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045 7月13日

「……侑子、寝たか」

「…………すいません。あまり」

「……お前もか」

 やはりと思ったが侑子もまた眠れた様子を見せず返事を返した。

 まあ……当然と言えば当然か。

 このおぼこい少女がこんな近くに年上の男がいて、それでも安心して眠れるほど侑子の度胸は強くないだろうし。だったら、少しでも不安を拭えるような台詞を言うのがこの少女のためだろうか。

「……そういえば俺とお前が出逢ってから、まだ一週間程度しか経っていないんだったな」

「慶介さん……?」

「いや……まあ、なんだ。それだけしか経ってないのに何だかここ数日の出来事が濃厚だったせいか、もっと前から知ってたような感覚だ」

「…………そうですね」

「それに……考えてみればこんな風に誰かと一緒に寝るだなんて俺にとっちゃかなりレアイベントだ。それが出逢ったばっかりの女子高生だって思うと極レアだな」

 ソシャゲーならS+ぐらいはありそうだ。

 我ながらアホな比喩ひゆだと苦笑しつつ、今まで張り詰めていた緊張が穏やかになっていくのを感じ取り、このまま目を瞑って睡魔を無理矢理引き起こしていると、

「…………あの、慶介さん」

 暗闇から聞こえてきた侑子の囁き声。

 最初は他愛も無い話を切り出そうとしているのかとも思ったが、どうにも雰囲気が違う。

 侑子は何度も切り出しにくそうに、小さく言葉を切って、そのたびに小さく呼吸を乱す。

 ここ一週間という短い期間ではあるが一緒にいた俺が感じた違和感はきっと正しい。

 何度も呼吸を乱し、小さく呼吸を止めては吐き、止めては吐き、そんなことを繰り返して、それでも言葉を声に出すことはしなかった。

「……何だ? 言いたいことでもあるのか?」

 だから俺のほうから切り出してやった。

 今日が最後だから。

 最後に言いたいことがあるのならそれを聞くのも大人としての勤めだと思うから。

「……ありがとうございます」

 小さく礼を言ってから侑子は再び深呼吸。

「……今まで私は、何度も……何度も。慶介さんに助けていただきました。本当にありがとうございます」

「俺は……大したことはしてない」

「そんなことありません。慶介さんは見ず知らずの私の涙を拭ってくださいました。すれ違い続けていたかもしれない理佳との間に立ってくれました。……それは、どんなに礼を尽くしても尽くしきれないほどの大したことです」

 半身を起こして、暗闇の中で精一杯頭を下げる侑子。

 俺は何だか照れくさくて、少女の純真さが照れくさくて思わず顔を背ける。

「……照れてるんですか?」

「……うるせー」

 図星を突かれて顔が真っ赤に染まる。

 今が暗闇で本当に良かった。こんな顔見られたら死ぬ。

「……だから……」

 侑子は噛み締めるように、小さく呟く。

「……今度は……私が……慶介さんの力になりたいと思ってしまいました」

「…………」

「おこがましいと自分でも分かっています。図々しい女だと罵られても仕方が無いと思います。……でも。……それでも。こんな私でも慶介さんの力になれたら。そういう風になれたらどんなに喜ばしいことかと、思ってしまいました」

 恭しく、本当に申し訳なさそうにして侑子はこちらに視線を向け、囁く。侑子の言葉を聞いて、俺は侑子に体を向け直す。

 俺の顔が向いて、侑子は片目を閉じる。

 一週間の付き合いで分かったことがある。この片目を閉じるという仕草は侑子の癖だ。

 この癖をした時は何か決意めいたものを告げる。

「…………何があったんですか?」

 だから今回もその癖が思わず出てしまったのだろう。

「口々に慶介さんは色々あったとぼやいていました。……私に話してはくれませんか? その色々を――――」

 無意識のうちに言っていた言葉を侑子は聞き逃していなかった。

 …………なんというか。そう。嬉しい、のか。

 どうでもいいと思っていないということだ。その言葉を聞き逃さないということは。

 それは、とても嬉しい。

 だが、同時に怖さも感じていた。

 話してしまっても大丈夫なのか。

 話してしまって、俺の人間性が彼女に露呈するのが。

 色々な感情がうごめく。

 でも。

 なんでだろうか。

 そんな感情の全てを押し殺しても、何もかも捨ててでも、侑子に話すことが正しいと思えた。

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