12.理解する気持ち
「ま、まぁ! リーシャの事をそのように庇うなんて、おやさしいんですね」
「庇ってはいない。これが本心だ」
あー、少し聞きたい。
世の男性はみんなこんなにむず痒いセリフ吐いたりするんでしょうか? というか、旦那様は絶対そんなタイプじゃないでしょうに。
なにせ、女性に対して冷淡な人だっていうのは有名だし。
「でも、そんなお優しいお方なら、きっとリーシャの家族であるわたくしたちの現状も憂いて下さると信じていますわ」
途端に、先ほどまで暑かった頬が冷めていくのが分かった。同時に動揺していた気持ちも落ち着いてく。
「聞いて下さいませ。わたくしの実家は、リーシャのせいで現在とても苦境に立たされております」
それを旦那様の背の後ろで聞いていたわたしは、言いたいことが色々あった。
リンドベルド公爵家とベルディゴ伯爵家は一応姻戚関係だけど、自分の家の現状――とくに恥となるべきことを外で堂々と口にするのはいかがなものかと。
「社交界ではリーシャの結婚のせいで、わたくしたちは嘲笑されていますのよ。それもこれも、リーシャが恥知らずにもクロード様を脅したからだと言われております」
そんな噂流れてるって初めて知った。
そもそも、なぜ社交界の話に? てっきり領地の現状を憂いてくるのだと思ったのに。
「わたくしたちが違うと否定しても、誰も信じてくれませんわ。おかげでわたくしたちはクロード様を脅し無理矢理妻の座に納まった女の家族として、最近では冷たくあしらわれて……、おかげで融資も断られ、領地も大変な状態で」
ああ、そう言う事か。社交界での地位が危なくなって、融資を断られて領地が苦境に立たされているって事ね。良くも悪くも、評判というのはお金を貸す方にとってみたら大事な事だ。
貴族だからと軽々しくお金を貸すところもない。信用がなければ、誰も貸さないのは当然だ。
そもそも、融資を断られているのは本当だと思うけど、それが果たしてわたしのせいと言われても納得できない。
脅して妻の座についたと言っても、普通に考えればそれこそありえないとすぐに分かりそうなものだし。
一番の原因はほとんどの人が気付いていると思う。だからこそ、距離を取られ始めている。
「私はきちんと求婚しに来た事を忘れているのか? それこそ弱みを握られているのなら結婚前になんとかするだろうな。少なくとも、大金を支払って結婚はしない。一体いくらかかったと思っている」
最後はため息交じりだ。
わたしもその金額ちょっと聞きたい。どれくらいお金を出せば、儀式全部すっ飛ばして結婚できるようになるのかを。
「ですが、今考えれば少しおかしいとも思うのです。とにかく、わたくしは事実確認をリーシャにしたかったんです。今日ここに来たのは、リーシャと話合うためで……」
「他人の力を借りなければ話もできない家族関係というのは、話し合いも平行線を迎えそうですわね」
一々突っかかるロザリモンド嬢は、自分の家族の事を思い出しているのかもしれない。
彼女もまたあまり仲の良い家族とは言えないしね。姉の言い分に何か思うところがありそうだ。
ベルディゴ伯爵家とわたしの関係性については説明済みだし、会いたくないと思うわたしの気持ちを分かってくれていた。
「関係のない方は黙っていてくださる?」
「失礼いたしましたわ。確かに、関係ないと言えばその通りですね」
ロザリモンド嬢が、あっさりと引く。
ロザリモンド嬢があっさり引いたためか、正義は我にありと思っているような姉の声がわたしの耳に再び入って来た。
「結婚前から、リーシャの行いは有名でした。クロード様もご存じではありませんか? これでは、リーシャと結婚したのはあまり良くない事情がおありだったと疑いたくもなります。例えば弱みを握られているとか……、社交場でもそのような噂が流れていますのよ? 火のない所に煙は立たないと申しますし……」
お姉様? ちょっと本気でそんな事考えているんですか? この人が他人に弱みを握られるとでも思っているんですか? そんな事になったら人知れず消されそうですよ。
確かにわたしと旦那様の結婚はおかしな噂が出回っていると思う。結婚のけの字も考えていなさそうだった旦那様が、超スピード結婚したら面白おかしく言われるのは仕方がない。
一番ありえそうなのが、弱みを握られているというのも納得するけど、でもねぇ?
「クロード様もおっしゃっていたではありませんか。子供ができるはずないと。それは、そのうち離婚することを考えているんですよね? ですから、クロード様から離婚を伝えられる前よりも先に、自分の行いを悔い改め自ら公爵夫人の座から降りるのがリーシャのためだとわたくしは思うのです。自分から申し出れば社交界でも少しは見直されると思いますの」
つまり、離婚して家に戻ってこいって事? それですべてをまたわたしに押し付けるって事? それが今日話したかった事なの?
聞けば聞く程相手の身勝手さに拳に力が入っていく。
「リーシャが正しい行いをすれば、きっと融資をして下さる方がいらっしゃいます。今、こうして大変な思いをしているのは全てリーシャのせいなんですから」
これは想像でしかないけど、もしわたしが離婚でもしたら本格的にベルディゴ伯爵家は社交界で見放されると思う。
今こうして姉に力を貸している人も、わたしが公爵夫人だからだ。
ベルディゴ伯爵家とほとんどかかわりがないと言っても、万が一ということも考えられる。もしかしたら、ベルディゴ伯爵家を助ければリンドベルド公爵家と関わりあいになれるかもしれないと。
きっと、それを伝えても聞いてくれないんだろうけど。
実家に期待はしていないけど、結婚してもまだしがらみから完全に抜け出すことが出来ていない。
「なるほど、離婚して家に連れ戻すというのが本題か? それともそれは建前で、金を援助しろというのが本音か? どちらでもいいが、私から離婚を切り出すことはない。それから、リンドベルド公爵家としてベルディゴ伯爵家に援助の類は一切ない」
ここまで言ったのなら、さすがに姉にも伝わっただろう。
「これ以上不愉快な言葉を重ねる前に、馬車に乗った方が賢明だと思いますわよ? クロード様は本当にリーシャ様の事がお好きなのですから、悪し様に言っていい結果になるとは思いませんわ」
「悪し様ではなく、わたくしはクロード様に真実を――」
「察しが悪いのは母親似だからと思ったが、ベルディゴ伯爵に似ているせいもあったようだ」
話しかけるなオーラが醸し出しているのにそれに気づかないのはどうなんだろうか。
察しが悪いというのは、社交界で生きてく上で不利だろうに。まあ、影響力の強いお方に取り入って守ってもらうということがある程度できているのだから、問題ないのかもしれないけど。
少なくとも、この家の伯爵夫人には同情を誘えていた。
それもこれもいつまで続くか分からないけど。
「クロード様! きちんとリーシャの事を見て下さい!」
「何度も言うが、名前で呼ばないでくれ。親しい仲だと誤解されたくない。それから、リーシャの事は自分の目で見てある程度分かっているつもりだ。少なくとも、姉でありながら、リーシャの心配どころか悪評を結婚相手に伝えるような人間よりは、彼女の事を理解している」
理解するつもりがない姉と理解しようと努めている旦那様。
わたしから見ても、旦那様は努力していると思う。最近は少し信用してもいいかなぁって思うくらいには、わたしの事を考えてくれているし理解してくれている。
最近は、それがうれしいような気恥しいようなって気持ちになっているけど、絶対旦那様にはその事は言わない。
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