044 7月13日
もはや何が間違いで何が正しいのか。それを判断する材料があまりにも足りなかった。
眠る時間になった頃。
部屋の中央に鎮座した布団の上で俺と侑子はしばらく向き合い、来たるべき時が来たと思い、互いが居心地が悪そうにして頬を指で掻く。
いつもと同じ時間。
いつもと同じ場所。
いつもと同じ空間。
何もかもが全て同じはずなのに、全てが違うような感覚に苛まれ、どうにも腰を下ろして落ち着くことが出来ず、二人揃っての棒立ち。
……分かっている。なぜこんなに緊張してしまっているのかなんて、そんなもの分かりきっている。しかし、だからといって理由が明らかであろうとも緊張してしまうのは緊張する。やはり、どんなに取り繕おうとも健全な男女が二人、同じ布団で眠ろうとする行為が、ここまで人に背徳感を与えてしまうものなのか。
と、いつまでも棒立ちを続け朝を待つという選択肢が頭の中を過ぎった頃、痺れを切らしたのか侑子がちょこんと布団の上で正座になる。
そして何をどうお考えになったのか、
「…………ふつつかものですが、よろしくお願いします」
そうのたまってから、三つ指をついてから綺麗な姿勢のまま首を垂れ、額を毛布の上に擦りつける。
もうどこから指摘していいのか分からない。
前にやったときはメイド風とでも言えばいいのだろうか、そんな感じだったのに対し、今回のはどう頑張って屈折して見ても新妻風のアレにしか見えなかった。
なので、
「…………い、……色々間違っている」
と、謙虚にそう突っ込むのが限度であった。
恐らくだが……恐らく侑子の言葉に他意はないと思う。本当にただの挨拶のつもりでそう仰ったのかもしれないが。……が。
いや。もう何も言うまい。
このまま言葉をいくら重ねても緊張は解けない。それどころか喋れば喋るほど二人の間に生まれた緊張の泥沼に足を取られて、身動きが取れなくなるかもしれない。それだったら余計なことを言わずにことを済ませてしまった方が幾分かマシだ。
「じゃ、じゃあ……もう寝るか」
「………………っ」
もうこの緊張に耐えられそうもないと思った俺は早々に就寝することを提案。
侑子もまたこの緊張感の中に精神が持たなくなっているのか、言葉はなくとも物凄い速度で首を縦に振って俺の提案に肯定の意。
それを見て安堵の息を漏らす。よかった。とにかく何がよかったのか分からないけど、よかった。このまま何もせずにいたら俺と侑子のどちらかが心臓麻痺を起こして病院に駆け込んでいたかもしれないかと思うと、本当によかった。
「そ、それでは今度こそ本当に失礼します」
「…………お、おう」
緊張の最中、一枚の敷布団の上に重なる二人の体。
流石に狭いとも思うが、それよりもいつもより近い距離の方が気になって仕方が無い。
「じゃあ…………電気消すから」
そう言ってから部屋の明かりを消す。
こんなことで本当に眠れるのだろうか。
とにかく目を瞑ろう。そうすれば……きっと。




