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048 7月15日

 東山侑子という少女と別れてから二日が経った。

 別れたと言ってもはっきりと言葉にして「さようなら」と告げたわけではない。ただ、飯を食って。侑子が学校に向かうのを送り。何事も無い日常に返る。

 一言で言えば侑子が俺の日常からフェードアウト。

 別れ方としては色々と遺恨を残しそうな別れ方だったかもしれないけど、俺と侑子の場合それでもよかったんじゃないかと思う。

 そもそも出逢いが普通じゃない。

 深夜のコンビニの前で少女を拾っただなんて口が裂けてもいえないし、そもそも今さらやっぱり隣にいて欲しいだなんて言えるわけがなかった。

 それにあの子にとって俺は恩人のようなものだから、きっとそれ以上の感情はない。

 こちらが一体どう思っていようがそんなの関係ない。

 無自覚にあんなことを言ってしまう少女なのだから、そこらへんは大人として弁えなければ。

 少女がいなくなってから何かが変わったかと言えば、

「ありがとうございましたーまたお越しください」

 変わった。

 色々と変わった。

 俺はレジで清算の終わった商品をお客さんに渡すとしっかりと頭を下げて笑顔で送る。

 隣に立っていた伏見はそんな俺の様子を見て、うんうんと頷いてから、

「あれー、やっぱり高坂くん。変わったよね」

 素直に感心するようにして俺の肩を叩く。

 俺はそんな伏見の行動に苦笑しつつ、

「そんなことないですよ。……悠一」

 そう返す。

 名前で呼ばれた伏見はやはり驚いたような顔で分かりやすいリアクションをする。

「ははは……高坂くんが深夜のバイトから昼に鞍替えしたいって聞いたときも驚いたけど、やっぱり一番驚いたのは僕のことを名前で呼んでくれるようになったことかな。あ、いや! 全然嬉しいんだけどね!」

 嫌味を言ったんじゃないと伏見は慌てて首を横に振る。

 そんなことをしなくてもあなたがそういう人間でないことぐらい知っている。

 だからこそ、伏見のことを名前で呼ぶ決意がついたぐらいなのだから。

 侑子が俺の前から消えてから変わったこと。

 まず、俺が伏見のことを名前で呼ぶようになった。

 相手が上司であるが年下であるがゆえに、敬語プラス名前呼びというなんともちぐはぐしたものだが、伏見に嫌がった様子はなかったので特に口出しはせずにおいた。

 どうして名前を呼ぶようになったかというと、俺は今まで好意というものには裏があるんじゃないかと思って疑心から入っていたが、侑子の『ずっと味方でいる』という言葉を聞いて俺の中からそういった類の人を疑う心というものが晴れ、真正面から受け取るということも悪くないと思えるようになったから。

 最初はやっぱりぎこちなかった。

 悠一と呼ぶところが『ユーイチ』と機械音声みたいに固くなってしまったりして、思わず伏見から、

『恋人か! 名前を呼びたいならちゃんと呼んでよっ!』

 というツッコミが入ったくらいだ。

 うむ。…………確かに中学生が初めて好きな女の子の名前を呼ぶときのレベルで棒読みだったような気がする。

 そしてもう一つ変わったことはさっき伏見も言っていたが、深夜のバイトから昼のバイトに時間を変更してもらったこと。

 その理由は簡単だ。

 昼にここで働いていたらもう一度侑子に逢えるんじゃないかという、まあ……なんとも女々しい理由。

 時間の変更なんて無茶な要求、最初は断られるんじゃないかとも思ったのだが意外にも伏見は快く承諾してくれた。どこまでも人がいい。

 で、この時間で働き始めたのは侑子と別れてすぐなのでちょうど今から二日前。

 あれから侑子と逢ったのかと言われれば答えはノーだ。

 でも別にそれを気に病んでいるわけではない。だって逢えなくてもそれが当たり前だと割り切ってしまえば気がラクになることを俺は知っている。

 ただ一つ欠点があるとすれば、

「あー……やっぱりエアコン涼しいねー」

 無地のブラウス、紺と灰色のシックなプリーツスカートの恰好をした女子高生の姿を見るとつい、目が留まってしまうこと。

 もう完全に気にしていないとか嘘だった。見栄だった。

 おかげでここに入ってくる俺とは無関係の女子高生から『キモいおっさん』というあだ名で有名になってしまったことは俺にとって最悪の汚点になってしまっている。

 あ、またゴミを見るような目を向けられてしまった。

 はあ…………まあ、いいけどさ。

 そんなこんなで、俺は今日もまた、心の中で小さく呟く。


 ――――――また、逢いたいな。

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