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051 7月16日

「待てよっ!」

 幸いにもおっさんの足でも運動不足の女子高生の足に追いつくことは出来た。

 自分の傍にいることが迷惑であると勘違いしている少女の手首を掴むと、侑子は諦めたように足を止める。

「ったく」

 足を止めた侑子を見て、俺は手を離すべきか迷ったがとりあえず離すことにした。

 ぽつ……ぽつ……ぽつ、と切れ掛かった街灯の明かりと月明かりだけが二人を照らす。今まで味わった中でも嫌な沈黙が二人の間を支配して、俺はとてもそれに耐え切れなかった。

「あのな。俺はそんなこと一言も言ってないだろ。お前が重荷だったとか、無理してるとか。そんなんあるわけねーだろ」

 馬鹿と言って俺は侑子の頭を軽く小突いた。

 赤くなったおでこを侑子は小さな手で押さえる。少し涙目。

「…………でも」

 もう一度小突く。今度は少し強め。

「でももクソもあるか馬鹿。……お前、本当に分かんないのか? 俺が何でお前を気にしたのか。俺が何でお前と一緒にいたのか。何で俺が笑顔になれたのか」

「……え」

 ここまで言っても侑子は俺が何を言いたいのか分からないのか表情に困惑を浮かべる。

 くそ。

 何で分かんねーんだよ、このクソ馬鹿!

 くそ。

 言うぞ。

 言ってやるぞ。

 理解出来ないってんなら、その耳でちゃんと聞きやがれよ。

 俺の察して欲しかった言葉を。

 俺の今世紀一気持ちの悪い宣言を!


「好きだって何で分からないんだ、この馬鹿――――っ!!」


 深夜に木霊こだまする絶叫。

 ああ……くそ。

 叫ぶ。

「お前がいたから俺は変われた!」

 ああ……くそ。

 叫ぶ。

「逢えない間もずっとお前のことを考えていた!」

 ああ……くそ。

 叫ぶ。

「女々しいぐらいお前のことしか頭になかった!」

 ああ……くそ。

 叫ぶ。

「めちゃくちゃ後悔しちまったじゃねえか! お前に家に帰れって言ったことを!」

 ああ……くそ。

 叫ぶ。

「こんなおっさんがお前みたいな女子高生のことを――――好きになっちまったじゃねえかよ、この馬鹿野郎が!!」

 ああ……くそ!

 何だよ……これ。

 知らなかった。

 自分の中に溜まっていた心のうみを吐き出すことって、こんなに気持ちがいいってことを――――

 今までずっと我慢することが正義だって思ってきたのに、前言撤回。

 思いの丈をぶつけるのって、何でこんなに気持ちがいいんだろうな。

 唖然と。

 侑子は唖然としたまま動かない。

 まさか今の声が聞こえていなかったとかぬかした日には俺はきっと生んだ親に顔向けの出来ないことをしでかしそうになるが、やはり俺の声はちゃんと聞こえていたらしい。

「え……あ……え……」

 整備の滞っていない人形みたいに不自然に口を開閉させて、誰がどう見ても侑子は動揺している。

 俺はもう真っ直ぐと彼女の顔を見ることが出来ずに思いっきり明後日の方向へと視線を移す。

 どれだけ時が経ったのだろうか。

 やがて。

「……………………………………………………………………ほんとうですか?」

 蚊が鳴くように小さな声でそう訊ねてきたので、

「おう」

 と返し、

「……………………………………………………………………ほんとうに?」

 またもや同じ質問をしてきたので、

「しつこい」

 と返す。

 何度聞かれたって答えは変わらん。

 引きたきゃ引け。

 キモいならキモいとちゃんと言え。

 それでも答えは変わらんがな。

「私……ずっと……勘違いを」

 ようやく自分の勘違いを認めてくれたのか侑子はフッと、小さく笑う。

「本当に理佳の言う通りだったんですね」

 そして自分で何かを納得して、小さく拳を握る。

 そのまま拳を自分の胸に当てると、そのまま視線を俺へ。

「あ、あの……」

 乾いた唇を舌で潤わせるとそのまま片目を閉じる。

「わ、……私も……その」

 侑子が何かを言いかける瞬間、

 チカ、チカと。

 目の前が赤白く、点滅。

 何事かと思って俺は視線を侑子から光の正体に。

 光の正体は車のヘッドライトだった。

 こんな深夜にこの道路を車が通るのは珍しいと思いながら、歩道の脇に侑子を寄せる。

 が。

 何かの違和感を感じた。

 その車は深夜であるのにスピードが速い。

 車の前方には信号が赤を指し示しているのに、その車はスピードを一切緩めず、それどころか車線をふらふらと右へ左へと右往左往し、真っ直ぐと走っていない。

「!?」

 その車はどんどん俺と侑子の傍に真っ直ぐとスピードを一切落とさずに突っ込んでくる。

 俺は慌てて侑子を公園の中に突き飛ばした。

「危ないっ!」

「きゃっ!」

 侑子は尻もちをついて、公園の地面に足をぶつけて軽い擦り傷を負う。

 だが、俺はそれを確かめるすべもなく全ての音が聞こえなくなった。

 最期に聞いた音はけたたましい車のブレーキ音。

 最期に臭ってきたのは鼻の奥にこびりつくブレーキ痕。

 最期に見えたのは白のセダン。

 その中に愛する少女の姿はない。


 その日。

 あっという間に俺は人生を終えた。

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