028 7月12日
「おー……すごい人です」
「…………そうだな」
侑子の感嘆の声に俺は軽い調子で答える。
「ここに……本当に私たちみたいな人が入ってもいいんでしょうか。マスコットに扮した警備員さんに追い出されたりしませんでしょうか。もしくは地下に帝国みたいなものがあって、そこで強制労働を強いられたりしませんでしょうか」
「しねーよ。馬鹿」
県庁所在地の中でも一際有名なこの遊園地の中は日曜日ということもありどこを見ても人がごった返していた。家族連れ、友人同士、外国人観光客に恋人。あらゆる客層が見受けられ、活気の溢れる声がそこかしこから入り口近くを数分歩くだけで耳に届いていた。
見栄えのしない無地のブラウスと紺と灰色のチェック柄のシックなプリーツスカートの恰好を見下ろして侑子はうつむきながら呟く。休日なので周りには学校の制服を着ているものは見当たらない。もし修学旅行シーズンであれば、もしかしたら学生服を着ている人もいるかもしれないが、今は完全にシーズン外なので結構侑子の恰好は見事に浮いている。
が。
当然そんなことを気にしているのは侑子本人以外見当たらない。
わざわざこんなところまで来ておいて他人のファッションを気にするような輩など、暇人といわざるを得ないだろう。
「ま、タダで遊園地に来るなんざ中々出来ない体験なんだからもうちっと楽しめ」
「…………でも、本当に慶介さんはよかったんですか。私とこんな所に来てもあまり面白くないかもしれませんよ」
「ばーか。当てたのはお前だろ。その台詞を言うなら俺だ。…………お前の方こそよかったのか? こんなおっさんなんかと来て」
「そ、そんなっ。とんでもないです。……あの、ものすごく楽しみにしてました!」
変に声が上ずる様子を見て、少しからかい過ぎたか? と。僅かながら反省。こいつが少なからずこの遊園地に来ることを楽しみにしていたことを俺は知っていた。何せ、俺が貸したスマホでこの遊園地のことを調べて『遊園地のしおり』なるものを作ろうとしていたからだ。………………………………即座にゴミ箱に捨てた。流石にこの歳になって小学生みたいなものを持って遊園地を出歩きたくなかったからだ。
少し申し訳ないことをしてしまったとは多少思うが、何故だか心はまったく痛まなかった。
「……じゃあ、何から乗りましょうか」
幸いにして、侑子はそのこと自体に怒った様子は無かった。しおりがなくとも遊園地の入り口で配っていたパンフレットがあったからだと思う。
俺は侑子が広げたパンフレットを覗き込む形で侑子に顔を近づけた。
この遊園地のウリはどうやら絶叫系のアトラクションらしい。コーヒーカップやら観覧車などのド定番のアトラクションを除いても、フリーフォールやらジェットコースターなどの充実ぷりが半端じゃない。
「まー……とりあえずは定番とかでいいんじゃないか?」
「えーっと……定番って言うと……メリーゴーランドとかですか?」
「いやいや。それは定番だとしても絶対乗りたくないぞ。何が悲しくてそんなもんに乗らないといけないんだっての」
「……………………………………っ」
「あん? どうした?」
そんなにぐるぐると回るだけの羞恥の塊に乗りたかったのかとか思って侑子に顔を向けると、侑子はほんのりと頬を染めている。
頭の上に浮かぶ疑問符。
と。
萎縮して縮こまっている侑子の顔からその下の肩へと視線を送り――――、
ようやく自らの愚行に意識が行く。
「――――――――――!?」
パンフレットを覗き込むために顔を近づけたのはいいが、そのパンフレットを読むためには思っていた以上に顔を近づけなければならず、無意識の内に侑子の肩には手が置かれていた。
それだけでは飽き足らず、自分の体と侑子の体を密着させ、まるで恋人が肩を抱いて身を寄せるような形になっていて。
「わ、悪い……っ!」
「い、……いえ」
飛び跳ねるようにして侑子の体から離れる。…………なんでこんなに緊張するのかは分からないが、心臓が爆発するかと思った。それだけは間違いない。
侑子もまた、何かを思ったのか居心地が悪そうに顔を俯かせる。
しばしの沈黙ののち。
「…………い、行くか」
「……………………はい」
これ以上気まずくなるのを回避する方法が遊園地で遊んで忘れてしまうぐらいしか思いつかなかったので、とりあえず遊園地の中へと進む。
歩きながら、最初に乗る乗り物をこの遊園地で一番有名なジェットコースターに決める。
絶叫マシンを最初に乗ることに決めた理由は簡単だ。
そうすれば、このことを早くにも忘れ去ることが出来るのではないかという、俺の提案であったから。




