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030 7月12日

 食事を終えた俺と侑子の二人は込み行く人の中をなんとか進み、敷地内にあるショップの中にいた。

「……ふぅ、ようやく一息つけますね」

「まあ……中も結構な人の数だけどな」

「そうで…………って、……きゃっ!」

「…………おっと」

 人波に押されて侑子が俺の胸に倒れこんできた。

「大丈夫か?」

 俺がそれを受け止めると侑子は一度、顔を上げて再び顔を戻す。大丈夫かと訊ねたところ、緊張気味に、

「……大丈夫です……」

 と答えた。

 その緊張が伝わるように俺の頬もまたほんのりと赤く染まるように熱くなっていく。

「しかし……本当に人が多いな」

「…………はい」

 相変わらず緊張のまま固まっている侑子から一度離れると、店の中を見渡す。施設内であるため、店の中は広さに限界があるため人が込みやすくなっているのか、注意して歩かないとすぐに離れ離れになってしまいそうになるほど人がぎゅうぎゅうに込み合っていた。

 なので自然と侑子との距離も近くなる。

「どうする? また時間を改めて来るか? こんなに人がいっぱいいるとまた酔ったりしないか」

「ぜ、全然大丈夫です!」

「??? そうか?」

 素っ頓狂な声を出す侑子に首を傾げるが、問題がないというのならこのまま進むとするか。

 遊園地の中にはいくつかショップがあり、この店はお土産とかを売っている店のようだ。

 遊園地のマスコットのストラップやらイラスト付きのシャツ、プリントシールの入ったマグカップなど個人としてはもう一生縁のないようなものが多数あり、眩暈がしそうである。

「見てください。これ、すごく可愛いですよ」

「…………そうか?」

 そう言って侑子が持ち上げたのはこの遊園地のマスコットである『ラビットくん』のストラップ。

 可愛いと侑子は言うが、俺から見るとそのマスコットキャラクター『ラビットくん』はちっとも可愛くない。基本的にはカートゥーンなどで見かけるような二足歩行で歩く全体的にピンク色に染まったうさぎのキャラクターのようだが、どこか物悲しい雰囲気の漂う表情をしているため『可愛い』と思うより『一緒に酒でも飲むか』みたいなことしか思えなかった。

「………………可愛いですよ」

 俺が否定的なことを言うと少しムッとする。

 女子高生の感性はおっさんには分からん。

 ムッとしながら侑子はちっとも可愛くないストラップを陳列棚に戻す。

「ん? 買わないのか?」

「ふふ……。変なこと言いますね。前に言いましたよ。私、お金ないですって」

「買うぞ? これぐらいなら」

「いえ。…………慶介さんにはもう色々いただきましたからこれ以上何かを欲しがろうだなんて、少しおこがましいと思います」

 そういってかぶりを振る。

「………………そうか」

 多分待っていてもきっと侑子はあのちっとも可愛くないストラップを『買って欲しい』だなんて口が裂けても言わないだろう。それこそ、俺のありとあらゆる照れ隠しと同様に。

 そこでふと、思う。

 これはちょうどいい機会なのではないのだろうか、と。

 侑子が俺の前に現れてから俺の日常は変わった。それはきっと、認めたくなくてもいい方向に。自分自身でそう意識しているということは、絶対にいい方向に変わっているのだ。伏見も、何気なく俺が変わったのではないかと言っていた。だから……きっと変わっている。

 だったらその旨をこの機会に伝えてしまうというのもありなのではないかと思った。

 ………………あー、ほんと変わったな。俺。

「ちょっと、待ってろ」

 それだけを言って(きびす)を返し、ちっとも可愛くない『ラビットくん』のストラップを持ってレジへ。

 戻ってくるとそのまま袋に入ったちっとも可愛くない『ラビットくん』のストラップを侑子に手渡す。

「え。……そ、そんな受け取れません」

 当然のように侑子は遠慮がちの言葉で返す。

 いらないと言ったばかりで受け取ってもらえるとは思っていなかったので、この反応は予想の範疇はんちゅう

「棚に戻したときも結構チラチラ見てたみたいだから、本当は欲しいんじゃないのか」

「とんでもないですっ。もう慶介さんに施しを受けるわけには……」

「施しとかそんなんじゃない」

「え」

「受け取って欲しいだけだ。…………その、……礼みたいなものだから」

「……お礼?」

「ああ。…………なんていうか、その……なんだ。俺……色々あって、なんか笑うの忘れてたのにお前と出逢ってからは結構笑うようになってた。……だから、お前と出逢えて本当によかったって思えた。…………そんな感じのやつ」

 これが限界だった。

 あまりにも不器用で、言葉の真意が伝わっているかは分からない。

 俺が伝えたいことはもっとあるのかもしれないが、それでもこれが限界だった。

「べ、別に……本当にいらないってんなら……返してくるけど」

 恥ずかしさを誤魔化すようにそうぼやくと、訝しげに俺を眺めていた侑子が今まで見たことが無いような速度で俺の手からちっとも可愛くない『ラビットくん』のストラップを奪い取る。

 早っ。

 ……………………そんなに欲しかったのか。それ。

 だったら言えばいいのにとか思ったりしたが、言えなかったからこそこんな手段に出たことを思い出す。

 ぎゅっと。まるで宝物でも握るみたいにちっとも可愛くない『ラビットくん』のストラップを握り締める侑子の姿を見て、これでよかったんだなと一人納得。

「……ありがとうございますっ。……一生大切にします」

 などと付け加えて。心の底から感謝の意を俺に伝える。

「流石に一生は持たないだろ……」

 そう言って素直に受け取ってもらえた気恥ずかしさを誤魔化す俺。

 でもよかったと思えた。

 心の底から喜んでいるのは傍から見ても分かる。

 歳相応にはしゃいでいる彼女を見て心がほっこりするのを感じていた。たかがワンコインで買えるようなものでそこまで喜んでくれるのなら、渡した甲斐もあったというものだ。

「持たせます。……大事に、大事にします」

「はは……」

 ちょっと気合が入りすぎな気もするけど……。


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