いますよ!」
そうですか、それはどうもありがとうございます。
でも、どうやって甘えたらいいのかなんてもう忘れちゃってるんで、ご期待に沿えないでしょうけど。
わたしは、再び前を向いて歩き出し、ミシェルは肩をすくめてついてきた。
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