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035 7月12日

「――――侑子のことで話がある」

 今まで不機嫌そうにしていた山岸の興味が侑子という名前を出したとたん、俺に向く。

「なに」

 どうせこいつは俺との話に素直には応じないだろう。だったら結論から先に話した方が手っ取り早い。

「侑子をいじめてるって本当か」

「…………………………アンタに言う必要は無い」

 ある程度予測していた答えが返ってきた。

 否定はしない、か。

「まあそりゃそうだろうけどさ」

「っていうか、聞きたいんだけど」

「何だ」

「アンタと侑子ってそもそも一体どういう関係なの。まさか本当に援交エンコー相手?」

「んなわけあるかぁ!?」

 思いっきり叫んだ。

 しかし山岸に怯んだ様子は無い。

 相も変わらない顔を俺に向けたまま。

「コンビニの前で拾った。侑子は家出してたみたいだったから。そんだけだ」

「それから……?」

「は?」

「拾っただけなら警察に届け出ればいいじゃない。家出少女でしょ? どうしてそうしないの」

「そりゃ……」

 そういえばその発想はなかったような気がする。

 家出なら警察に届け出ればいい話なのではないのだろうか。……まあ、捜索願が出ていればの話だが。

 考えてみると、一つの答えにたどり着く。

 震えていたからだろう。

 侑子が震えていたから。だからそんな彼女を放っておけなかったと、最初のうちに感じてしまっていた。だから警察に連絡するという、絶対的正論が頭の中をぎらなかった

「…………心配だったから。それだけ」

 山岸の視線が鋭くなる。

 何故だ。

「…………で?」

 山岸は視線をナイフのように鋭くしたまま俺に問う。

「寝たの?」

「は?」

「だから、侑子と寝たのかって聞いてんの」

 山岸の視線が相変わらず怖かったので、

「寝た」

 ここは素直に正直に答えた。

 俺の答えに納得したのかしないのかも分からず、一度、山岸は小さく瞳を閉じて、

「死ねっ!!」

 間髪入れず、俺の顔面に正拳せいけんが飛んできた。

「のわぁ!?」

 あまりにもいきなりだったのでそれを避けきれず、女子高生の拳がおっさんの顔に思いっきり突き刺さる。

「こ、この変態腐れ外道親父! ねっ、寝やがっただと。侑子と寝たとぬかしやがったかこの野郎。もういっぺん歯を食いしばりやがれ! 何べんでも殺してやるっ!!」

 もう一回拳が飛んできたが、何とか平手でそれを押さえ込む。

「待てっ! 落ち着け!」

「うるさい黙れ! あんな顔に『処女です』って書いてあるようなおぼこいあの子を家に連れ込んだだけでもぶっ殺してやりたいってのに。言うに事欠いて寝ただと! ふざけんな、マジ殺すぞこのクソオヤジ!」

 ぎりぎりと拳と平手で力比べをする。

 やべえ……負けそう。

「だっ、ち、違げーよ! そういう寝たじゃない! 部屋の中で一緒に寝ただけでそういうのは一切無い!」

「信用出来るか!」

「本当だっての! なんならあいつに聞け!」

 こいつ本当何なんだ!

 なんであいつのことこんなに心配してんだ、いじめっこのくせに!

 もし……あいつが寝惚けて俺の腕枕で寝た事実を知った日には裏の世界の住人に金を渡しそうな勢いだぞ!

「し、信じられるか……そんな戯言ざれごと! 鏡見て来い。アンタの顔で侑子が落とせるもんか!」

「………………分かんないやつだな、お前も! 何であいつのことそんな心配してんだよ。だったら、あいつのことをいじめるのをやめろ! あいつが何で家出したのか知ってんのか! あいつはいじめられてても自分が、自分が悪いからいじめられているから、自分で自分を責め続けてたんだぞ! 辛いのを我慢して、我慢して。それでも耐えられなくなって親に相談しても『我慢しろ』って突き放されて。誰も頼れないから、甘えられないから逃げ出しちまったんだぞ! あの馬鹿は処女のくせに家捜しのために。たったそれだけのことのために体を売ろうとしてたんだぞ! 自分が怖いのも、辛いのも全部、全部誤魔化して! あいつが言えないなら俺が言ってやるよ! とっとといじめをやめろ!」

 ついに漏れた激情。

 決して俺から漏れてはいけない激情が俺の口から零れ落ちた。

 沈黙。

 おっさんと女子高生の瞳が揺れる。

 振りぬかれそうになっていた拳から力が抜けていく。

 ようやく離れる手と手。

 見る見るうちに意気消沈していく山岸。

 ――――やはり、分からない。

「………………侑子が話したの?」

「俺が無理矢理聞いた」

「…………そう」

 それから、やがて。山岸は体から全ての力を抜いて壁際に背中を預けた。

 その様子はやはり、侑子の聞いた話のイメージとは重ならない。

「…………お前、ほんとわけ分かんねーやつだな」

「うっさい」

 警戒は未だ解く気配はないが、どうやら殺気は消えたようだ。

 これならば、少しは話しやすくなるだろう。

 と。

 俺が何を聞くべきか迷っていると、

「……アンタは、…………侑子の味方?」

「え?」

「聞いてろ」

 ぷいっと俺から視線を逸らす。

 聞こえなかったわけじゃない。

 言っている言葉の意味を理解するのに時間を有しただけ。

 味方?

 味方って……味方か?

 自分でも何を言っているのか分からなくなったが、やはり山岸の口から出てきた言葉の意味は一つしかなかった。

 なので、

「ああ」

 と、言った。

 YES・NOをはっきりと告げる。

 すると、

「………………そっか」

(あっ)

 笑った……?

 本当に注意深く見ていないと分からないぐらい小さく笑みを零す。

 ――ったく。本当にわけ分からねえ。

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