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037 7月12日

 残るは侑子を突き飛ばした理由だけだが。

 どうにも想像出来なくなっている。

 だが、――おそらく。

「………………侑子を突き飛ばしてしまったのは事故か?」

 俺の問いに山岸は小さく頷いた。

 ……やはりか。

「……あの一件があって、お礼を言おうと思ったんだけどさ。中々そのタイミングが訪れなくて、言うタイミングをずっと逸してた。……でもあれ以来、侑子のことを気にするようになって。………………なんかさ。寂しそうに見えたの。あの子が」

 徐々に繋がっていく山岸と侑子の話。

「だから言葉でお礼をするよりも輪に入れて、少しでもあの子がクラスで浮かないようにしてあげようって思っちゃったの。それで……いつぐらいかは忘れたけど話しかけるようになってた」

「侑子に聞いた。……確か『一人でいてつまんなくないの?』ってお前が話しかけてきたって言ってたな」

「覚えてたんだ侑子。…………うん。多分そんなことをきっかけにして話しかけたと思う」

「……でも結果は?」

「うん。侑子から話聞いてるんでしょ? だったら知ってると思うけど、最初は転校してきた時とおんなじ。軽くスルー。結構キツかったなー……」

 なんとなく想像がつく。

 コミュ障より面倒だな……考えてみると。わざとだし。

 その理由もおそらくは告げてはいないだろう。

「それがどれくらい続いたかなー…………一週間か……二週間……。もっとだったかな。でも……一ヶ月は経ってないと思うよ。それが何日か……続いてさ。私も……多分、諦めればよかったのに、なんか意地になっちゃって。絶対に友達になってやるって意地になっていって、自分でも分からないうちにちょっとイラついてたんだと思う。今思えばね」

「で。つい……力が入っちまったってところか?」

 こくりと頷く山岸。

 言いたくないってことか。

 そう思ってるってことは自分でも悪いことをしてしまった自覚があるということ。

 どうにも責められなくなってしまったな。

 きっかけは相手を思いやっての行動だった。

 けれども、その思いはいつしかすれ違っていって。

「…………本当は今でも謝りたいって思ってる。けど、……けど。私が侑子を突き飛ばしてしまって。それがみんなを狂わせてしまった。私がいくら話しかけてもろくに反応しない彼女を見続けてきた他のみんなが『山岸理佳は東山侑子のことが気に食わない。だからみんなで手伝ってやろう』みたいな空気を作り上げてしまって」

 そうして……歯止めが利かなくなっていった。

 一度狂った歯車はそう簡単には元には戻らない。

 きっと山岸もその歯車を元に戻そうと努力をしていたに違いない。この子は見た目こそアレだが、心の奥底――根底は本当にいい子なんだろう。

 だから――苦しんでいる。

「…………………………ほんと、馬鹿だよね……私。侑子を苦しめたいだなんて思ってもいなかったのに」

「なあ…………山岸――――」

 ぼそりと呟いた山岸になんて声をかければいいのか分からなかった。

 言葉が続かない。

 俺の慰めの言葉なんてこの子にはきっと届かない。

 だからこそ。

 だからこそ、言葉を紡げない。

 その言葉は俺が告げるものじゃない。

 その言葉はきっと――――

「――――――苦しめちゃってたんだね。私――」

 あー……もう。この不器用コンビ共め。

 器用な不器用。

 不器用な不器用。

 どっちが悪いかなんてそういう問題じゃない。

 どっちにしろ。

 俺の答えなんて――決まりきっていた。

 押し黙って、今にも泣き出しそうになっている山岸の手を俺はぶっきらぼうに取った。

「え…………ちょ」

「黙って来い」

 この光景を見られたらきっと俺の人生は終わる。

 けれども、これ以上放っておけなかった。

 なんていうか…………本当変わった。変わっちまった。

 だけど。

 何故だか、嫌な気持ちはまったくない。

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