031 7月12日
結局ショップ内で買ったものはちっとも可愛くない『ラビットくん』ストラップ一つで、俺と侑子の二人はショップを後にした。
店を出た後もしばらく遊園地の中を散策。
意外と遊園地の中は歩くだけでも楽しめるようになっているらしく、敷地内にあるオブジェクトを眺めながら進むだけで割りと楽しい。
「あ、あそこにもありますよラビットくん像」
「……なんであれが人気なのか理解できん」
「何言ってるんですか。あんなに可愛いんだから人気も出て当然です」
そう言いながらはしゃぐ侑子。そんな侑子には悪いとは思うが俺にはあの社畜一歩手前みたいな顔をしているラビットくんを可愛いとか思うことは出来ない。
……まあ、それを上手く表現しているこの銅像のレベルは高いとは思うが。
隣を歩く侑子の体調はすっかり元に戻っているらしく、いつもの調子が戻ってきていた。
「……………………あ」
不意に侑子の足が止まる。一体どうしたのかと侑子の視線の方に目を向ける。……そこには仲良く手を繋いで歩いているカップルの姿が。
「知り合いか?」
「……………………は。い、いえ……別に」
どうやら知り合いだから見ていたというわけではないらしい。
だったらその奥に視線を送っているのかとも思ったが、別に目立つようなものはない。やはり侑子が眺めているのはカップルだろう。
何故見ているのかと、侑子の視線を凝視。
すると侑子の視線はカップルに向けられているのは間違いない。それは間違いない。
しかし視線はカップルの仲睦まじい表情というよりはその下。詳しく言えば指同士を絡めながら繋がっている手。そこに集中していた。
一考。
そこから導かれる答え。
言いたくない。きっと、当たっているから。
けど、言わなければいけないような気がする。
「…………………………………………………………手、繋ぎたいのか?」
「………………………………………………ぇ」
言った途端、ぼっと効果音が鳴り響きそうなほど顔を真っ赤にして侑子は固まった。
当たりかよ。ちくしょう。
希望的観測から外れて欲しいとか願っていたのは全部無駄だった。無駄。
でも……まあ、そうか。
侑子は年頃の女の子だ。今まで友達が少なかったのなら、男相手に手を繋いだことがないという話も頷ける。
あのちっとも可愛くない『ラビットくん』ストラップを一つねだることも出来ないような奥手な女の子が男の人相手に手を繋ぎたいと言えないのも理解できる。
………………マジか。
それ、言うのか。俺が。こいつに。
キャラじゃねえ。
「侑子。相手が俺なんかでよかったら構わないぞ」
「え」
聞いてろよ、馬鹿。
「だ、……だからいいって言ってんだよ。手」
「て?」
…………わざとじゃねえだろうな。この子供。
「だー! もう!」
言葉にするのが面倒になった俺はぶっきらぼうに侑子の手を取る。
「あっ」
一度硬直して、侑子は長い黒髪を揺らす。
それでも侑子は俺の手を振り払わなかった。じっと握られた手を凝視してから視線を俺へと。
あまりこっちを見ないでもらえると助かるんだがな。
俺の手と侑子の手の温度が上昇していくのが直に分かる。これは思っていた以上に恥ずかしい。
「これで、いいか」
こくんと頷くのを見て、俺はひっそりと笑う。
自惚れでなければ侑子の表情がとても女らしいと思った。心臓が跳ね回っている様に鼓動を早める。もう少し心臓が弱かったら死んでいたかもしれない。
「このまま少し歩くか?」
またもやこくりと。
言葉を失ったみたいに侑子は一言も発しない。けれど、その表情だけはとても嬉しそうで。気恥ずかしいのは間違いないのに、何だか俺まで嬉しくなって無意識の内に頬が緩む。
こんな感情が俺の中に未だ眠っていたのかと思うと、再び心臓が鼓動を早める。
手を繋いだまま、俺と侑子は歩みを進める。
何だか手を繋いで歩いているだけなのに。たったそれだけのことなのに、世界が変わって見えるから不思議だ。
「初めて……です。こんな風に男の人と手を繋いで歩くの」
「俺は……久しぶりだな。こんな感覚が俺の中にまだあったのかってちょっと驚いてる」
「こんな感覚?」
「…………多分、お前が感じてるやつと同じやつだ」
「そうですか」
互いの顔を逢わせ、笑いあう。
これが、幸せなんだろうかと。心の中で噛み締める。
忘却の彼方に追いやっていた感情を噛み締めながら歩みを進めていると、不意に侑子の足が止まった。
「侑子?」
何事かと思い声をかけると、握られた手に力が込められる。
またも視線を侑子に合わせて視線の先に焦点を合わせた。
そこには一人の女の子が立っていた。
髪型は色の抜けた茶髪のショート。肩丸出しな白のキャミソールに黒のホットパンツという責めのファッションに身を纏った少女の姿が在った。
ただの若い少女かと思えばなんでもなかったのだが、その少女の耳にはピアスが光っていて、その少女もまた侑子の姿を見て口を開けて固まっていたので、どうにもただの見知らぬ少女と言うには訳がありそうである。
長い沈黙の果て。
初めにピアスの少女が口を開く。
「と、東山……侑子……?」




